第5話 『太陽神の剣巫女』 宣誓
先刻の決闘で圧倒的な勝利を勝ち取ったルキ=レヴァンティンは何事も無かったかのように最後の六時限目の授業を受けていた。
さっきまで啖呵を切っていたアルビオンの席には誰もいない。どうやら治療室で治療を受けているらしい。授業を受けていた生徒たちの視線は教師や黒板、教科書ではなく、怠惰に空を眺めているルキの方へと向いていた。
ルキは皆に聞こえぬようぼそりと呟いた。
「ざまあ見やがれ」
無能を蔑む剣聖学園の剣聖どもを嘲笑する様に、ルキは虚空を眺めていた。
授業になど耳を貸さず、ルキは今後の計画について熟考することにする。
(今の俺は「生徒会長を倒した者」と通っているはずだ。『魔剣王』ということを露呈すればアイツらは即座に退くだろう……それだと退屈だ)
あらゆる剣聖とを殺戮してきた最強の魔剣使い…『魔剣王』。どうやら学園の人間は『魔剣王』の顔は知らないらしい。しかし『魔剣王』という存在だけは知っているだろう。
ルキが『魔剣王』だと知れば誰もが恐れをなしてルキに服従もしくは逃亡するだろう。
――それでは退屈だ。
(俺を侮辱し蔑んだ最悪な屑どもが何も抗わずに服従だと? ふざけるな。俺の怨嗟は服従された程度で揺るがない、晴れない。殺し、荒すまで俺は蹂躙する)
決意は揺るがない。
何か機会があればいいんだが……そんなことをふと考えていると、終業の鐘が鳴り響く。
「今日はここまでだ」
教師は一言残して教室を去っていく。途端に生徒たちは起立し、ルキのいる席へと歩み寄る。ルキは辟易としながら伸びをする。
「……アンタ、しでかしてくれたな」
「そうかよ。言いたいことはそれだけか? 決闘を挑んで勝手に敗北して、大怪我したのはアルの方じゃねぇか。俺はとやかく言われる筋合いはない」
ルキの言っていることは正論だ。
事実剣聖の四割は人を虐殺するような心無い人間だ、そんな人間を侮辱しても許されるとは思う。それに逆上して勝手に憤慨し、勝手に決闘を申し込んだのだ。それで敗北したのはアルビオンの方だ…いくら無神経なルキでも、この現状をとやかく言われるのは可笑しい。
「ふざけるな! お前…生徒会長を大怪我させて、恥ずかしくないのか?!」
一人の生徒が、怒号を上げる。剣聖学園でも、アルビオンは皆の憧れの的なのだ。
生徒会長でカリスマ性もあり、更に剣聖としての実力…剣技や『剣魔術』の能力も非常に優れている。まさしく、剣聖たちにとっては崇拝すべき存在なのだ。
そんな人間に、傷をつけられ昏倒させられたのだ。黙っていられる人間はそういない筈だ。
ルキもアルビオンの立場は大体理解していた……故に、席を立つ。
「恥ずかしいも何も、俺は剣聖が大嫌いだ。それも剣聖のカリスマを倒したんだ、名誉に思うよ」
そうして、ルキは憤怒する生徒たちに目もくれずそのまま帰宅するのだった。
† †
王立アヴァルス剣聖学園は、全寮制で全生徒寮への居住を余儀なくされている。
住む部屋に関しては学園側が決めており、部屋番号は入学時、編入性の場合は一限目前に職員室で担任に貰うのが鉄則である。
ルキが渡された鍵の番号は269号室……第二寮室の二階の最奥にある部屋だ。
多少行き来が面倒臭いが、この部屋は丁度いい。
「お、此処だな。噂だと学園の寮の設備は充実しているらしいからな」
ルキは鍵穴に鍵を差し込み、右方向に鍵を回す。ガチャっと解錠される音がし、扉を開ける。
そして、部屋に入って扉を閉める。――同時に、何か気配を感じ取った。
「ッ!」
ルキは音を立てないように《堕落の御伽噺》を取り出し、静かに詠唱する。
「《潰えし御伽》《鬱蒼とした髭》《約束破りて》《血塗らし斧を振り翳す》――開け、【蒼き髭の侯爵】」
すると、ルキの右手に鈍色に近い色彩の斧が出現する。そして再び詠唱する。
「ヒアーレジスト」
魔剣を介して、『剣魔術』を発動するルキ。聴覚を一時的に引き上げる支援系の『剣魔術』だ。ルキは目で見ようとはせずに、耳で感じようとしていたのだ。
聞こえるのは――寝息。恐らく人間で、寝ているのだろう。だが、何故ルキの部屋で寝息が聞こえるのか? それが気がかりでならないのだ。
此方は武器を持っている、危険因子だとしても反撃は可能だ。ルキは軽く深呼吸をして、部屋に突撃する。
