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葬式は開かないのかと尋ねたが、どうやら騒がしいのは苦手なようだった。普通の王は、毎夜宴を開いて、自国の歌や踊りを見ては、呑んで騒ぎ夜明けまで遊ぶ。彼は、どちらかというと物静かで、自分が生きるために必要なことを淡々とこなしているようだった。
なぜ子供をもたなかったのか。妻すらいない王。護衛はいるものの側近らしき人間もいない。果たして、彼の養母は口出ししないのだろうか。当然、世襲制なので彼の父も王だが、すでに亡くなっており、彼と水死した弟だけが血族だったようだ。
僕はいつも通りサウナで汗を流し、汗を拭き、また客間のベッドに体を横たえる。
もうこの国へ来て何日目だろうか。毎日同じことを平和に繰り返していると、だんだん意識も朦朧として、夢の中を行き来している気分になる。弟が死に、その妻が刺された家でのうのうと暮らしている。僕は、一体何をしに来たのだろうか。
そして、王の一番近しい男、レイミアはどこへ消えたのか。まさかもう命を絶っているのではないだろうか。あのナイフについていた血は自分自身のものだったのかもしれない。
考えても仕方のない日々が続き、弟の葬儀も盛大に執り行われ、とうとう僕は自国へ帰る支度を勧めた。
「君は、戻ったら何をするつもりだ」
王が、鉄のマスクをつけた弟の死体が、黄金の棺に納められているのを寂しそうに眺めている。
一段高い位置に椅子が置かれ、そこでくつろぐ彼の前では何十人という従者が花を持ち、この土地独特の葬儀を執り行っている。扇型の葉を振り、棺に惜しげもなく花を詰めていく。《花女》達はお互いの花を交換しては棺に詰め込む作業を繰り返す。《泣き女》達は、壊れたように涙を流し、叫んでは弟の死体に嘘のようにすがりついていた。
盛大な葬式でも、王の目は冷めていて、疲れ果てた様子が見て取れた。彼はこうやって全ての人の死を眺めてきたのかもしれない。
「埋めてしまうのですか?」
「そうだね。国の法則に則るなら」
「墓地があるのですか?」
「あるよ。君も知っているだろう」
「えっ、まさか」
「一緒に地下まで降りたじゃないか」
僕はしばらく男の顔をまじまじと眺めていた。どうして微笑んでいるのだろう。今は、ため息交じりで仕事を終えたように思える。
「まさか。あなたは」
僕はその時、思いついた。
《泣き女》が流す涙から得た、発想だった。
溢れる水と、水が流れ落ちる音。
そうだ。
この男が、すべてを作ったのだ。
弟の牢も、殺害地も、そして墓も。
彼は1つの場所に3つの意味を持たせた。
そして、全てを終えて、安堵している。
「全部、あなたの作りものか」
僕は王にだけ聞こえる声で呟いた。
「牢を作ったのも、そこへ入れたのも、殺したのも、あなただ」
「へえ、どうやって?」
僕は弟が水死していた姿を思い出す。
《泣き女》の涙、溢れる水、滝のようになだれ込む水の塊。
そう、地下道は水で埋められたのだ。
大量の水を滝のように流れさせ。
弟は当然、牢の中で暴れ回って死を免れようとした。しかし、その場で絶命した。
水はどこへ行ってしまったのだろうか。
排水用の穴くらい用意されているのだろう。水は全部抜いて、弟の死体だけが牢の中に取り残された。
「どうしてそんなことをしたと思う?」
彼は調子よく僕に質問をした。なぜ? 何から何までなぜ?といえる。なぜ牢に入れたのか。なぜわざわざ水で埋めたのか。なぜ、その場を墓にしたのか。妻を殺したのは誰なのか。
「弟のためですね」
僕は内心、震え上がるような思いだった。
「弟のために、あなたは1000年続く墓を作った」
「へえ。1000年持ち堪えるかはわからないし、どうせ俺も同じ場所に入るからね」
「どうして妻を殺したんですか?」
《泣き女》の喚き声が歌のように響き渡る。葬儀は夜中まで執り行われる。今日だけは無礼講で、町中が酒を飲んでいるだろう。ぼんぼりがつけられて、死者の魂が迷わないようになされている。
「あれは、俺ではないよ」
「じゃあ、あなたの恋人の青年だ」
「そうかもしれない。でも、彼は弟よりもさらに非力でか弱い」
「まさか、自分で死んだわけでもないでしょう。妻は、自ら死を選んだとでも? なんのために?」
すると、広場の奥から棺がもう一つ運ばれてきた。すでに死体になってから二月経った妻の死体だろう。話したこともない夫の墓に入れるのか。
「彼女は、自分で選んだのですか?」
僕はぞっとした。
「順番は違うけれど、彼女は、全てを知っている」
「どうしてわざわざこんな大げさな」
「1000年を持ち堪える墓は、大げさじゃないといけないのだよ」
王は自信のある様子だった。
「僕を呼んだ理由は?」
「誰かに見届けてほしかった」
その時、運ばれてきた棺に、一人の影が覆いかぶさった。黄色の影は、あの青年で、頭まですっぽりと布をかぶっていたが、ラインでよくわかった。
《泣き女》が引いてしまって、青年だけがその場に座り込む。泣いているようではなかった。
「御霊は、恩地へ辿り着いただろうか」
王が青年に語りかけた。穏やかな語り口だ。どういう意味かはわからない。
「ええ、きっと」
僕は初めてレイミアの声を聞いた。
それは間違いなく少女のものだった。
影は立ち上がり、こちらへ振り返る。
髪が短くなっており、体つきも細く、顔立ちは美しかった。表情のない静かな姿だった。
「姉さんは病気でした。どのみち季節を巡ることはできなかった。でも、あの男は、取り合わない。治療しようとしなかった」
レイミアは、訥々と語る自分の唇を抑えていた。
「あの人というのは、王の弟か」
レイミアは頷いた。
そして、彼の姉、妻が自ら死んだ理由も少なからず理解できた。
妻は、自分の病弱な命を、夫に全て捧げたのだ。引きこもりの幼い王に。王はそんな弟に、死と最後の花をすえた。
それこそが、あの地下道だった。
「もう日が暮れる。そろそろ夕食にしよう」
自らの弟を殺した王は、さっさと葬儀から抜け出した。
レイミアは、棺から離れると、ゆっくりと出口へ向かっていく。
どこへ行くのだろう。
自ら永遠の死を選んだ姉を、弟は誇らしいだろうか。
弟に流れ込んだ水と同じものが、足元をさらさらと流れていく。巨大な庭では植物が風に揺れている。葬儀は盛大さを増し、踊り、はね、どんちゃん騒ぎだ。
僕は帰り支度をする。
「さて、君は、何をする?」
王が僕に尋ねる。
「帰って、まずは父を抱きしめます」
「それはそれは。父君によろしく」
僕は、ぺこりと頭を下げて、国へ帰る。
「より道をしてはいけないよ」
王が親のように声を掛けた。
「墓まで一直線という生き方も、どうかと思いますが」
僕は、にっこりと微笑んだ。
二千年ごもり -Hanging Gardens of B- yuurika @katokato
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