惜しみなくM

西藤有染

惜しみなくM

 時は現代! この世は科学に汚染されていた!


「便利になった」

「暮らしやすくなった」


 そう言って自分自身を騙して、自らが酷く汚くなっている様から目を逸らしているのである!

 例を示そう! 例えばスマートフォンだ! 現代社会において、人々は気づかぬ間に改造手術を施されて自らの身体と一体化させられてしまっているのだ! その証拠に、携帯を手の届かない所に置くことや、電源を切ることが出来なくなっているではないか! 

 食事や会議、講義の場面でも平気で机の上に出し、飛行機の離着陸時や映画館内でも電源を切らずにいる! これは改造手術の際に、スマートフォンが第二の心臓であると洗脳されているからである!

 さらに、スマートフォンは人々の視界とも一体化してしまっている! 近眼の人が眼鏡を掛けるように、老眼の人がルーペを使うように、現代人はスマートフォンの画面を見るのだ! 彼らにとって、スマートフォンと視力矯正器具は同じものだと洗脳され、それゆえ移動中であろうが関係なしに携帯を使ってしまうのだ!

 結果として視野が6.5インチまで狭められて周囲が見えなくなってしまっていることにも気づいていない! ちょうど目の前に座る女性のように!

 彼女はスマートフォンを弄りながらこの電車に乗車し、座席に座った! ディスプレイに囚われた視界は、先ほど乗車してきた杖を突いている老人を捉えることが出来ていなかった! 明らかに電車の揺れの中で立っていることが辛そうなご老体に気づくことなく席に座り続けている!

 こういう時こそ私の魔法の出番だ! 指先に魔力を集中させながら、目の前に座る女性のスマートフォンの電源ボタンを押す! 


「ちょっと何するのよ!」


 魔法のおかげで、彼女に被害を与えることなく無事にスマートフォンの電源を切ることが出来た。現代人は強力な洗脳を施されているため、スマートフォンの電源を切ってしまうと、心臓が止まったと錯覚して死んでしまう。しかし、私の魔法を使えば、現代社会と科学による人々の洗脳を解き、人体に影響を出すことなくスマートフォンの電源を切ることが出来るのだ。 


「急に人のスマホの電源を切るとか、頭おかしいんじゃないの!?」


 洗脳解除の反動か、はたまた魔法の副作用か、相手が怒りだしてしまうのが難点ではある。彼女も席から立ちあがって語気を荒げてはいるが、後で私の行いの正しさに気づいてくれることだろう。正義というのは、時に正しいが故に糾弾されてしまうこともあるのだ。しかし、批判に耐えるのは、力を持つ者の責任であり、義務である。甘んじて受け入れることもまた私の務めだ。近くに立つ老人に「席が空きましたよ」と伝え、颯爽と電車を降りる。閉まるドアの向こうで、鬼の様な形相でこちらを睨みつけてくる先ほどの女性の様子に心が痛む。強力な洗脳の余波がまだ抜けていないのだ。一刻も早く彼女が救われてくれることを心から願ってやまない。


 確かに科学は便利だ。利があることを認めよう。しかしそれには百害を伴うのである。だから私は今日も正義の責任を果たすべく、魔法を惜しみなく行使していく。

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惜しみなくM 西藤有染 @Argentina_saito

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