「誰だ、俺の部屋で寝てる奴は? 此処は俺の部屋だ、だから出ていけ……」
ルキは、眼前に見える光景に愕然としていた。ベッドの上で寝ていたのは、頭に包帯を巻き、寝間着姿で寝息を立てていたアルビオン=イル・ナーヴァスだったのだから。
「は?」
「んぅ……ん? なにぃ………え!?」
アルビオンがルキの拍子抜けした声に反応してか、覚醒してしまう。お互い驚いていた…さっきまで殺し合いのような決闘を繰り広げていた相手が、自分の部屋で寝ている……二人は全く同じ思考をしていた。
「何でアルがいるんだよ!? 此処は俺の部屋だぞ! 勝手に占領するなッ!」
「それはこっちの台詞よッ! 此処は私の部屋で、応急処置をしてもらって安静にしていたのっ! 出鱈目言わないでくれるッ!?」
また先刻の決闘のような口論を繰り広げるルキとアルビオンだった。何せ自分の部屋を占領されているし、自分の部屋を「俺のものだ!」と言われたりと…互いに憤慨する原因があるのだ。
「えぇ……待てよ、お前鍵もってるか?」
「何当たり前のこと言っているのよ、あるに決まってるじゃない!」
そう言ってアルビオンはベッドの傍にある机の鍵を取る。
番号は……ルキと同じ269――奇妙に思う。確かに寮を二人で使う生徒もいる。だが、それはあくまで男同士や女同士での事例であって、男女ペアなんて言うことは絶対にしないはずなのだ。
なのに何故? 二人の頭上に「?」が浮かぶ。だが、何もしないのは得策ではない……そしてアルビオンが提案する。
「……先生に訊いてみましょうか」
「だな」
満場一致で二人は担任に訊いてみることにする。
廊下を歩く二人――平然と歩くルキと松葉杖を突きながら不安定に歩くアルビオン。そんな怪我人を、何の心配もせずに歩く無慈悲なルキ。
「……貴方、何か心配とか、謝罪とか無いの?」
「上から目線だなぁ、俺が剣聖に頭を下げるなんて、末代までの恥だ。生憎剣聖の怪我を心配するほど優しくないんだ」
剣聖にはとことん厳しいルキに、軽蔑の眼差しを向けるアルビオン。
「貴方本当に心が無いのね。人の心配もできないくらい厳しい環境で育ったの?」
「―――ハッ、そうかもな」
一瞬歩みを止めてしまうルキ。
ルキは親にも軽蔑され、一度は殺されかけ、剣聖に復讐を誓った。更に剣聖や魔物を殺戮し続けていたのだ、人に心配するような優しい心があるとは思えない。
そうして、職員室に到着する。
コンコンと扉を叩き、職員室の向こう側から「どうぞ」と聞こえ、アルビオンが扉をガラガラと開ける。
「失礼します、エルム先生に用があってきました」
アルビオンが用件を話すと、真ん中らへんの方から声が聞こえそこに視線を送ると手を振る担任エルム=クリストフがいた。
「こっちだ」
ルキが先攻してエルムの許へと一歩踏み出し、向かう。アルビオンも「ちょっとっ!」と松葉杖を突いて歩く。
「それで、何の用だ?」
「あの、私とルキの部屋が同じなんですけど、どういうことですか!? 男女混合に住まわせるなんて、何を考えているのですか?」
アルビオンが憤慨する。
その行動に便乗して、ルキも溜息を吐いてエルムを責め立てる。
「アルの言う通りだ。俺たちを一つ屋根の下に閉じ込めて…何か意図があってのことなのか? こんな奴と暮らせってのか? 冗談が過ぎるぞ」
そんな生徒二人の抗議に、エルムは冷静に対処しようとする。
「いやなに、単純に部屋数が足りなかっただけだよ。ほら、他生徒と一緒の部屋に入れると暴動を起こしかねないだろう?」
エルムはそう言ってルキの方へと視線を送る。ルキは剣聖を嫌う…更に決闘で相当な反感を買った。そんなルキと一緒に暮らせば、何かしらのトラブルが起こると危惧しているのだ。
「アルビオンなら生徒会長だし、決闘で一回は剣を交えたんだ、ある程度の親睦は深まっているはずだ」
エルムの言い訳に、二人は思わず怒りをぶつけてしまう。
「「深まってないッッ‼」」
「ほら言葉が被る時点で既に仲いいじゃないか、あははは!」
エルムは揚げ足を取る様に笑い飛ばす。ルキとアルビオンにとっては、途轍もなく癪に障る発言なのだ。自分の許可なく勝手に同居させられ、しかもその状況を笑いものにされたのだ……怒らない方が可笑しい。
だが、これ以上の抗議は望めないだろうと悟った二人は大人しく帰ることにする。
