幽霊の幼なじみとヤンデレの殺人

青見銀縁

本編

「今日の数学、歩ずっと寝てたでしょ?」

 放課後の帰り道、僕は横から覗き込んでくる幼なじみに対して、無反応を装った。スマホを手に、ソシャゲのガチャをやりつつ、聞いていないふりをする。

「へえー、わたしのこと無視するんだ―。そうですか、そうですかー。歩はそういう冷たい男になったんだねー」

 隣で口にしつつ、何回もうなずく彼女、前橋羽織はポニーテールの髪を上下左右に揺らす。クラスの女子でも高い方かもしれない、僕と同じくらいの背丈。制服のスカートは膝が見えるくらいにして、長すぎず短すぎずといったところ。両腕を組み、僕の無視を偏った見方で受け入れていた。

 僕、佐渡歩はガチャの結果にため息をこぼした後、羽織へ視線を向ける。

「もしかして、いじけてる?」

「いじけてないよ」

 答える羽織は目を逸らしていた。

「とりあえず、その、寝てたよ」

「とりあえずって、そんなんじゃ、大学進学どころか、留年かもしれないよ?」

「留年は大げさだって」

「へえー。高校受験の時、わたしに泣きついて、勉強を見てあげたのはどこの誰だったかなー」

「そ、それは、その時は色々と感謝してます」

「だいたい、前のテストの結果、学年何位だったっけ?」

「……下から数えて何番目だったかな……」

「下からっていう時点でひどいよねー」

「これから頑張ります……」

「その言い方だと、いつまで経っても頑張らなそうだよねー」

 羽織は言いつつ、不安げな表情を浮かべる。先ほどまで僕のことをけなしていたのに。

「いい、歩。これからもそんな調子だと、大人になって、色々と苦労すると思うよ」

「まるで、母さんみたいなことを言うね」

「それぐらい、わたしは歩のことを心配してるんだよ」

 羽織は口にすると、曇りがちな空の方へ顔を上げる。

「今のわたしは、今日の天気みたいな気分だよねー」

「どんよりしてるってこと?」

「そう。歩がソシャゲで激レアなものがいくら課金しても当たらないのと同じように」

「僕は当たらないからと言って、当たるまで課金し続けることはしてないから」

「そういうことをわたしは聞いたわけじゃないんだけど」

 羽織の言葉に、僕はソシャゲをやり続ける気が起きなくなってきて、スマホをしまった。

「ところで」

 僕は足を止めると、後ろへ顔を移した。

「つけられてるよね?」

「もしかして、気づいてなかったの?」

「いや、気づいていたんだけど、どうしようかなって……」

「そうやって、わたしに頼るのはダメだよ」

「そうなんだけど……」

 僕が言うと、羽織はため息をこぼしつつ、同じ方へ視線をやり。

「歩」

「ここは一度、はっきり言った方がいいと思うよ」

「でも……」

「男でしょ?」

「それはそうだけど……」

「だったら、行かないと」

 僕は羽織の声に押される形で、足を動かした。

「あのう」

 声を出した先には誰もいない。通学路となっている住宅街の舗道で、電柱が一定の距離で立っているくらいだ。

 と、近くの電柱から、ひとりの人物が姿を現す。

「天音、佐渡くんに呼ばれるのを待っていました」

 彼女、黒川天音はか細い声で言うなり、頬を赤らめた。髪を肩に降れるかどうかくらいに伸ばし、学校指定の鞄でなく、リュックを背負っている。全体として乱れなく制服を着こなしていた。

