第九十札 でぃすがいず!! =偽装=

まえがき

話は戻って樹条家。

勘兵衛さんと楓さんに会いに行った静流達。

屍の目的は……?










樹条きじょう家に入って一時間半か……」

「一体何を企ん――出てきたぞ!」


 樹条家のガレージが開き、中からスモークガラスが貼られた一台の車が出てきた事で外から様子を伺っていた男達の間にどよめきが生まれる。


「車で移動だ……すぐにC班に連絡を!」

「今してる! C班聞こえるか? 対象が車で移動した。尾行頼む!」

「俺達も追うのか!?」

「相手が車じゃ追うものも追えん! 一度戻って次の指示を待つぞ!」

「わ、分かった!」


 樹条家より少し離れた場所から慌ただしく走り去っていく男達の背中を見送ってから、そっと障子を閉めた人物。


「ふむ……。やはり尾行されておったか……」

「いかがなさいますか? 宜しければタクシーの手配をさせて頂きますが……」

「いえ、それには及びません。髪の色を変えてあらかじめお借りしていた着物を着て家人の振りをして裏口からお暇致しますので」

「左様でございますか……。承知致しました」


 年配の女中じょちゅうが深々とお辞儀をしてかばねの傍を離れていく。


「さて……。静流しずる達が尾行を引き離してくれている間に用を済ませてしまうかの……」


 そう呟いてから屍は三つ編みをほどいて懐から取り出した札を頭頂部へと貼り付ける。

 すると札が一度だけ光を放ち、貼られた場所から順に銀髪ぎんぱつ黒髪くろかみへと変色していく。


「後で戻るとはいえ、何とも好きになれぬ色じゃ……」


 自分の髪を指でひょいとつまんで眺めた屍が誰に言うでもなく言い捨て、借りている着物に袖を通した。




 ・ ・ ・ ・ ・




「静流ちゃんのお連れさんは大丈夫かいな?」


 運転手にとりあえず出発だけを命じた勘兵衛かんべえが助手席から後部座席に座る静流へと声を掛ける。


「ええ、屍さんはなかなかの使い手なので問題はないと思います」

「そうかいな。ただ相手が皇王院こうおういん家や言う話やから、油断はしたらあきまへんで」

「はい。承知しております」

「やっぱり、皇王院家って……強いんですか?」


 咲紀さきの質問を聞いた勘兵衛が「そおやなぁ」と短く答える。


「今の麒麟きりんをまとめ上げるとるのが皇王院家やさかいな。相当なカリスマ性と実力を持ってはる事は確かやなぁ」

「何かそれって、静流さんの家でも出来そうだよねっ……」

「い、いえ……」

「あら咲紀ちゃん。うっとこと葉ノ上はのうえさんのとこを同じに見たらあきまへんで……」


 咲紀の隣に座るかえでが困ったように眉を下げて苦笑いを浮かべる。


「そ、そうなんですかっ?」

「せやなぁ。葉ノ上のれんさん、ホンマに人間かって疑うくらいお強いでっしゃろ? 宮古みやこ君もせやけど静流ちゃんや椎佳しいかちゃんもそれなりに腕が立つ。そのせいでうっとこも強い家やて噂されとるけど、実際はそんな強い事あらへんのや」

「勘兵衛さんの言う通りですわ。樹条家はごくごく普通の家。葉ノ上家に彩乃あやのが嫁いでまさに武名ぶめいの玉の輿やでホンマに」


 そう言って勘兵衛と楓が笑い声を上げる。


「へ、へぇ~……」


 陽気に笑う二人を見て、適当な相槌あいづちを打つ事しかできなかった咲紀に対して静流だけはやれやれと言う風に肩をひょいと竦め、ずっと後をつけてくる車に意識を移した。


けてきとるねぇ」

「ええ……」

くより引っ張った方が都合がええんやろ?」

「……はい」

「よっしゃ、片桐かたぎり。うんと遠く、舞鶴まで足伸ばそか!」

「勘兵衛様、それでは途中で怪しまれて中断されかねませんよ」

「そうかぁ?」


 片桐と呼ばれた壮年の運転手が前方を見たまま笑顔で答える。


「それでしたらこのまま市内をゆっくり走って貴船神社きふねじんじゃ等へ向かうのはどうでしょう?」

「おお! 貴船神社かぁ! そら風情があってよろしいな!」

「貴船……」

「神社……」


 片桐の提案に嬉々とする勘兵衛とは対照的に、思い出したくない事を思い出した咲紀と静流の表情に影が差す。


「し、静流ちゃん? 咲紀ちゃん? 大丈夫かいな……」

「だ、大丈夫ですおばあ様……」

「大丈夫です! なんでもないですから!」


 二人の異変をいち早く察知した楓が二人の体調を気遣って声をかけるが、二人は首をぶんぶんと振って慌てて否定した。


「ほな、貴船神社でええかな?」

「ええですええです! あっ……」

「わははっ!」


 咲紀の咄嗟の返事に車内が一気に笑いに包まれ、当の本人は顔を真っ赤にしてうつむいた。




 ・ ・ ・ ・ ・




「あー、ちょっと尋ねたいのじゃが……」

「はぁ……何でしょう?」


 二条公園からやや離れた通りに立っていた法術師が屍に声を掛けられて気のない返事を返す。

 事件の翌日と言う事で現場付近は法術師や警察関係者が慌ただしく動き回っており、とてもではないが入れる状態ではなかった。

 恐らく第一発見者の皇王院姉妹も聴取などで呼び出されている事だろうと屍は思った。


「昨日の二条公園の出来事について幾つか聞きたいのじゃが」

「ええっと……その件に関しては麒麟の管轄所に問い合わせてもらえませんか?」

「昨日、二条公園の付近を見回るはずだった者が誰か教えてくれるだけで良い……」

「そんなの話せる訳がないでしょ。もういいですか?」


 頭をぽりぽりと掻いて若い男が鬱陶うっとうしそうに立ち去ろうとした時、屍が腕を掴んだ


「な、何ですか!?」

「これを……」


 カサッ……


 屍が手渡したのはやや厚みのある茶封筒。


「こ、これは……!?」

「ほんの気持ちじゃ。私はここにいなかった。一人言でもいいので昨日の当番の人物を教えてもらえぬかのう……?」


 ゴクリと男が生唾を飲み、茶封筒の中身を確認する。


「……こんなに……!?」

「私は事件に興味があると同時に解明したいと思っておるのじゃ。勿論ここに私はおらぬから、何も聞いておらんがの」

「…………」


 男の目が泳ぎ、茶封筒を握る手に力が入る。

 少しの逡巡しゅんじゅんの後、男が脱力して息を吐いた。


「あーあ、昨日は岡松町の川北正二かわきた しょうじさんが二条公園付近の警護だったのに事件にでくわさなかったなんて運がいいよなぁ~。さて、昼飯にでも行くかぁ……」


 そう言って若い男はズボンのポケットに乱暴に茶封筒をねじ込むと何事もなかったかのようにその場を去って行った。


「……やはりこの世は金か……」


 予想していたより早く成果が出た事に喜び半分、呆れ半分の複雑な感情を抱きながら屍は岡松町へ向かって移動を開始した。





あとがき

ここまでお読み下さり、ありがとうございました。

近々更新をしばらく止めて、今まで書き散らしてきた話を綺麗にまとめたいと思っています。

ひどい描写や直す箇所がありすぎて……。

時間はかかるかも知れませんが頑張ります。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

チート能力をもらえなかった主人公、並行世界で流されて生きていきます! セビィ @selvia05

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