第3話 『魔剣王』 絶望
「ではっ! この度五時限目の授業を削り、転校生ルキ=レヴァンティン対生徒会長アルビオン=イル・ナーヴァスの決闘を開始します!!」
何処からともなく、実況者らしき声が響き渡る。その実況者の声の直後に、観客席に座る夥しいほどの生徒たちが吼える。
「「「「うおおおおおおおおおおッッ!!」」」」
決闘というのは、剣聖と剣聖とが戦う神聖なものだ。謂わば王の目の前で騎士が試合を行う御前試合のようなものだ。
このアヴァルス剣聖学園では決闘の際、授業を中断し決闘を見守るルールが或る。
正直、ただの生徒二人の小競り合いごときで生徒たちが集まっている…その光景を登場口の前で見ていたルキは、嘲っていた。
「何だかなぁ……ただの論争で集まる剣聖どもを見てると、馬鹿らしく思えるな。まさしく飛んで火にいる夏の虫、だな」
ふと、真正面にあるもう一つの登場口に視線を移すと、そこにはアルビオンが居た。
アルビオンは聖剣を鞘から抜剣し、何かを詠唱していた。恐らく、剣に付与する魔術…『剣魔術』を付与しているのだろう。
唐突だが、『剣魔術』について説明しよう。
『剣魔術』とは、剣聖のみが扱える魔術の一つである。その能力の大半は、強化系や魔術の付与だが、中には精霊を直接宿し精霊の権能を行使する『剣魔術』もある。
そして『剣魔術』にも属性が存在する。
炎・氷・水・風・雷・光・闇・無の八つの属性が存在し、剣聖の…否、この世界の人間は生まれ持った属性しか扱えないのだ。
勿論、属性にも「相性」があり、炎は氷に強く光と闇は相殺されるというものだ。
アルビオンの剣は見る限り「聖剣」…つまり付与できる『剣魔術』は精々雷と光、そして無属性だろう。
……ルキは口角を上げる。
その理由は単純明快であった――自分の勝利が確定したからなのだ。
† †
「では、早速決闘を行う二人の剣聖に登場してもらいましょう! まずは、頭脳明晰、眉目秀麗、質実剛健な美しい生徒会長…アルビオン=イル・ナーヴァス!!」
実況者はアルビオンを持ち上げるような紹介をする。
そして当のアルビオンは聖剣を鞘に納め、冷静沈着な表情でフィールドへと歩き出す。
「そしてっ! 剣聖を愚弄し、嘲笑する無能剣聖…ルキ=レヴァンティンッ!!」
剣聖を多少馬鹿にしただけで、ボロクソに罵詈雑言を叫ぶ実況者に、苦笑しながらルキは登場する。
生徒たちはルキが登場した途端に、憤怒しゴミや物を投擲したり野次を飛ばしたりしていた。
「さて……アル、辞世の句を読み上げろ。内容はこうだ…『私はこれより、剣聖の誇りを、矜持を棄て今後決して驕り高ぶらないことを誓います』――ってな」
「誰がそんなことするのよ! というか、辞世の句を読み上げるのは貴方よ、ルキッ!! 私の聖剣フラガラッハで貫いてあげるわ!」
互いに互いを煽動する二人に便乗して、「うおおおお!」と声を上げる。
「へぇ……聖剣フラガラッハ……ねぇ」
ルキは不敵な笑みを浮かべる。そしてルキは魔導書を取り出し、アルビオンに見せつける。
「それが貴方の武器?」
「ま、そんな感じだ」
適当に返事をして、戦闘態勢になる。
「では…これより生徒会長対転校生の決闘を、開始いたします! ――レディ…ブレイブ!!」
特殊な開始の合図とともに、決闘の火蓋が切って落とされた。
「聖剣フラガラッハ――〈
アルビオンは先手必勝と言わんばかりに、聖剣フラガラッハを抜剣した。そして剣身が黄金と燈火色の炎に包まれる。
刹那、炎が刃に吸収され、太陽のような白金の煌めきを帯びていた。ある程度距離を取っているが、熱い。
熱波が凄まじいほどにルキの身体を焼いている。…だが、こんな程度の力に屈するわけにはいかない。
ルキは魔導書を開き、詠唱する。
「――《懐中時計の白兎》《四の紋章の道化師》《狂乱の帽子屋》《夕影の黒竜》《彷徨う幻想の少女》……開け、【奇怪な魔境のアリス】ッ!!」
ルキは詠唱を終え、魔導書を掲げた。すると、魔導書は突風でも吹いたかのように
そして出現したのは――魔剣だった。
漆黒に包まれた全体像、剣身に刻まれた黒竜と時計の針のような形状…生徒全員はその特殊な形状に一瞬見入ってしまう。