 黒川は羽織の方へちらりと横目をしてから、僕と正面を合わせた。

「佐渡くんは重症です」

「僕は別に、病気とかしてないけど?」

「いえ、重症です」

 かぶりを振る黒川は悲しげな顔をしていた。

「やはり、ここは天音が佐渡くんを助けてあげないといけません」

「僕は別に何も悪く」

「いえ、非常に悪いです」

 黒川は僕の声を遮る形で強く言い放す。

 そして、何歩か歩み寄ってきて。

「歩、気を付けて。黒川さん、何をしでかすかわからないから」

「わかってる」

 僕は返事をし、身構える形で黒川と対した。

「かわいそうに」

 黒川は僕を不憫そうに見つめてくる。

「佐渡くんは前橋さんという存在に縛られています」

「違うって。僕はそんなことない」

「そんなことあります」

 黒川は真剣そうな眼差しを送ってきた。

「なら、なぜ」

 黒川は僕の横に立つ羽織を指差し。

「ここに誰もいないのに、あたかも前橋さんがいるかのように言うのですか?」

「それは、黒川さんに見えないだけで」

「ウソです」

 黒川ははっきりと否定をする。

「前橋さんは死んだんです」

「そんなの、わかってる」

 僕が言うと、黙っていた羽織が顔を近づけてきた。

「気を付けて、歩」

「わかってる」

「黒川さんは」

 沙織は一旦間を置くと、黒川を見てから、言う。

「わたしを殺した犯人なんだから」

 羽織が伝えた今の内容は黒川には聞こえなかったらしく、反応はない。

 世間では、通り魔事件として、羽織の殺人犯はまだ捕まっていないことになっている。

 だが、僕は羽織本人から、犯人が黒川だということを知っていた。

 なので、黒川は人殺しだ。だから、僕に対して、何をしてくるかわからない。

「前橋さんはお気の毒でした」

「本当にそう思ってる?」

「はい。あんなにメッタ刺しにされて、さぞ、痛かったかと思います」

「まるで、自分で見ていたかのような言い方だね」

 僕は怒りを鎮めようと、強く握りこぶしを作るにとどめた。

 一方で羽織は、唇を噛み締め、悔しそうな表情をする。

「殺したい。でも、殺せない……」

 羽織の言葉に、僕はどう応えればいいのか、頭を巡らした。

「佐渡くんは」

 黒川は訝しげな視線を僕の方へ送ってくる。

「天音が前橋さんを殺したと思っているのですか?」

「思っていたら?」

「面白い推察ですね」

 黒川は不気味そうな笑みをこぼした。

「だけれども、証拠がありません。個人の推察だけでは、天音を犯人扱いするのはどうかと思います」

「羽織がそう言っていたら?」

「死んだ人の声が聞こえるというのは、幻聴です。ましてや、姿が見えるとなると、幻覚も見ていることになります。そうなりますと、一度病院に行って診てもらった方がいいと思います」

「黒川さんは、僕が精神的におかしくなっているとでも言いたいってこと?」

「天音が好きな佐渡くんとはいえ、いない存在をいるかのように話し、さらに天音を犯人扱いされるとなると、看過するのはかわいそうかと思ってきます」

 さらりと僕に対する好意を含めた上で、黒川は憐れみを込めたような瞳を移してくる。

「なので、天音と付き合って、前橋さんのことを忘れさせてあげます」

「忘れさせるって、どうやって?」

「それは、一度記憶を失えばいいだけです」

「いや、それってどういう」

「歩、逃げないと」

 唐突に横にいた羽織が叫び、僕は驚いて目をやった。

「逃げるって、どういう」

「黒川さんは歩を殺す気だよ!」

 羽織は言うと同時に、前へと駆けていく。

「ついてきて!」

 呼んでくる声に、僕は黒川に背を向けつつ、走る。

「逃げても、佐渡くんのためにはならないです」

 黒川はぼそりと言うなり、後から追いかけてきた。

 羽織に追いついた僕は、息を荒げつつ、後ろを見る。視界には距離を縮めようとしてくる黒川が映った。

 僕は羽織が道を右に左へ曲がっていく動きについていく。黒川も遅れてやってくる。

「黒川さん、あれでも、体力あるんだよね」

「あれでもって、普段、休み時間に本とか読んでるっていう意味で?」

「そう。わたしは元々運動神経いい方だし、そもそも死んでるから追いつかれることは問題ないけど」

「僕、だよね」

 答える僕は、そろそろどこかで休まないと、黒川に追いつかれる状態になっていた。男子でもマラソンとかやれば、後ろから数えれば早い方だ。勉強と同じくらいできないという感じ。

