最終話 フレデリック・サイデリカ



 私は倉本さんにキスをされた。不覚にも嫌な気持ちにはならなかった。それを不思議に思う。愛しているのは小糠雨しんたった1人だけなのに。


「心が痛い」


 警察官が怪訝そうな顔を私に向けた。大丈夫、ただの独り言よ。


 私は倉本健が好きだった?


 冷たくあしらいながらも、気持ちは自分さえ気が付かない内に膨れ上がっていた?今死ぬ間際になって気づくのは、我ながらポンコツだわ。


 それに、いつから私はせいかさんを生意気だと誤認するようになった?あんな痛い目に合って、それでも私を信じてくれた。正直言って滅多に見れる人間じゃない。なんで?なんで冷たくした?彼女の何がいけなかった?私は。


「なぁ、もういいか?随分考え込んでいるようだけど、こっちは準備出来てる」

「へ?あ、あぁ。ごめんなさいね。良いわよ、ギロチン降ろして」

「……冷たいな。これから死ぬってのに」

「死ぬから冷たいのよ。それにホントに冷たくなるし。じゃあ、貴方は一瞬の合間の出会いだったけれど、ありがとう。さようなら」

「分かった。こっちもありがとう。大犯罪者が消えてくれて、街は安泰だぜ」

「ええ、どういたしまして」


 警察官は部屋の外に出て、ドア近くのパネルを操作し始めた。どうやらギロチンを落とす準備をしているらしい。


 その間、再び倉本兄妹のことを考える。


 望むのなら、もう一度助けて欲しかったとつくづく思う。あんな態度の悪い私に手を差し伸べてくれて。次は、来世は手を振りほどかないから、どうか……救いようのない私を助けて。


「準備できたぞ」


 突如ドアを少し開け、そう呟く警察官。


 あぁもう終わり?長かった人生ね。年齢的には短かったけど、濃い人生すぎておばあちゃんみたいな気持ちでいる。


 結局人生すべてを小糠雨しんに固執、身代わりにして言い訳にして、倉本健という人に対する気持ちを無理やりにでも無かった事にしていた。


 ギリギリと歯ぎしりをする。

 今更もう遅い。


「ああ……私は……。私は、倉本健を愛していた」


 ザシュッ____

 _______。



 別室にて。


「フレデリックさんの処刑が終わったそうだ」

「……本当に死んじゃったんですね」

「ああ。死体は霊安室に移動されたと今報告があがった」

「気持ち、伝わらなかったね」

「最期まで冷たかったからね、フレデリックちゃん」



 ハーパーさんは静かに僕の話を聞いてくれている。娘が亡くなって辛いのは母親だと言うのに。多分、刑務所から出られた事になっても、一人寂しくあの大きな家に住む。これ程までに報われない世界は中々ない。あの天才詐欺師と言われたフレデリックちゃんでさえ、この運命は騙せなかった。



「あっ。あの……ふ、2人はこれからどうするの?怪我も治ったから、住む場所とかって……」


 しんみりした空気をかき消すように、四十万さんは怯えながら口を切り出した。


「住むって……家ないです」

「うん。燃えた家からギリ持ち出せた物は、涼野さんの家に置かしてもらってますけど。いつまでも置かせて貰うのも悪いし」

「そうだね。お兄ちゃん働いてよ」

「ええ……」

「23歳でしょ!ニートでいる気!?」

「ご、ごめんなさい……」

「私もなんかバイトするから」


 だな。フレデリックちゃん達に関わってから、何もしてこなかったな。


「なあ、ここまでの付き合いになったんなら、俺らの仲間にならないか?」

「えっ?」

「芽木くん、どういうこと?」

「どうも何も、お2人さんは頭が良いだろ?今からでも警察官になるのは遅くないかなって」

「ええええええ!!??僕たちが!?いや無理無理無理!せいかならなれそうですけど」

「私だって無理だよ!」


 芽木さんは、いつも爆弾発言をする。前回だってハーパーさんを襲ったとか嘘ついてたし。正直怖い。



「たっ、確かに芽木くんの言う通り、今からでも遅くは無いです。きちんと学校に通ってれば、なれるんじゃないかと。でもね芽木くん。人の人生を勝手に決めるのは、ご法度だよ」

「ぐっ……。そ、そうだな。すまん、2人とも」

「いえ、折角アドバイスしてくれたんですよね?無下に出来ないですよ。それに、警察官にならずとも皆さんとは交流を続けていきたいです」



 皆さんが照れくさそうに反応する。


「ま、そういう事だな。2人は好きに働くなりニートになるなりしろ。暫く俺ん家に住めばいい。暮らせるまでの金が出来るようになったら、家を出れば大丈夫な話だ」

「涼野さん、良いんですか?何から何まで」

「ああ。別に構わない。部屋も2部屋空いてるし、そこを使え」

「ありがとうございます、涼野さん」

「助かる〜」

「じゃ、たまには俺達も遊びに行こっかな〜。な?四十万!」

「えっ、涼野先輩の家に?迷惑だよ」

「四十万は大歓迎だが、芽木はダメだな」

「なんでですか!?」

「何かやらかしそう」

「せいかさんまで!?俺の扱い酷すぎ!」

「「「あはははは!」」」


 皆して芽木さんをいじり倒した後、僕とせいかは涼野さんの家に直行。そして、程なくして3人での幸せな暮らしが始まった。


 ______


 7年後


「はぁっ、はぁっ……うえ……ゲホッ。遅くなりましたっ」

「そんな走って来なくても大丈夫ですよ。ほら荷物貸して、ボス」

「っ……。やっぱなれないなぁ、それ。いつものラミアダくん呼びでいいですよ」

「やだ。君は誰がなんと言おうとボスですよ」

「わかりました。じゃ、乗りますか」

「はい、ボス」


 僕とラミアダくんは飛行機に乗り込み、アメリカへ旅立った。もっとも、ラミアダくんは帰国という形の方が正しいけれど。


「まず、皆に挨拶しなきゃですね。僕と佐々木さんのタッグについて」

「そうですね。緊張するなぁ」

「ま、大丈夫でしょう。これからもきっと……」

「ラミアダくん?」

「改めて佐々木さん、佐々木翔さん。ずっと、ずーっと、僕と詐欺師として世界を壊していきましょうね」

「承りました。HANA-20次期ボス、ラミアダ・パートリー様」



7年もの間、大人しくなり、すっかり存在も忘れ去られた組織。安堵した日本警察官3名、涼野契、四十万楽都、芽木神楽。倉本健、倉本せいか。

その者達は知る由もなかった。


天才詐欺師と言われたフレデリック・サイデリカ、組織のトップ、ウィリシア・レヴィ亡き組織が復活していた事に。


世界は、再び詐欺師への餌食となる。



終わり。










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フレデリック・サイデリカ 寿魔都 @miyati

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