僕と司書教諭とエロ小説の30年間 後編

僕の作品の横にある評価マークには、星が1つしか付いていなかった。


(い、いや、この人とはもともと好きなエロの趣向が違うし)

明らかにショックを受け止めきれない心を必死になだめながら、僕は評価マークのリンクをクリックし、レビュー本文を読んだ。


「登場人物はテンプレならまだしも心情描写らしい心情描写が無いから読んでて退屈。行動もちぐはぐ、心から欲情のよの字も現れなかった。表現したいことが全く見えてこない作品を書くこの作者には、作家を名乗ってほしくない」

「作者は、ただ女性を辱めたいという欲望だけで女性を憎しんでいるようにしか見えない、憎む表現をしたいだけならフランス書院から配本する価値はない」

「こんな作品に新人賞を受賞させたという編集部の判断がただただ悲しい、これではフランス書院の未来は暗い」


レビューを読み終わった僕は思った。

(ふざけんなよ…!!)

評価に星1つをつけられたという落ち込みは、怒りに変わっていた。

レビュー前半の「登場人物がテンプレ云々」というのは、僕の実力不足による責任なのだろう(実際、あれから10年以上たった今になってここのレビューを改めて読むと、残念ながら首肯せざるを得ない)。

しかし、後者2つは我慢ができなかった。僕は確かに1mmもモテないし彼女もいなかった。でも、それが原因で女性を憎んだことなんか断じてない。登場人物は今まで会った女の子を原型にして、ドキドキしつつも気を使いながら凌辱シーンを書いた。

作品を書き上げた後も自信が無くて、「アドバイスを貰いたい」とフランス書院の編集部をアポ無しで訪ねた僕に(本当に失礼なことをしてしまったと今になって思う)、「凌辱してるこの鹿島って、なんか気弱そうですね」と、自分でも気付かなかった視点とアドバイスを丁寧にしてくださったS谷さん。このレビューは、自分だけでなくS谷さんまで馬鹿にしていると思った。


僕は怒りに任せてS谷さんに連絡を取り、次回作を書かせて欲しいと伝えた。S谷さんは「期待しているからいつでも相談してほしい」と快諾してくれた。

S谷さんのためにも、e-Swamp Blogの管理人がぐうの音も出せない作品を書き上げようと僕は心に誓った。


そして僕は書き続けた。一つ収穫だったのは、S谷さんの勧めで書いた「誘惑系」の評判が良かったことだ。e-Swamp Blogでも僕の誘惑系の作品は評価が高く、

「年上のお姉さんの魅惑的な色香に動揺する高校生の心理がよく出ている。作者は凌辱系も書いているが、誘惑系に絞るべき」

とまで言われた。でも僕は満足できなかった。僕のエロの趣向は凌辱系で、凌辱系を書くことを諦められなかったからだ(この件でS谷さんと言い争いになったこともある。結局折れて凌辱系を書かせてくれたS谷さんには感謝しか無い)。


僕の凌辱系は心情描写が少ないと指摘された。改めて自分の作品を振り返ると、誘惑系はあまりシチュエーションを気にしないで書いているのに対し、凌辱系の場合はストーリーをどう繋げるか苦心していた事に気づいた。そしてその労力が、そっくり心情描写の量に繋がっていることも。

僕は突破口を求め、Kindleでフランス書院の凌辱系の本を手当たり次第に探して買った。


(あ、これって…)

その中には、あの時に買った、飯沼先生みたいな校長先生の本もあった。20年以上経ってから、まさかこんな形で読み返すことになるとは思わなかった。


一気に読み終わった。女性の精緻な描写は確かに綺麗だと思った。同時に凌辱鬼の校長先生もすごいと思った。当時は反射的に飯沼先生を連想して嫌な気持ちになったが、距離を置いて読むと、これだけのことができる校長先生には敵わないとすら思った(現実の飯沼先生がこういうわけではないのだけど)。


敵わない?

