花弁の魔法使い
「授業を受けずにベンチに横たわるという行為をサボりというのだろう?」
フィールがうまく担任とクラスメイトの記憶をいじったお陰で俺の学籍は失われずに済んだ。
ルーカに関しては、直接話してはいないもののどうやらフィールの記憶操作は通じていないらしく時折物凄い形相でこちらを見てくる……が、今の所何かを表立ってしてくるようなことはない。
と言っても、
「……居眠りしてただけだ」
「それをサボりというらしいぞ」
手の甲に刻まれた紋章から煙のように姿を現したフィールは、呆れたような顔をして寝転がっている俺の隣に腰を下ろす。
午後の日差しに褐色の肌が照らされて、ここだけ異国の絵本に出てくる挿絵みたいだと寝ぼけ眼で思いながら、得意げな顔をするフィールから顔を背けて身体を起こす。
「うるせえ。俺は怠惰で性悪の赤頭なんだから仕方ないだろ。授業はサボる代わりにお前の器探しはやってるから文句を言われる筋合いはない」
「……人間、自分が不出来な言い訳に、美しいあかがね色を使うな」
髪に触れようとしてくるフィールの手を払い除ける。機嫌を損ねたか?と内心焦ったが、そんなことはなく、彼女は優しさを湛えた目元のままこちらを見つめてくる。
「……魔術は神秘を剥ぎ取り、事象を一定の儀式で固定化し、人が支配する」
謳うような調子で彼女は心の通った美しい声で言うと、目を伏せた。
長い睫毛が頬に濃い影を作るのに見とれていると、フィールはそのまま言葉を続ける。
「魔法は人ならざるものから力を授かり、
歌みたいな調子はいつのまにか落ち着いたトーンに戻り、いつのまにか顔をあげていたフィールの金色の眼に捉えられる。
そのまま彼女が伸ばしてきた両手に顔を挟まれ、不思議と動けなくなってしまう。
彼女の声を聞くと時折感じる脳の内側をザリザリと削られていくような不思議な感覚も最初ほど嫌ではない。
「自らの神秘が剥ぎ取られることを魂が嫌がるのさ。だからうまくいかないし、魔術を行使しようとすると気分が悪くなる。体調が悪くなる。そんなところだろ」
魔術の授業で気分や体調が悪くなることを言い当てられて驚いた顔をすると、彼女は得意げな顔を再び浮かべて俺を両手から解放した。
「魔法使いが魔術を使うのは愚かな人間の愚行から己の神秘を守るためだ。人間、お前の力もそうやってこいつらに……」
言葉を続けようとしたフィールの顔に冷たい光が宿る。
彼女の視線をたどるために振り向くと、二人の男が扉の前に並んでいる。
「よお学費泥棒。女といちゃつくなんて余裕じゃねえか」
「ったく。説教の次は脳筋バカのお出ましか」
大きな溜息を付いて立ち上がる俺と、俺の前に来た二人の男をフィールは興味深そうな目で見ている。
辺に手を出されるよりはマシだ。フィールなら手加減を間違えてこいつらを殺しかねない。
「赤頭は頭だけじゃなくて性根も悪いみてえだな。ルーカがお前を連れてくれば親父さんにクリケットクラブへ推薦を頼んでくれるってんでな。悪く思うなよ」
「ぼ、ぼくも大切な魔石を無くしたことを不問にしてくれるっていうんです。貴方に恨みはないですが……すみません」
脳筋バカのチップはともかく、小柄な眼鏡の男は多分、俺がこの前フィールが眠っていた宝石をスッた相手だ。小柄な男の方には少しだけ申し訳ないなと思いつつも俺は二人を黙らせるためにはどうすればいいか思案する。
「ド派手な格好だけど娼婦で買った女か?いい趣味してるじゃねえか。俺がもらってやるよ」
「うるせーな。てめーの相手は俺だろうが」
自分が悪く言われるのもムカつくが、俺なんかといるせいでフィールが悪く言われるのはそれよりも腹が立つ。カッとなって言い返すとチップはヘラヘラと笑いながら言葉を続けた。
「顔と髪が同じ色になってるぜ、短気野郎」
「てめえも十分短気だろうが」
全力で腕を振り抜くも、その拳はあっけなく体格が良いチップの掌に受け止められ、反撃に腹に見事に奴の前に蹴り出した足が当たる。
思わず蹲った俺の首に手を回そうとしたチップの手を制したのはいつのまにか前に出てきたフィールだった。
「これは私のものだ。勝手に傷をつけるな」
「はあ?なにいってんだこの女」
フィール相手にすごんだチップは、次の瞬間校舎の壁に叩きつけられてうめき声をあげて地面に突っ伏した。
それを見た小柄な男の顔色は一瞬で真っ青になる。
「わ……わわ……その……ほんとだったなんて」
「どういうことだ?」
俺の手を掴んで立ち上がらせたフィールは、小柄な男の言葉に首を傾げた。
「あの……えっと……クフェアさんと一緒の女性がチップさんをやっつけたら行動しろと言われてまして……その……ご、ごめんなさい!」
小柄な男が、目を閉じながらトンっと足で地面を踏み鳴らすと裏庭に隠されていたらしい魔法陣に蒼く光が灯る。
「
第一棟校舎の壁が稲妻に包まれたかと思うと、その稲妻が魔法陣に吸い込まれるようにして集められ、俺達の足元からは蒼く光る茨のようなものがニョキニョキと生えてくる。
「建物内にいる人間の魔力を強制的に使うとはな」
振り払っても次から次へと生えてくる茨にフィールが飲み込まれていくのが見える。
自分も茨に包まれながら、なんとか腕を伸ばして茨に身体を包まれた彼女の指先にそっと触れると、バチっと大きな音がして視界が真っ白になった。
※※※
あまりの眩しさに閉じていた眼を開くと、見知らぬ広い部屋の中で不敵な笑みを浮かべているルーカが一人で立っていた。
殴りつけてやろうと身じろぎをしたが、体が動かない。改めて自分の体を見回してみると、青い茨が幾重にも絡まって俺を拘束していた。
そのままよろけて倒れて地面に這いつくばる俺を愉快そうに見たあと、ルーカは嗜虐的な光を帯びた視線をフィールへ向ける。
「やあ、
辺りをのんきに見回していたフィールの金色に光る両眼に怒りの炎が宿る。
「無粋な名前で呼ぶなと言ったのがわからなかったか?」
「見習いとはいえ、魔術師100人の魔力を投じた封印を受けてもまだ喋れるなんて素晴らしいよ
「私を使い魔呼ばわりだと?」
針のように瞳孔を細めたフィールの身体から、彼女の髪色と同じ真っ赤な炎が静かに噴き出すと青い茨はブスブスと黒い煙をあげながら彼女の足元に落ちた。
「
それでも怒りが治まらないと言った様子のフィールは、俺に巻き付いている茨に火を放つと、そのままルーカを睨みつけた。
立ち上がった俺の手を取ったフィールの唇が小さく動く。なにか呪文を唱えたみたいだが、何も起こる様子はない。
眉間に皺を寄せたフィールを見たルーカは、唇の片側を吊り上げてニヤリと笑うと両手を広げて得意げに話し出す。
「ここは学園内でも限られた人間にしか知らされていない封魔の部屋。神代に存在した化け物の抜け殻を利用して造られた特別な広間なんだ。内側に足を踏み入れたら特別製の鍵を使わない限り外に出られない」
ルーカが指を指したアーチのように弧を描いた高い天井を見上げる。
綺麗な広間の壁の中でそこだけやけにボロボロになった壁には巨大な赤い魔物から一人の女性が引きずり出されている様子が描かれていた。
全身赤い毛に覆われた二対の翼を持つ獅子の化け物は恐ろしい顔をして、女性を自分の口から引きずり出している二人の巨人を睨みつけている。
「……あの絵は」
「さあな。この部屋が造られた時に描かれたらしいが、お前なんかが知っても無駄なことだろう。ここで
「僕は出来損ないに舐められるのが一番嫌いなんだ。
「人間の餓鬼が使う魔術で私を傷つけられると思うなよ」
フィールが低く唸るように放った言葉をニヤニヤとしながら聞いたルーカは、胸元からなにかを取り出してこちらに見せてくる。
それは、小指の先程の大きさの蒼い宝石のようだ。
「紹介するよ。これが最近手なづけた僕の使い魔だ」
ルーカがそっと宝石を放り投げると、バチバチという音と共に稲妻が光る。
「
ルーカの呪文のあと、大きくなった蒼い稲光の間からゆっくりと出てきたのは真っ白な躰に金色の立派な角を持つ
「メルート、殺さない程度に痛めつけろ」
「……卑しい魔の者よ。主の命令通り我が裁きの雷で矯正してやるとしよう」
あの小柄な男に集めさせていたのはフィールの魔石だけじゃなかったのか。
「人間に主従するために造られた獣か。哀れだね」
見上げるほど大きな
「
「
俺が髪で編んだ紐の束を手渡すと、フィールはそれを菓子でも食べるかのように頬張り、手を前に突き出す。
最初に出会った時のような炎の壁が浮かび上がり、
「大したことないねぇ」
「
挑発に乗せられるように
この前のように視界はぐらついていない。派手に炎を放たないのは俺の身体に負荷をかけないためだろうか?
「下等なやつらが言っていたが、赤いドブネズミとはうまい表現だ。しかし、逃げ回るのを見るのもそろそろ飽きたな」
「
壁を駆け上がり、
足を捉えられたフィールの身体が硬直し、そのまま床に叩きつけられたところを
全身が内側から棘に貫かれるみたいに痛い。
そのまま情けなく床に蹲る俺をかばうように、よろよろとフィールは立ち上がって
「ったく。
長い髪を逆立てて重心を低くするフィールの姿は、いつもの優雅な踊り子といった立ち振舞とはまるで違う。どちらかというと野生の獣のようだ。
チリチリと音がして彼女の腰布に付いているコインの装飾が揺れていることに気がつく。
「人間、それ、全部よこせ」
俺の方を見ようともしないで差し出してきた手に、残りの紐を全て手渡すとフィールはそれを摘んで一呑みにした。
細い喉がゴクリと上下すると、フィールが纏っている炎が数倍の大きさになる。
「
視界が一瞬グラリと揺れて胃液がこみ上げてくる。
姿を消したと思ったフィールは、瞬く間にルーカのすぐそばに現れ両腕を大きく振った。
振られた両腕からは爪の跡をなぞるように炎が噴き出してルーカを捉えようとするが、それは
彼女の放った炎は天井を爪痕の形に抉るだけで終わり、フィール自身も
すぐに修復されていく壁とはちがい、ぼろぼろになったフィールは、肩で息をしながら立ち上がる。
「もういい加減そんな出来損ないは見捨てて僕の使い魔になったらどうだ?このままだといくら不滅の魂といえど魔石に逆戻りだぞ?」
「私はあかがね色のこいつがお気に入りなんだよ。魔力を使いすぎて赤字になろうと……あんたの使い魔になるくらいなら魔石に戻ったほうが何倍もマシだ」
口元からも出ている血を腕で拭ったフィールが、血混じりのツバを地面に吐き捨てるのを見てルーカが怒りで端正な顔を歪めた。
こんなときにもまた、俺の頭を例の妙な感覚が襲う。彼女の声が俺の頭の中を撫でる度、なにかを思い出しそうになるがそれがなんなのか思い出せない。
「ならお言葉通りお前を魔石に戻して厳重に封印してやるよ!この学園が残っている限りずっとその姿に戻れないようにな。魔石に戻されたあとに出来損ないの赤頭を選んだ自分を恨むんだな。やれ、メルート」
