女神の伝説は騎士の不運か幸運か3

 顔を見合わせ声を上げ笑うと、俺たちは家の中へと走り出す。

 家の中を通り抜け、近道をするためだ。


「だがその前に貴方のやりたいことを当ててみようか、イグジス」


 俺はアルネアの得意げな声を聞きながら台所を走り抜け、次の部屋の窓から外に出る。

 隣の家は朝食の途中だったのだろうか。大人一人がギリギリ通れる道を挟んだ隣の家に窓から侵入すると、机の上に皿と簡易食の箱が置かれているのが見えた。


「魔術の攻撃は邪魔だ。まずはそれを片付けよう」


「正解」


 土砂降りのようだった攻撃魔法は曇り時々雨といった節約モードに入っている。降っては止み降っては止む攻撃魔術は、俺たちが家の中を駆け抜けても同じ調子で振っていた。


 けれど土砂を降らせる余裕はないらしい。密集した家と家の間すら通りたくないと思わせる攻撃魔術は降ってこなくなった。


 それでも攻撃魔術は邪魔である。移動するには盾になるものが必要だ。俺には盾があるし、アルネアには魔術がある。移動できないことはなかった。固有魔法マギクや魔術を使いながら移動するのは大変疲れるし、魔力を消耗する。


「早く、確実に。手段を減らして動きやすく……だろう?」


 アルネアとバディらしくなってきた頃にいったことだった。

 俺よりも遠くから攻撃するやつは手が出しにくい。早めに倒してもらいたかったのだ。


「そう。でも止めは刺さなくていい」


「何故? まさか私の婚約者争奪戦だからか?」


 早く片付けるに限ると思っているのは、俺だけじゃない。俺より魔術に慣れているアルネアも攻撃魔術を邪魔だと感じているようだ。声に不満そうな色が乗った。


「ご本人に手伝ってもらったってなれば無効だろうから、それはそれでいいんだけど。相棒だってギリギリでも認めてもらいたいんでね」


 暫定婚約者についてはさっさと御破談になってしまえと思うが、相棒となるとそうはいかない。

 裏口から家を出て小さな窓からさらに隣の家へと入りつつ、俺も不満を顔に出した。


「不満そうだが、私の方が不満だ。私の婚約者は嫌か?」


 不満を通り越し不機嫌な声が後を追ってくる。いつの間にか隣ではなく、アルネアは俺の後ろを走っていた。


「こんなもので決めた婚約者とかふざけんなよって話だろ」


 そこで不機嫌になるのは俺の婚約者になりたいということなのか。問いたい気持ちを、争奪戦をすると聞いてすぐに思ったことを口にして抑え込む。


 好きでもそうじゃなくても求婚するほどの魅力がないと思われるのは心外だろう。うまく冗談にできず必死になるには時と場所が適していない。


 それに俺のいったことは争奪戦が始まる前からずっと思っていることだ。

 アルネアも婚約者は自分で決めるといって争奪戦に参加している。『それでいい』とは思っていないはずだ。


 しかし俺がカゴがいくつも並ぶ台の横を走り抜けると、いやに大きなため息が聞こえた。


「希望人物が必死になってったなら、私は嬉しい」


 現状を思えばそれが楽でいい。告白せずとも一応公認ゴールインだ。

 好きだとかそんなもの態度で示しただろう、これでわかるだろいうとそういうわけである。


 だが曖昧さは残ってしまうので、ちゃんといった方がいい。

 曖昧にしてしまったツケを払っている現状を思い、俺は口を曲げた。


「俺なら好きです付き合ってくださいから始めたいね」


「喜んで」


 返事が速いのは適当なのか本心なのか。本心なら嬉しいけれど冗談にしか聞こえない。繊細な男心をもてあそぶような発言は控えてほしいものだ。


「今、アルネアにいったわけじゃないからな。いうならもっと頑張るぞ、俺は」


 奥に住む部屋がある店なのだろう。揺れる男心を抱えている間に売るものが一つもカゴに入っていない店舗部分を通り抜けると、外が見えた。出口はずいぶん大きい。