「チッ……使えない教師だ」
「はぁ…こればっかりはルキの言葉に賛同だわ。エルム先生……他人事みたいに」
珍しく気が合っている。
そして部屋へと戻り、ルキは設置された椅子に、アルビオンはベッドに座る。
「……で、だ。もう決闘は終わったわけだ、早速聞くがアル」
「何よ?」
そう言ってルキはベッドの横に置かれた純白と黄金で構成された剣を指さす。
「その聖剣フラガラッハ…何処で手に入れた代物だ? 俺は知ってるぞ、その聖剣は太陽神ルーの使う神話武器だ。そんな剣をどこで手に入れた?」
ずっと気になっていた疑問なのだ。本人が居る前で聞かないわけには行かない。
――剣聖の第一の武器にして象徴…剣には二種類ある。
一つは『聖剣』。神や天使の力、もしくは精霊を宿した神聖なる剣……聖剣を扱うには光・雷・無属性のうちの一つの適性があれば聖剣を振るうことが出来るのだ。剣聖の大半が聖剣を扱う。
もう一つは『魔剣』。魔神や魔獣の穢れを宿した邪悪な剣……魔剣を扱うには聖剣の真逆の適性…闇・無・炎だ。魔剣は人間が忌み嫌う魔獣や魔人の因子が宿っている――即ち魔剣を使う人間は殆どいないに等しいのだ。
事実魔剣使いは僅か三人しかいないのだ――。
その中でも一般的に使用される聖剣……普通の聖剣は精霊を宿した〈精霊剣〉だが、中には天使を宿した〈熾天剣〉がある。
だが、〈熾天剣〉を扱える剣聖は約四割――この時点で稀少だというのに、神を宿した聖剣…〈神聖剣〉を扱える人間は一割にも満たない。
そんな〈神聖剣〉を持つ剣聖…アルビオン=イル・ナーヴァスの存在は稀少の中の稀少なのだ。
それはいいのだ……優秀な剣聖を集めている学園だから。だが、問題は何故〈神聖剣〉を保持しているのかだ。
〈神聖剣〉は製造は勿論、入手することさえ困難な貴重品なのだ。入手するには神界に赴き神から譲り受けるか、神に認められてその
どの手段も常人では到底成し得ないことなのだ。
一応剣聖見習いであるアルビオンが手に入れられる訳がない。
故に、この質問を投げかけるのだ。
「……まあ、いいかしらね。実は昔、私――」
アルビオンは天を仰ぎ、瞳を輝かせて告げた。
「神と逢ったの――!」
その電波めいた発言に、ルキは呆然とした表情でいた。いきなり非現実的な発言を、純粋な表情と声音で言っているのだ、当然の反応だ。
「は?」
「それで、その神様からこの聖剣を授かったの。この聖剣、とても綺麗で形容しがたい美しさがあって……それで私、剣聖になろうと思ったの」
嘘偽りない瞳だ。神は確かに存在する――だが、簡単には逢えないものだ。天文学的確率なのだ。
「ほーん、で? 何が言いたい?」
「な、何よ貴方っ! 人の話をまともに……ッ!」
「当たり前だろ。お前が勝手に話をしだしたんだろ? 俺が聞く義務はない」
相変わらずの反応に、アルビオンは睨み付ける。そして、ルキの言う通り結論だけを語る。
「私ね……人々を護れる正義の剣聖になりたいの」
その夢は、一般人からすればとても素晴らしい夢で、誇るべき正義だ。だが、剣聖を嫌い、夢を潰すことを生業とするルキの心には響かなかった。
「ハッ、キレイゴトも大概にしろ。俺はお前に賛同は出来ない。同情を得たいならよそでやれ」
「キレイゴトじゃないッ! 私はこの世界を正して、秩序ある世界を……!」
涙目で叫ぶアルビオン。嘘や偽善ではないらしいが…関係ないことだ。「正す」「秩序ある世界」……そんな世界は永遠に訪れない。
光と闇は表裏一体――強い光の背後には、濃い影が生まれる。正義がある限り、悪もある。
ルキはそれを既に理解しているのだ。故に、こんな偽善じみた発言はただの妄言としか解釈できないのだ。
「そんな正義を、剣聖が実現できるのか? 馬鹿馬鹿しい、俺は寝る。夜ご飯はいらないとだけ言っておくか」
そう言い残してルキはベッドへ向かい、就寝する。
アルビオンは悔しそうに歯噛みして、直後眠る――――。
私が、正さなければいけない……こんな
その為には、どんな努力も惜しまない。
そう、誓ったのだ。
剣聖学園のパラノイア ~御伽の使徒による闇黒英雄譚~ 暁 葵 @Aurolla9244
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