(02/0x)「行き止まり」の例外 

 べルーン=セルテン共同都市といえば、交易が盛んなことで有名な都市だ。国境をまたぐようにして円形に広がっており、両国を分けている大河は年中穏やかで、その上に築かれた大きな橋の上に、これまた巨大なマーケットが開かれている。

 二つの国が共同で開催していることもあって、規模は大陸内でも一二を争うものだ。揃わないものはないと言っても過言ではないとの噂。祭好きでも有名であり、何かと理由をつけて、毎日のように都市をあげての祭りが開かれている。旅をするなら、訪れない理由もない。

 その都市が滅びた、とアウグスタは言った。

 一体何が起こったのか?


「都市ってそう簡単に滅びるものなんですか?」

「それが滅びたんじゃからなあ」と呑気に言うアウグスタ。

 彼女はぼくらが参照していた地図を見る。

「古すぎる」

「数年前のことだって言ったよな?」とブラン。

「うむ。空から火球が降ってきたらしい」

 火球。

 天を駆ける火の玉であれば、見ないこともない。流れ星だ。流星群だってある。それ自体はスペクタクルだが、珍しいとまではいかない。

「任務を終えたミグラス本体も燃え尽きますからね」

「ああ、浄解士のあれの。興味深い」

「アウグスタ」

 ぼくは肩に乗っている頭に向けて、先を促す。

「要するに、隕石じゃな。正確には、”そんな感じに見えたもの”。それがべルーン=セルテンを掠めるようにして、落ちてきた。大河を遡上するようにして一旦跳ねて――」彼女は古い地図を指で辿る。大河を遡った先には山がある。「ここに洞窟を開けた」

「”そんな感じに見えたもの”ってことは、実際は違ったってことですか?」

「なんでも竜の卵じゃったらしい」

 竜の卵!

「ドラゴンって実在するのか」

「吸血鬼もいるご時世だからな」と笑いながら、彼女は酒を飲み、本のページをめくる。馬車の良いところを満喫しているわけだ。人の足より速く、移動中はのんびり過ごすことができる。

「で、じゃ。卵の中の液体が大河に流れてしまって、の。飲むも洗うもできなくなってしまったわけじゃな」

 それは人々の生活にとっては致命的なものだ。

 アウグスタが新しい地図を取り出す。

 彼女の言う通り、円形だったはずの都市は欠けていた。

 大河の名前が書かれていたはずのところには、「大渓谷」と書かれている。

 

 それぞれの都市は場所を移さざるを得なくなった。

 両国の融合都市も、それまで年中続いていたお祭り騒ぎに幕を下ろした。

 イベントがなければ、フラストレーションもたまる。

 なかよし時代の終わり。争いタイムの始まり。

 象徴するかのように、片方の国で政争が起きた。

 その時のアジテーションがなかなかの名文で、そのために都市の敵対関係がはじまる。

 隕石が落ちてきたのは、もう一方の国の「星穿ちの魔法」によるものだ、としたわけだ。

「もちろん、そんなことが認められるわけないが」

「つじつまが合わないしな」とぼくは言う。

 どちらの国も相手の国が「星穿ちの魔法」を使ったと主張しているのであれば、おかしな話だ。星穿ち――空の星にて地を穿つという、これまた伝説的な魔法である。昔話とかには出てくるが、今では現実味が薄い。実際のところ、天に瞬く星々はとても遠くにあるわけで、そこまで魔術的な連絡をつけようというのは、無茶な話なのだ。

 となれば、ただの自然現象と考える方が正しいだろう。

 もっとも、第三の国がその大規模魔法を使ったとすれば、また別だが、これも考えにくい。そんなことをすれば国際問題だ。ミグラスだって落ちて燃えつけることがある。


 大渓谷は最前線になった。

 元々は年中お祭り騒ぎをおこなっていたような街だ。争いましょうといったって、そう簡単にできるものではなかった。ちょっかいを出すのが関の山。おまけに、やる気になったところで、その場所は大規模的な戦闘ができるような土地ではなくなっていた。

 大渓谷――山の中腹から流れ出した竜の卵の液体によって、そこは独特の地形を獲得していた。水銀のような液体が流れ続けたせいで、あたり一面は鏡のようになっている。とはいえ、真っ平というわけではない。元の地形を反映して、あるいは、卵白の気まぐれか、波濤は逆立った鱗のように固まって、連なっている。

 基本的な権利の話。

 血や体液は、権利を主張する。地面に飲み込まれれば、大地のものとなる。しかし、落ちている間に掠め取られれば、権利もまた奪われる。そもそも地面が塞がれていれば、所有権は元の持ち主に残る。地面の上に皿を置いたなら、そこに滴り落ちる体液はその持ち主のものだ。

 今回のケースでいえば、洞窟の方向から流れてくる謎の液体によって、大渓谷は誰のものでもなくなった。べルーンのものでも、セルテンのものでもない。

 では一体だれのものなのか? その答えとして仮定されたのが、ドラゴンということだった。

 ドラゴンを生で見た者はいない。

 ただし、火線を見たものはいる。 


 大々的な戦闘に適していないからといって、全く平穏無事な場所というわけでもない。調査隊やら”あわよくば”組たちによって、小競り合いくらいは起こる。エスカレートして、そこそこの騒ぎになったりもする。

 そして、場内の騒がしさが一定を超えたとき――謎の怪光線が放たれるのだ、洞窟の奥の方から。

 誰かがドラゴンがいるんじゃないか、と言い、速やかに受け入れられた。

 こうなってしまえば、単なる中立地帯ではない。


 正体不明の緩衝地帯のような場所。

 べルーンとセルテンという二つの国が睨み合っている場所。

 馬車では進めない。彼らの脚には悪い。

 公道であるならまだしも――落石、山賊などの警戒は必要だが、それでも守る対象は明らかだ。馬と積荷だ。廃墟と化した、元べルーン=セルテンの遥か川下、海沿いには新たに橋が架けられている。そこを走っている魔導列車のそばを行くという道もある。時間と耐性があるなら、だ。つまり、海路を使うことになる。

 かなり遠回りだ。

「それで間に合うのか?」

「銀細工師は逃すな。それはダメだ」と吸血鬼。

 と、なると。

 べルーンとセルテンのどちらにも所属せず、第三国の者でもない、誰でもない存在としての立場が必要となる。どちらの国ににも敵対する意思はなく、大渓谷の謎を調査することができる、そんな都合の良い立場。

 そういう例外が、一つだけ存在した。

 冒険者だ。

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死にたがり達の旅 織倉未然 @OrikuraMizen

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