その瞬間、僕の作品をレビューしてくれたS谷さんの「鹿島って、なんか気弱そうですね」という言葉を思い出した。


(そうだ…敵わないと思っていたんだ…)

これまで心の奥底で「書きたくないこと」を眠らせていたことに気付いてしまった。

僕は女性にも敵わないし、他の男性にも敵わない。だから女性をモノにすることはできないのだ。僕は無力な人物なのだ、と。

でも、そうだとしたら、僕は何を書くべきなんだろう。


純粋にエロの趣向として凌辱系が好きならば、これを土台にした作品を書き上げるしか無い。

そう考えて浮かんだアイデアは、僕自身を凌辱鬼にすることだった。


ヒロインにとっては鹿島は恐ろしい凌辱鬼だけど、本当の鹿島はそこら辺の気弱な中年男性だったとしたら?社会的ステータスの高い凌辱鬼がヒロインを狙っていて、鹿島はその凌辱鬼と戦わないといけないことになったら?


鹿島の視点を徹底してから、ヒロインたちの視点に切り替える。ヒロインたちは、気弱な男だったはずの人物が凌辱者になるという恐怖を味わう、それからヒロインたちが怯える姿を見て責める鹿島、鹿島の色責にだんだん抗えなくなるヒロイン、征服欲を満たす反面、バレたら身の破滅という恐怖から口封じのために凌辱を繰り返す鹿島。さらにライバルの凌辱鬼やヒロインの彼氏が鹿島を告発しようとしてきたら?


いままで手の届かなかったヒロインを手篭めにした鹿島は、諦めるだろうか?絶対に諦めない。ヒロインを巡って、恐怖を感じながらも凌辱鬼として戦うに違いない。

(…これだ!!)

頭の中で次々とキャラクターの造形が出来上がっていった。


ヒロインとなる広報の里歩とその妹の莉奈は、大学時代に好きだった女の子二人。その面倒を見る里歩の上司の弥生は、新卒で入った会社の2つ上の憧れの先輩。いままで怖くてモデルにできなかったけど、ここまで決まったのだったら、書くしか無い。


里歩の彼氏と弥生の彼氏は、絵に書いたような好青年と、人を人とも思わないいけ好かないヤクザみたいな奴。鹿島に徹底的に試練を与える。

そして最後に出てくる凌辱鬼は、自分がなれなかった、女性に人気のある「イケてる」ロマンスグレイの経営者。

彼はチャコールグレーのスーツと紺色の水玉のネクタイを着ていた。


プロットをS谷さんに伝えて僕は執筆に入った。GW・夏休み・シルバーウィーク・年末年始・さらに有給休暇をフル活用しながら連休を作り、必要最低限の買い物以外は一歩も外に出ず、PCに向かい合って執筆を続けた。


1年以上かかるとは思わなかったけど、ようやく作品が完成した。これで酷評されるようなら、僕はもうフランス書院で書くのは諦めよう思った。

誘惑系をそのまま書き続けていればきっと評価されるし、お小遣いは手に入るだろう。でも、自分の望むエロがダメだと否定された状態でエロ小説を執筆するのは、モチベーションが維持できるとは思えなかった。

あくまでエロ小説を書くのは自分のエロを認めてほしいからで、モチベーションが低くても書くのであれば、本業や他の仕事と変わりない。きちんと自分のエロと作品のエロを分けて書ける人はいるけど(この業界に足を踏み入れて、そういう人が多いことにカルチャーショックを受けた)、僕はそういうタイプの人間ではないので、書き続けることができそうにない。


こうして僕の作品が配本され、しばらく経ってからe-Swamp Blogにレビューが載った。


星が4つ付いていた。


見間違いかと目を疑った。

「凌辱鬼同士の戦いと女性の葛藤を書くことでストーリーに厚みが出ており、これまでの凌辱系とは全く異なる新しい風を吹き込んでいる」

「心情と凌辱行為の連鎖がテンポよく、一気に読ませる」

「しかしなお、作者の本領は誘惑系にあるので誘惑系作品を書き続けてほしい」


涙が出た。

僕にとって、e-Swamp Blogは一人の読者以上の存在になっていた。一つのレビューサイトに肩入れしすぎるのは作家としてあまり褒められたものでは無い、という批判はその通りだけど、それでもe-Swamp Blogが無ければ、僕はこうやって小説を書き続けることは無かった。e-Swamp Blogは僕を小説家にしてくれた。

僕はノートPCの前で祝杯を上げよう、と思ったけど、翌日に高校の同級生との飲み会があることを思い出したので酒を止めて、よく冷えた麦茶をぐいっと一杯飲んだ。ふう、とついた息が夏の空に消えていった。


高校を卒業して20年以上経った同級生とのトピックは「自分たちの子供」「自分の近況」「その場にいない学校関係者の近況」のどれかだ。僕は子供はおろか結婚もしていないので、必然的に話題は後者2つになった。そして自分の近況も別に変わり映えしないので、後は他の同級生や先生の話題になった。


「もう20年以上経つと結構死ぬよねー」

「死ぬ死ぬ。学年主任のザキヤマもだいぶ前に死んだし」

「まあ俺たちを受け持った時点でもう60過ぎてたしな」

僕たちが高校の頃におじいちゃんだった先生は、まあそりゃ死んでてもおかしくないよな、と思った次の瞬間、僕はショックを受けた。

「飯沼先生も死んじゃったしなー」

「え…」


飯沼先生が死んだ。

それを聞いた瞬間、古本屋のエロ本コーナーで立ち読みをする飯沼先生の姿がフラッシュバックした。考えてみたら、あの日古本屋で飯沼先生を見かけなかったら、僕はフランス書院にハマらず、小説を書くことも無かったのかもしれない。そう考えると、飯沼先生のおかげで僕は作家になれたと言えなくもない。

僕は飯沼先生に心の中で別れを惜しみながら、グラスのビールを飲み干した。


「そうなんだ…病気か何か?」

「食道がん。先月お通夜行ってきて聞いた」

「え、え、最近の話なの!?」

驚いた僕は、飯沼先生にお線香をあげたいとだけ伝え、遺族の連絡先を同級生に訪ねた。


その飲み会から1週間後、e-Swamp Blogにお知らせが載った。

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管理人逝去のお知らせ:(本記事はe-Swamp の管理人の長男が書いています)


かねてより入院療養中であった本サイトの管理人 e-Swamp は7月30日に永眠いたしました。生前は多くの方々に本サイトをご愛読いただき、心より感謝を申し上げます。

なお、故人の遺志により、葬儀は親族のみで執り行いました。また、本サイトの更新は停止いたしますが、最低でも2年間は維持いたします。

皆様には大変お世話になりました。ありがとうございました。

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文章を読んでも意味が取りにくいことを、僕は「目が滑る」と表現するのだけど、僕にとってこのお知らせは「目が滑る」文章だった。


e-Swampの管理人が死んだ?

僕のあの凌辱作品が、e-Swampの最後のレビューになったってこと?


もう一度、最後となった僕のレビューを読みながらe-Swampの管理人に想いを馳せた。管理人は療養中にも僕の作品を読んでくれていたということだ。自然と涙が溢れた。


瞬間、閃きが走った。

飯沼先生と死亡時期が近いこと、フランス書院に対する情熱、そして好きな作家の趣向。

(いや、さすがに…)

さすがに偶然だろう、と思ったけど、気がついたらヒントは無いかとサイトを隅々まで探していた。

(あるわけないか…)

ヒント探しを諦めて今日はもう寝ようと思った時、トップページのタイトル「e-Swamp」が目に入った。

(そういえば「Swamp」ってなんだ…?)

今まで全く気にしていなかったけど、Swampの意味を知らなかった僕は、google翻訳でSwampを和訳した。

「沼」


e-沼。

僕は慌てて、同級生から聞いた連絡先を確認した。

管理人逝去のお知らせに書かれていた連絡先のメールアドレスと一致していた。

僕は感謝のメッセージ、そしてお線香をあげたいとメールを送った。


いま、僕は確信している。僕を小説家にしてくれたのは、司書の飯沼先生である。

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僕と司書教諭とエロ小説の30年間 タウンビギナー @townbeginner

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