「こうなったら、ここで終わらせるしかないよね」

「歩!?」

 羽織の呼びかけは耳に入れず、僕は足を止め、向かってくる黒川へ正面を向ける。

 対して黒川は、距離を置いたところで足を止めた。

 場所は気づけば、鉄道のガード下にいて、車一台ほどの幅があるところだ。通学路から外れていて、あえて行こうとする人はあまりいないくらい、人通りがない。

「やっと、天音に依存してくれる気持ちになったみたいですね」

「依存?」

「天音に全て身を委ねてもらえるということです」

「僕はそんな気はない」

「そしたら、何で逃げるのをやめたんですか?」

 黒川の問いかけに、僕は荒くなっていた呼吸を整え、顔を合わせた。

「黒川さん、自首してください」

 僕が言うと同時に、上を電車が駆け抜けていく音がけたたましく鳴り響く。

「そうですか。天音に自首してくださいとお願いするのですか」

「歩、そんなこと頼んでも、黒川さんは」

「わかってる」

 僕は後ろで見守るような形で立つ羽織に振り返らず、口にする。

「天音は失望しました」

 黒川は口にすると、背負っていたリュックを降ろす。そして、ガード下の照明に当たってか、光り輝くとあるものが出てくる。

「あれって……」

「もしかして」

「何がもしかしてなのですか?」

 黒川は包丁を手に、僕に尋ねてくる。

「僕を殺す気?」

「違います。一時的に意識を失ってもらうことで、前橋さんという呪縛から解き放つだけです」

「いや、それはおかしいって」

「おかしいのは、佐渡くんの方です」

 包丁を持つ黒川はゆっくりと僕の方へ歩み寄っていく。

 とっさに危険を察したのか、羽織が僕のそばへ駆け寄ってくる。

「逃げないと、歩」

「でも、ここで逃げても、またこういう場面に出くわすと思う」

「でも」

「相変わらず、いもしない前橋さんという存在に囚われているのですか」

 黒川は包丁の刃先を僕の方へ向ける。

「大丈夫です。天音が何とかしてあげます」

「歩!」

 僕はまぶたを閉じ、覚悟を決めた。

「えっ?」

 気づけば、僕は黒川の体に別の刃物を突き刺していた。

「歩……」

 背後から、戸惑うような調子で名前を呼ぶ羽織の声。

 僕は何歩か、黒川から後ずさった。

 手にはナイフがあり、赤い血のようなもので汚れていた。

 で、前を見れば。

 黒川は持っていた包丁を落とし、赤黒く染みてきた制服のお腹あたりを片手で押さえていた。

「これは、想定外でした……。まさか、天音をこういう風にしようとするなんて、思いもしませんでした……」

「羽織を殺したのは、黒川さんだよね」

 僕の問いかけに、黒川は薄笑いを浮かべた。

「それが、天音をこうした理由ですか?」

「じゃなきゃ、こんなことはしない」

「怖いですね」

 黒川は言うと同時に、跪き、やがて、ガード下の舗道に倒れ込んでしまう。

「天音は、どうも、このままだと、助からなそうですね」

「黒川さん、お願いだから、羽織を殺したことを認めて」

「それは、いもしない前橋さんの幽霊に教えてもらったのですか?」

「いもしないじゃない。ちゃんと、あそこにいるから」

 僕は立ちすくんでいる羽織を指差す。

「佐渡くんは、早く、病院に行った方がいいです」

「それは必要ない」

「頑固ですね」

 黒川は続けて、「前橋さん」と声を発する。

 羽織は呼ばれたと思ってか、「黒川さん?」と返事をしてしまう。

 まぶたを半分閉じ始めていた黒川は、なぜか表情を綻ばせた。

「おかしいですね。天音にも前橋さんの声が聞こえます」

「えっ?」

「今の、『えっ?』っていうのも、です」

 黒川の言葉に、羽織は僕を横切り、黒川の前へ駆け寄る。

「黒川さん!」

「もう、死んだみたい」