「それが貴方の剣? 見る限り魔剣ね。ま、私の聖剣フラガラッハとは相殺されるけど、そんな変ちくりんな形状で攻撃できるかしら?」
「ハッ、相殺されるから何なんだ? 剣聖は弱者を見ると喚きたくなるのか?」
二人は相も変わらず互いを煽動していた。しかし、話しているだけでは決闘の興も冷める……。
まず動いたのは、聖剣を扱うアルビオンだった。
アルビオンはフラガラッハを神速の如く突貫し、ルキの腹を突こうとする。更に右手首を外側に回し、ギリギリの
そして聖剣フラガラッハが途端に炎を吐き、ルキの全身を摂氏三千度の灼炎が襲いかかる。
観客である生徒たちは「死んだな……」と確信していた。
刹那――――世界が静寂に帰した。
「…はぁ、先手必勝なんて、嘘っぱちなんだよなぁ」
そこは、静止した世界だった。アルビオンは聖剣を振り翳したまま静止し、炎も空中に
これこそ、ルキ=レヴァンティンの魔剣なのだ。
【奇怪な魔境のアリス】……五つの精霊を宿した魔剣で、ルキだけの特別な魔剣なのだ。
ルキの持つ魔導書の名前は《堕落の御伽噺》というもので、子供のころ誰でも読み聞かされた御伽噺を”闇”で穢し、編纂した魔導書だ。
この《堕落の御伽噺》に記載されている「御伽噺」は十四あり、それぞれ強力な精霊を宿した魔剣が封印されているのだ。
そしてこの【奇怪な魔境のアリス】は、【不思議な国のアリス】の堕落版でその能力は絶大なものだ。
そのうちの一つ…《懐中時計の白兎》。
能力は「使用者の寿命と存在を代償に、最大五時間まで時間を停止できる」というものだ。代償は重いが、時間の停止した世界で自由に攻撃が出来る…最強と言っても過言ではない能力だ。
ルキは溜息を吐きながら、横腹に振り翳された聖剣フラガラッハを退かし、アルビオンに魔剣【奇怪な魔境のアリス】を全く同じ横腹に振り翳し、静寂に包まれた世界で、一言。
「……シャドウヴレス」
ルキは闇属性の『剣魔術』である「シャドウヴレス」を発動する。
すると影が放出され、七つの斬撃がアルビオンの全身を包み込む。そして斬撃は空中で留まる。斬撃とアルビオンの身体の距離はほぼゼロ…確実に当たる計算だ。
そしてルキは【奇怪な魔境のアリス】を自分の前に戻して、唱える。
「…《幻想世界は霧散する》」
――再び世界が動き出し、観客の熱狂的な歓声が耳を刺す。
「ナッ――!?」
アルビオンは驚愕していた。さっきまでルキの横腹に刃を振り翳していたのに、いつの間にか回避され、真逆の立場になっていた。
飛び込んできたのは、黒い斬撃…ルキの発動したシャドウヴレスだった。それも目と鼻の先に斬撃がある――確実に回避は不可能だ。
「悪いなぁ、俺は汚い方法でしか敵を殺せないんだよ」
ルキは下衆のような嗤いを魅せつけ、【奇怪な魔境のアリス】をアルビオンの横腹へと容赦なく振りかぶる。
直後、漆黒の斬撃と、漆黒の刃がアルビオンに襲い掛かる。アルビオンは悉く吹き飛び、フィールドの壁にぶつかり、轟音が鳴り響く。
今のルキの攻撃…正直なところ、殺す勢いでやった。あれで多少の怪我で済んでいたら奇跡と言ってもいい……。
砂埃が宙を舞い、五秒程度で舞っていた砂埃が霧散する。そこには、腹を抑え悶え苦しむアルビオンの姿があった。
――奇跡だ。
恐らくあの調子だと内出血や骨折程度の傷だろう……何かアルビオンは細工を施していたのか? ルキは罪悪感など棄てたような表情で悩む。
生徒たちは愕然とした表情だった。
絶対に優勝するだろうと高を括っていたアルビオンが惨敗する姿を目の当たりにしたのだ、無理もない。
悲鳴を上げる生徒や、ルキに罵詈雑言を浴びせる生徒…どれも本人からすれば屑で救い難い塵芥でしかない。
「……え、えー、終了ッ!! 決闘の勝者は、転校生ルキ=レヴァンティンッ!!」
全員、釈然としない表情だ。歓声も糞も無い……ルキは颯爽とフィールドから立ち去っていく。
アルビオンは予め配備された救護班の担架によって運ばれていく。
やはり、剣聖というのは都合が悪くなるとボロを出す…とんだ屑だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます