第4話 『魔剣王』 遡行

 決闘が終わり、ルキは第二闘技場から教室へと踵を返した。

 すると、一人の少女がルキを追いかけていた。

「ルキく~ん!」

 聞き覚えのある声の方を振り向くと、そこにはさっき食堂で話していたサファイア=エムリエルがいた。

 ふと、食堂での事が脳裏をよぎる。あの時は流石に自分も悪いと罪悪感を抱いていた。

「……サフィか。どうした? 俺なんかについてきて」

「さっきの魔剣だよね!? どうやって学園最強の剣聖であるアルビオンさんを斃したの? 一瞬であそこまで出来るはずないよ」

 サファイアはルキの攻撃に対し疑念を抱いていた……それもそうだ。

 この世界には「時を止める」なんて『剣魔術』は存在しないのだから。ルキはサファイアの質問攻めに、仕方なく答える。

「はぁ…あれも『剣魔術』の一つだよ。俺の持つ魔導書はな、少し異端な代物でな……ありゃ時を止めたんだ」

 サファイアは驚愕していた。

 まず、魔導書から魔剣を召喚するというのも、本来はあり得ないものなのだ。

 魔剣や聖剣は本来、魔獣や神々の創作物で魔導書に封印することは不可能なのだ。

 それを可能とするのはルキの保持する《堕落の御伽噺》ただ一つだけだ。

 そんな机上の空論を、あっさりと提言されたのだ、驚かないはずもない。

「凄いね……ルキくん。学園の生徒からは転校前から「無能」なんて呼ばれてたのに……」

「……そうだ、俺は『剣魔術』は扱えない…それは紛れもない事実だ」

 ――ここで、矛盾が生じる。

 ルキは転校前から噂で「剣魔術の扱えない無能」と揶揄されていた。ルキの口からも出た通り、彼は『剣魔術』の適性は無い。

 なのにあの決闘の最中、「シャドウヴレス」という『剣魔術』を発動していた。

 …何故、ルキは『剣魔術』の適性が無いのにも関わらず、「シャドウヴレス」を行使できたのだろうか?


   † †


 この世界で、魔剣を扱う人間はそうそう居ない。何故なら、魔剣は魔獣や魔神によって生成される穢れた剣だからだ。

 魔剣を扱う人間は、この世に三人存在する――。

 一人は、魔剣を世界で初めて発見した剣聖…レヴィ=レゾナント。彼は世界最北端の地であるバロールの岬にて、魔剣レクスゼクスを発見する。

 これによって剣聖レヴィは数多の魔獣、悪人を魔剣で切り裂き、いつしか「英雄」と称讃されていた。

 二人目は、《神の領域》に達した姫剣聖…エルミア=ティル・アトニメント。

 彼女は魔獣を根絶すべく研究に励んでいた努力家だった。そしてキャメロス王国で最も有名な姫剣聖である。

 そんな彼女はある日、魔剣と魔獣、そして魔神の真相を知り、その研究の成果によって魔剣ディルクラネルを作り上げた。

 しかし、エルミアは魔剣ディルクラネルの絶大な穢れに耐え切れず、異形と化してしまった。最終的にエルミアは剣聖数千人の手で討伐された。


 そして三人目――すべての魔剣を扱い、穢れに堪えられる存在…『魔剣王』。


  ルキ=レヴァンティン。


 魔剣を扱う剣聖レヴィの分家…レヴァンティン家の長男で、剣聖としての期待をかけられていた。

 しかし、彼は剣聖の第二の武器『剣魔術』を扱うことが出来ない体質だった。それ故、親からは「剣聖の面汚し」などと軽蔑され、最終的に親は「ルキの抹消」を決行する。

 剣聖という存在に憎悪し、大人しく死の時を待っている十四歳のルキ――ある日…一人の男がやって来た。


「少年、貴様は『剣魔術』が使えないと聞く……よかったら、コイツをやろう」

 と、男は一冊の本を渡して来た。そこには、見覚えのある絵があった。――そう、子供の頃読み聞かせてもらった【不思議の国のアリス】や【灰かぶりの姫シンデレラ】などの絵が描かれていた。