 見れば、黒川はまぶたを閉じ、お腹を押さえていた手も力なく、ずり落ちてしまっていた。

「もしかしたら、死ぬ間際とかになると、幽霊とかの存在を認識できるようになったのかもしれない」

「そんな、黒川さん、せめて、死ぬ間際ぐらい、わたしを殺したことくらい」

 羽織は息していない黒川を眺めてから、僕の方へ視線を移す。

「それで、歩はどうするの?」

「どうするって、ここにいたら、警察に捕まるし……」

「逃げるってことだね」

 羽織の問いかけに、僕は首を縦に振る。

 僕は黒川の血がついたナイフの刃先部分をハンカチで包み、学校の鞄へしまう。

 間を置くかのように、電車が再び頭上を走っていく音が鳴り響く。

「よし、行こう」

「そうだね」

「逃げるんですね」

 不意に、聞き慣れた声が後ろからあり、僕と羽織は立ち止まってしまった。

「今の声って……」

「だよね」

 僕は恐る恐る、死んだはずの黒川を確かめる。

 だが、姿はそのまま、目を開けていないし、倒れたままだ。死んでるようにしか考えられない。

「もしかして、幻聴?」

「でも、わたしにも聞こえる」

「幻聴ではありません」

「声、もっと奥からだよね?」

「まさか……」

 僕は黒川の遺体よりもっと先、ガード下の出入口へ目をやり。

「ウソ、だよね?」

「ウソ、じゃないね。わたしにも見えるから」

 僕の視界には、遺体となった黒川とは別の、距離を置いて正面を向けている黒川がいた。

「その天音は、ただの死体です」

「じゃあ、そっちの黒川さんは……」

「幽霊です」

「幽霊?」

「そうです。佐渡くんと一緒にいる前橋さんと同じ幽霊です」

 淡々と話す黒川は死んだはずの彼女本人と同じ制服姿。

 加えて、手には先ほど持っていた包丁がある。そばにも転がっているものがあるから、幽霊になった時についてきたのだろうか。

「幽霊になってわかりました。佐渡くんはおかしくなかったということです。でも、殺されることは本当に予想外でした」

「それはその……」

「黒川さん」

 突然、羽織が黒川の方へ近づいていく。

「何ですか?」

「もう、お互い死んだ者同士、ウソをつくのはなしだから」

「どういうことですか?」

「わたしを殺したの、黒川さんでしょ?」

 羽織が詰め寄ると、黒川はおもむろにため息をついた。

「そうですね」

「あっさりと認めるんですね」

「ここでウソをついても、天音にとって、何も得はしなそうですから」

 黒川が答えると同時に、今度は別の方から誰かの悲鳴が耳に届いてきた。

 顔をやれば、数メートル先で二十代くらいの男性が腰を抜かして、僕の方を指差している。

「歩、逃げた方がいいかもね」

「ですね」

 羽織と黒川に言われ、僕は気づく。

 普通の人間からは、鉄道のガード下にて、僕と黒川の遺体しか見えていない。

「これって、まずいよね?」

「まずいよね」

「まずいです」

 二人とも同じ反応をするので、僕はただ笑うしかなかった。

 しばらくして、僕は急いで場から駆け出し、ガード下から出ていった。

 羽織と黒川は追ってこようとはしない。おそらく、色々と話でもしたいのだろう。加害者と被害者同士で。

 一方で僕は、黒川を殺した犯人として、逃げるしかない。

 最悪、警察に捕まりそうになったら、命を絶てばいいと安易に考え始めていた。

 そうすれば、幽霊の羽織や黒川と会えるのだろうから。

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幽霊の幼なじみとヤンデレの殺人 青見銀縁 @aomi_ginbuchi

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