雷が
もうだめだ。出来損ないの俺が足を引っ張ってごめん……。何も出来ないと思いながらその場で腕をフィールの方へ伸ばす。
「私はお前を選んだんだ、花弁の魔法使いクフェア・フルプレア!高潔な魔法使いが言霊の呪い如きで自分を見失ってんじゃねえ」
張り上げられたフィールの声の一音一音が、俺の脳みその内側をザリザリとヤスリのようなもので削っていく。
「
花弁の魔法使い。そうだ。俺はフィールと契約する時に確かに自分でそう名乗った。
脳みその外側にこびりついていた泥の塊が綺麗に削げたような、そんなすっきりとした感覚がして、部屋の中に渦巻く魔力の流れが急に目に捉えられるようになる。
師匠が残していった羽根つきのペンダントトップが熱を持って形を変え始め、それはいつのまにか一本の杖になっていた。
俺の髪色そっくりな赤茶けた塗装をされた細い杖を振り下ろし、師匠から教わった数少ない呪文のうちの一つを紡ぐ。
あの人がいなくなってから、いつの間にか忘れていた俺の魔法。
「
どこからともなく現れた大量の
「魔法……だと?」
今ならわかる。この部屋の仕組みも、天井になにか仕組みの中心になっているものが埋め込まれているのも。
「フィール!獅子の絵だ。そこを壊してくれ」
さっきの爪痕がまだ修復されていない絵の場所には、不自然なくらい魔力の淀みが渦巻いている。
俺が指差した場所を見て、フィールは無言で頷くと地面を蹴って跳び上がる。
その魔力の淀みは、俺がよく見知っているこの女……フィールが怒っている時に感じた気配とよく似ている……気がする。
「
「無駄だ!部屋をいくら傷つけても封魔の広間から出ることは出来ない!メルートですらこの部屋を突破出来なかったんだぞ」
高笑いをして攻撃の手を止めたルーカは、天井の壁を何度も炎の爪で殴りつけているフィールを指差して笑った。
この部屋のすごさを知っていることから来る慢心に感謝しながら、修復が追いつかずヒビが大きくなっている天井を見る。
「部屋の壁を完全に壊すのは無理だろうな……でも俺の目的はそうじゃない。なんたって
「なに?」
「いくら壊しても壁が直る仕組みの部屋なら、その仕組の根幹をぶっ壊せばいい」
ふらつきそうになるのを隠しながら俺がルーカに啖呵を切っていると、修復が間に合わないまま崩された天井の壁が瓦礫となって俺とルーカの間に土煙をたてて落ちる。
瓦礫と一緒に落ちてきた大きなものが、土煙の中から姿を現した。
それは、頭のない獅子の像だった。
「出来損ないに仕組みがわかったところでこれは誰にも壊せない!それこそこの器の持ち主がその身体に戻れば話は別だがな」
天井から落ちてきたにも関わらず傷一つ付いていない首なしの獅子像は、魔力の渦を纏いながら異質な存在感を放っている。
天井から降りてきたフィールは、
「こいつを壊せば部屋から出られる!出来るか?」
正直、魔力の使いすぎで体調は最悪だ。今にも倒れそうだけど、あと一息でなんとかあのルーカを出し抜ける。
そう思って抜け殻と共に落ちてきたフィールの顔を見る。
「神代にいた魔物の抜け殻……まさかそんなうまい話はないだろうと思っていたが、どうやらうまい話があったみたいだねぇ」
金色の目を爛々と光らせたフィールの髪の毛がふわりと下から風でも吹いているかのように浮き上がった。
「壊す必要なんてないよ。そこの金髪の坊やが言ってただろう?器の持ち主が身体に戻れば話は別だって」
