逃げる道

「……よし」

 鏡の前で髪の毛を整える。今日は修論の最終発表の日だった。

 あの日、朝になってから彼の姿を探しに行った。だが死体は見つからなかった。男性の死体が見つかったというニュースにもなかった。

 彼はどこに行ってしまったのだろう。そもそも彼は、私の居場所をいつもどうやって突き止めていたのだろう。最初は延々と考え続けたものだ。

しかし、もういいのだ。何でも。彼はじゃがーであり、眼鏡をかけた男性であり、私が救った人であり、私を救った人。そして、月明りに溶けた人。それだけでいいのだ。それが最高で最善なのだ。

 鏡の前で笑ってみる。顔の中で八重歯が浮いている。彼のようにはなれない。

「でも、それでいいんだ」

 私は私らしく、生きていけばいい。

 いつだって逃げ道は、あるのだから。

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泡沫の人 燦々東里 @iriacvc64

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