助けて!山神様!!

朝凪 凜

第1話

 背の低い男を先頭に2人が草原を歩いている。

 左手には森林。奥の方は鬱蒼としていて、ほとんど陽が射さなそうである。

 右手には草原が同じように続き、その先は大岩が転がる荒野、そして荒れた山肌の火山がある。

「さっきの話を信じるの?」

 後ろを歩いていた15,6歳くらいの少女が左手の森を凝視しながら、前を歩く男に問う。

「信じようが信じまいがこの道は通らなきゃいけないし、せっかく寄ったなら冷やかしでもいいんじゃないか? どうせ他に当てもないんだろう」

 男が話した後に振り返るといつの間にか十数歩ほど離れていた少女を眺める。

 少女は色素の薄い黄髪に真っ白な肌なのだが、日に焼けることは厭わないのか、ノースリーブのシャツを着ている。

「うーん、なんだか怪しいですよね。町の人の話ではこの森の中心にケンタウルスがいて、町を守ってくれている、なんて。そういう信仰のあるところなんじゃないんですかね」

 難しい顔をしながら森を見ながら歩き――草に足元を掬われ、こけた。

「よそ見して歩くからだ。陽が高いうちにさっさと見てさっさと先行くぞ」

 あきれた顔をした男は嘆息して

「ほら、早く来ないと俺は老衰しちまうぞ」

 倒れた状態から顔をあげ、緑の葉がアクセントになった髪から耳が覗く。長耳、エルフである。

 エルフは長寿であり、男は人間であるので、男の皮肉に少女は頬を膨らませる。

「はいはい。行きますよ」

 膝を払って小走りで男の方に行く少女の頭にはあまり期待は無かった。ケンタウルスなんていう古の幻獣がこんなところにいるわけがないのだ。知性が高く、狡猾だと言われており、町を守るとは到底考えられない。

 そうは思っても、他にすることも無いのは事実なので渋々ついて行くことにしたのだ。


 しばらく進んだ後、とうとう森の中に入っていく2人。

 最初は陽が射していたが、徐々に暗くなり、あっという間に明け方のような青白い空間になった。

 更に長い時間歩いていると青白い空間から元の緑がかったような空間に変わっていった。

 更に更に歩いていると、藻が生えたような池のところに出てきた。

「こんにちは」

 池の更に向こうから何かが現れた。

「おまえは……本当にケンタウルス?」

 腰から下は馬、上は人だった。噂通りの姿であり、すんなりと現れたことに警戒する2人。

「あの町で訊いてたんだろう。何か用かい?」

「既にお見通しということか」

 油断も隙も無い。何が目的かも分からない段階ではいつ襲撃されるか分かったものでは無い。こちらも常に周囲を確認する。

「珍しい組み合わせだったからね。何かあるんだろうと思ったのだけど、違うのかな」

 エルフと人間が一緒に行動することは滅多にないから、それが当然だろう。

「まあ、色々とね」

 いつ勃発するともしれない緊張感の中、おずおずと少女が問う。

「あのー……。魔法ですか?」

「あぁ、町での話のことかい」

 遠くの話などを訊くことが出来る魔法があるのは知っている。ケンタウルスも知っていて当然だろうという返答だったのだが、

「いえ、この空間……」

 前にいた男が驚き、そしてケンタウルスも同様に驚いた。

「ご存じでしたか。えぇ、結界を張っていましてね。ちょっとお話をしたかったので2人には招待させていただきました」

 青白い空間が結界ということだったのだろう。男はそう思うことにした。

「面倒な話は抜きにして、お聞きしたいんですけど――」

 そう言って少女は問うた。この旅の目的、そして、

「なるほど。不老不死を治す、ですか。難しいですね。ということはだいぶ色々と調べたりされたことでしょう」

 少女は既に警戒を解き、ある程度の信頼をしているようだった。

「不死とはなんなのか。なぜ不死であるのか。その因果についても何かしらはあるだろう」

 と、ケンタウルスは黙考し、

「あ、じゃあ、死ぬことが出来れば良いのか。ならばあの向こうにある火山の火口に身を投じてみると良い。もし再生するのであれば再生する前に溶岩により肉体を溶かすことができよう。再生しなければそれはそれで望みを叶えたことになる」

 今までの内容からは想像も出来ない突拍子も無いことを言い出した。

「いや、それはちょっと……もし、だめだったときとかもう死ぬほどツラいじゃないですか……」

「まあ、そうなんだけど。私ね、別にケンタウルスじゃないんですよ」

「は?」

「実はただの合成獣キメラなんですよ。魔術師の実験結果」

 思考が追いつかない。

「え、じゃあ今までのは?」

「多少は魔法が使えますし、ケンタウルスってことにしたら面白いじゃないですか。町の人からも崇めてもらえますし、何かと便利ですよ」

「あ、ああ、そうですか」

 拍子抜けしたというか、警戒心がすっぽりと抜け落ちてしまった。

「まあ、残念ながら私は不老不死を治す方法は分からない。申し訳ないね」

「いえ……、ありがとうございました」

 そう言っておざなりに挨拶をして元の森の入り口まで戻った。


「ケンタウルスの正体は分かったものの、無駄足って言うか無駄話だったじゃないですか!」

「まあ、幻獣なんてこんなもんだよな」

 男は苦笑いし、少女がぷんすかと怒りを顕わにして次の町へ向かう。

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