「これは……?」

「それはな、見ての通り御伽噺だ。我の書いたオリジナルだ…よければ、開いてみてくれ」

 ルキは男の言う通りにその”御伽噺”の本を開く――。


《昔々、アリスという少女がおりました。彼女はある日純白の兎を目にし、ふと付いて行くと、気づけば別の世界に居た》

《アリスは懐中時計を提げた兎に付いて行くと、様々な人間や人外な存在と出逢う》

《狂い踊る三月兎、喋る卵、狂乱する帽子屋と共に茶会を楽しんだ》

《そして彼女はある試練にぶつかる。それは四人の最強の人間を侍らせる道化師ジョーカーとの戦いだった》

《アリスは四人の最強の人間と道化師を打ち倒し、気づけばもうお家へ帰る時間となった》

《帰ろうとするアリスは、兎に尋ねた…「そろそろお家へ帰らなきゃ、何処から帰れるの?」…と》

《すると兎は黙って飛び跳ね、着いたのは真紅の葉が舞う森林だった。そこへ入ると、一頭の黒竜と遭遇する》

《その黒竜と兎は告げた…「幻想世界、愉しみ疲れて彷徨うは、血潮に染められた真紅の森…夕刻、黄昏の闇に包まれ囚われる」…不気味にそう唱える》

《彼らの言葉に、ようやく気付く――彼女はもう戻れない…幻想の世界の住人として生き、現実世界でアリスは忘却の闇へと飲まれていった》


 何とも後味が悪い、陰鬱とした最後……ルキはその御伽噺を読んで、自分と照らし合わせた。

「…これは僕だ! 名門家であらゆる剣聖が輩出された。そんな幻想を見せられ、絶望の淵に落とされる……今の僕だ」

「だろう? これを見せたかったんだ。さて、単刀直入に問おう――貴様はこの御伽噺を聞いて、どう思う?」

 男の問いに、ルキは迷わずこう叫んだ。

「赦せない……! 勝手に誘っておいて、それでもって無垢な人間を陥れる…彼女を救ってあげたい!」

「そうか……なら、貴様にこの魔導書をやる。名を、《堕落の御伽噺》…これを使えば、お前は魔剣を扱い、代償を払えば『剣魔術』を扱える――どうだ?」

 その交渉は、ルキにとって途轍もない優位性がある。魔剣は穢れた剣、代償を張らなければ力を発揮できない――そう教えられた。

 一瞬躊躇う。代償は重いもので異形へと変貌してしまう可能性もある…しかし、『剣魔術』を扱えれば、こんな立場からもおさらばできる。

 ルキは、不気味な笑顔でこう答える。

「くれ――その魔導書を。はその力で全てを破壊してやる……! 屑な剣聖どもに、復讐してやる!!」

「その言葉…確かに受け取った。我の魔導書をやろう」

 そしてルキは、魔導書・《堕落の御伽噺》を獲得し、早速その力を振るう。

「……《四つの紋章の道化師》――開け、【奇怪な魔境のアリス】ッ!!」

 刹那、ルキの手に漆黒の大鎌が出現し、窓を破壊する。


「俺は、絶対に剣聖を赦さない……屑どもは、殺す。その為には、剣聖の巣を荒らさなきゃなぁ……!」

 

 そうして、ルキ=レヴァンティンは剣聖を殺戮することを決意した。

 その為にまず、キャメロス王国唯一の剣聖学園…王立アヴァルス剣聖学園への編入を目論む。

 

 まずルキは、剣聖学園に編入し、学園を荒らす為に力を高めた。あらゆる国外の剣聖やを《堕落の御伽噺》の魔剣で狩り殺し、いつしか世界中から『魔剣王』などと恐れられていた――。


 それから三年後――――。


   † †


「ま、詳しくは言えねーが魔剣と『剣魔術』は”魔”っていう共通点がある。だから魔剣を介して『剣魔術』を行使した…っつーわけだ」

「け、結構詳しく説明しているね……でも、凄いよね! ルキくんは」

 ルキの説明に突っ込みを入れながらも、サファイアはルキを称賛する。魔剣を扱う人間は邪険に扱われる…それなのにサファイアはルキを持ち上げる。

「…どうして、俺を褒めるんだ? 俺はサフィみたいな剣聖を嫌悪する存在なんだぞ? 何でそこまでする」

 サファイアは俯きながら返答する。その表情は、何か嬉しさが垣間見えている。

「ルキくんの気持ちが、よく分かるからだよ」

 何か意味深げな言葉を呟き、サファイアはルキの前に立ち、天真爛漫な笑顔を魅せる。

「これから頑張ってね! 多分これから色々と辛くなるだろうけど、その時は私と一緒に昼食を食べようねっ」

 その笑顔に、少し心が緩む。ここまでこんな異端な自分を応援してくれる人間は今までいなかった。

 ルキはほくそ笑んで返事をする。

「ああ、気が向いたらな」

 そしてサファイアは「じゃあね」と一言告げて去っていく――ルキは溜息を吐き、さっきのぎごちない笑顔を彼方へ抛り捨て、下卑た笑みを浮かべる。

「順調だ……生徒会長を潰した今、難易度は格段に下がった」

 本来のルキの目的はこの王立アヴァルス剣聖学園を崩壊させること…計画は着々と進んでいる。

 基盤である生徒会長・アルビオンを潰せば、崩しやすくなる――ルキの野望は叶いつつある。


『魔剣王』ルキ=レヴァンティンは、夢に浸る剣聖クズどもに絶望げんじつを突きつける……決意は一切として変わらない。

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