 不機嫌になるか拗ねたかった。なんとか周りの様子を見ることで平静を装って、足を止め、外を見つめる。

 攻撃魔術の雨は降っている最中だった。


「なるほど。ロマンチストなんだな……無効なら気にせず私を使えばいいものを」


 なんてことない顔をして口にした答えは、軽く流された。


 これという奴は俺ではないかもしれない。

 あっさり具合に調子乗って余計なことをいわなくて良かったと、顔から血の引く気分でアルネアに目を向ける。


 彼女も足を止めこちらを見て拗ねたような顔をしていた。

 どっちなんだよと心の中でドギマギしつつ、俺は外を見る。そろそろまた攻撃魔術が止んでもいい頃だ。


「使うよ? けどね、アルネアの隣にいてもギリギリ認められるには、ちょっと見せつけないといけないから」


「確かに私も相棒を見せびらかしたいが」


 好きか否かより、相棒としての意見のほうがはっきりしている。

 アルネアも気を取り直したように軽やかに冗談を飛ばしてくれた。


 確かにアルネアほどの実力者なら、見てくれこれが俺の相棒なんだいいだろうと見せびらかしたい。気持ちはよくわかる。


 アルネアの相棒が俺でなければ、自慢しているアルネアを想像して微笑ましいくらいだ。

 今度は俺がアルネアの話を軽く流す番だった。


「人に自慢できるほどいいもんでもないけどな。そんなわけだから一番強そうで有名な人と戦ってくるから、その間魔術の邪魔をしてほしい」


 争奪戦の参加条件が俺に果たし状を叩きつけることだったので、誰が強そうで誰が目立つかはわかっている。


 俺はできる限り争奪戦で楽できるよう果たし状を貰う相手を選んで逃げ隠れしていた。その中でも、強いとわかっていて唯一わざと果たし状を貰った人物を俺は思い浮かべる。


 ラウルス・エンラグリット、猪突猛進の槍娘だ。

 果たし状を叩きつけるときの勢いも猪突猛進の名に恥じなかった。


「強そう……もしかして猪突猛進か? 魔術を邪魔するだけで大丈夫か?」


 アルネアはここにくるまでの間に赤と黒ツートン槍娘を見かけていたのだろう。とにかく攻撃的で見つけやすい彼女は強そうな外見通り強い。目立つ外見だけでなく実力もあるからラウルス・エンラグリットは有名だった。


「大丈夫。考えるのは好きじゃないタイプだ。あと目撃者は多い方がいいからまだ倒さなくてだいい。俺が勝ったら後は協力して一掃しよう」


 ラウルス・エンラグリットは気が短く計画的に動けない本能の人だというのも有名だ。彼女がアルネアの婚約者争奪戦に参加してきたのは意外であったが、有名すぎて戦い方も筒抜けなのはありがたかった。


「勝ったら、ではない。勝つといってくれ。結果はどちらにせよ」


 いつも通りにこたえる俺に安心したのか、かつて鋼鉄といわれたアルネアらしい力強い声が隣から聞こえた。


 俺はアルネアに向き直り、しっかり目を見て口を開く。

 真正面からとらえた彼女は不安そうに見えた。


「勝つよ。約束する」


 昨年のことがあって、約束など嫌な予感しかしないことばだ。しかしあえて約束した。


「今度こそ絶対」 


 今度こそ約束を守るためだ。

 彼女は薄青の目を丸くした後、ゆっくりと細め、俺から視線を逸らす。


「ふふ。ありがとう」


 照れ臭そうに笑う彼女に、俺も照れ臭くなって目を逸らした。

 本当にこの人どうして鋼鉄なんて呼ばれてたんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

暇なし騎士と戦女神のストラグル 亀吉 @tsurukame5569

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