トンっと軽やかに地面に降りたフィールは、呆気にとられている俺たちの目の前で首なし獅子の石像の首に腕を回し、つるりとした首の切断面にそっと薄く形の良い唇を押し付ける。
ゴウっと熱風が吹き、とっさに目を閉じる。
目を開くと、巨大な炎の柱がフィールがいた位置に立ち上っていた。
「どうなってるんだ?」
俺とルーカが同時に同じ言葉を発した。
すると、炎の柱はスッと消え、獅子の艷やかな金色の毛並みが目に入る。
ドスンと重みのある足音を立てて前に踏み出す獅子の身体を見上げると、頭があるはずの位置に見覚えのある赤い腰布がある。
更に視線を上に上げていくと、獅子の首から生えていたのは頭ではなく、フィールの上半身だった。
「やっぱり身体があるってのはいいもんだね。魔力はすっからかんのはずだけど身体が軽く感じる。それに……」
背中に二対の猛禽類のような褐色の翼を生やしたフィールは、ストレッチでもするように腕を動かすと、自分を見ている俺に気がついて微笑んだ。
「誰かを気遣いながら動かなくて済むのは気楽だね」
「そんな……ただの古くからいる……知識があってそれなりに便利なだけの使い魔じゃなかったのか……こんな化け物だなんて聞いてないぞ……」
その場にへたり込んだルーカへ駆け寄ってきた
そんな
「そりゃ……私がこの器を出たのはそれこそあんたらが神代と呼んでる時代だからね。魔法や呪いの知識を与える代わりに魔力を頂戴していた私しか知らないのは仕方ないさ」
四枚の翼を畳んで小さくし、長い焔色の髪をかきあげたフィールが俺の肩に腕を回して美しい声で囁く。
「さぁ、花弁の魔法使い。こいつらをぶっ潰すついでに世界の終わりでも本格的に願うかい?お前とならかつての力を全て取り戻すのも夢じゃない気がしてきた」
「願いはこの用事を済ませてからちゃんと言ってやる」
頭がすっきりしたことで思い出したことがいくつもある。
俺の記憶を少しずつ奪っていたのはなんなのか、師匠は何故いなくなったのか……それを知ったあとでも世界の終わりを願うには遅くない。
「そうだな、あんたとの結婚でも願おうか?」
「そりゃあ面白い冗談だ。じゃあ、さっさとこいつら始末するぞ我が夫よ……なんてな」
「さぁ、決着をつけてやろうじゃねーか」
いつも俺のことを見下していたやつの悔しそうにする顔を見るのは正直気分がいい。
「
バチバチと蒼い火花が見える。ルーカの足元に発生した稲妻はそのまま彼の手に一度宿り、そこから
魔術師としてすぐれているルーカといえど、魔力は無限ではない。多分向こうもそろそろ限界が近いはず。
それなのに、プライドからなのか一向に戦意も敵意も失わない姿に内心少しだけ感心する。
恵まれていて努力もせずに俺をバカにしているだけで、根性がないやつだと思っていたけど根性はあると認識を改めてやろう。
「……我が司るのは憤怒。主人から賜った名ではなく我の真名
角に雷を纏っていた
眩い光から出てきた
怒りに満ちた赤い目を輝かせ、
「
俺が杖を振って防御をする前に、轟音と共に部屋のあちこちに雷が落ちる。
雷の柱はそのまま消えずに残り、その周りをパチパチと小さな蒼い火花が漂っている。
「安心しな。器を取り戻した
あまりの威力に呆然としている俺に、そう告げたフィールはククッと肩を揺らして笑うと、背に生えている二対の翼を大きく広げて一度だけ羽ばたいた。
強い風が吹いた瞬間、七本の雷の柱も、部屋に浮かんでいた蒼い電気の火花も最初からそこになかったかのように綺麗に消え失せた。
「
ルーカが再び呪文を唱えるも、フィールが前脚で地面を叩くと床を走っている稲妻たちはたちまち消えてしまう。
「調子に乗るなよ
顔を怒りで歪ませたルーカが
「
しかし、
片手を伸ばして撫でるような動作をしたフィールの手によってルーカも
「生きて……るよな」
目の下に濃い隈を作っているルーカは険しい顔をしたまま意識を失っていた。
命の無事を確認してホッとしてる俺を、後ろから抱きしめるように腕を絡めてきたフィールがのぞき込んでくる。
「止めを刺しておくか?」
「いや、やめとく」
何も言わないまま、俺の身体はフィールから出る赤い光の粒に包まれた。
さっきまであった身体の怠さや吐き気はいつの間にか消えている。
手先がじんわりと熱くなる感覚になりながらゆっくりと目を閉じると、身体が浮遊感に包まれる。
風に頬を撫でられて目を開くと、どこかの高い塔の上のようで足元に街が広がっていた。
隣に立って風に髪をなびかせて心地よさそうに目を細めているフィールと共に、夕焼けに染められた街を見下ろす。
「さて、
獰猛なヤマネコを思わせる大きな金色のツリ目でフィールは俺の顔をしっかりと見つめてくる。
初めて出会ったときのように、彼女は俺の頬を両手で触れると、薄く形の良い唇の両端を持ち上げて笑った。
「……世界の終わり」
そんなことを願ったなと少し遠いことのように思う。
退屈で、つまらなくて、生きているだけでイライラするこんな世界ならぶっ壊してしまおう。そう思った。
でも、今は少し違う。
「わかった。特等席で世界の破滅を見せてやろう。さぁ、残りの魔力を探しに行くぞ」
両手を俺の頬から離して、手を取って歩こうとするフィールを慌てて呼び止める。
フィールの行動力では、このままトントン拍子で分割して封じられたという魔力を回収して本当に世界を壊しかねない。
「ああ、ちがうちがう。世界をぶっ壊して終わらせようってわけじゃない」
言葉足らずだったことを告げると、フィールは獅子の身体の部分で数回足踏みをしてからこちらへ向き直った。
「なんだ?言ってみろ」
「この世界の終わりが来るまで、お前と一緒にいたい」
思い切り首を傾げて頭に?マークが浮かんできそうな表情を浮かべているフィールを見て、俺は言葉を付け加える。
「退屈が嫌いなんだ。お前といたら、退屈とは疎遠になれそうだろ?」
「あ、ああ!なるほどな。そういうことか。任せておけ。世界が例え終わろうと、私はお前と共に有ろう。盟友としてな」
キョトンとしていたフィールは、納得がいったと言わんばかりにポンと手を打つと俺の身体を引き寄せてそのまま抱擁をしてきた。
人間の姿のときは少し背が低かったのでなんとも思わなかった抱擁も、獅子の身体分体高が上がってちょうど胸が顔の位置に来る。
彼女の片手で持ち上げてもあふれてしまうであろう豊かな胸のやわらさかがダイレクトに伝わってきて顔が赤くなってしまう。
「神代の頃より在る私の盟友なんだ。胸を張れ」
夕焼けに辺りが照らされているお陰で、顔の赤さに気が付かれなかったのかパッといきなり手を話したフィールは俺のことを抱き上げて背中に乗せると四枚の翼を大きく広げて空へ駆け出した。
フィールの腰に手を回し、振り落とされないようにしっかりと掴まる。
「クフェアの髪色をした良い空だ」
「……ああ。あんたがあまりにもこの色を褒めるから、この髪も悪くない気がしてきたよ」
俺の髪色みたいだと言った空は本当に綺麗で、大嫌いだったこの髪も少しだけ好きになれそうな気がした。
赤い魔物と魔法使い 小紫-こむらさきー @violetsnake206
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