立ち食い蕎麦

@aoibunko

本編

ベルとチャイムとアナウンスが入り混じり、やかましいプラットホームに電車が滑り込み、ぷしゅうと音をさせて乗車扉が開くと、わらわらと人が降りてくる、老若男女、車内の効きすぎた暖房に上気した顔、そこへ冬の冷たい風が吹きつけ、皆せかせか歩き、改札口目指してホームの階段を上っていく、電車もベルとチャイムとアナウンスに見送られ勇ましく出発、あとは次の電車を待つのか、ベンチに腰掛けうつむく者、早々と乗車位置に並ぶ者、数人を残したホームにわずかな静寂と冷えた空気、こうこうと照らす灯り、外はすっかり夜である。


ただよう出汁の香りをたどっていけば、ホームには立ち食い蕎麦屋、小さな箱のガラス戸の向こうに蕎麦をすする人々、背広を来たサラリーマンはドンブリを置いてガラス戸をスッスと開け閉めして店を出ると、足早に立ち去る、ここで長居するものは無し、食べたらさっさと出るのが流儀、愛想の代わりに、ガラス戸の横には自動食券機がぼんやり光る。


食券機の前に立ち、ボタンを覗き込むと、明朝体の文字が、ざるきつねたぬき肉わかめとろろ天ぷら玉子とひしめきあい、客を静かに待つ、小銭を投入すればパッとボタンが光り、さあさ選んでおくんなましとばかりに並んだ赤いランプ、この寒いぐずぐずする暇は無し、きつねの文字を押せばランプは一斉に消え、下に食券がスッと落ちて食券機は静寂を取り戻す。


食券を持ってガラス戸の中に入れば、カウンターの向こうにいたのは、白い三角巾を頭に巻いた女が二人、いずれも60ぐらいか、狭い厨房を無駄なくてきぱきと動く、カウンターに食券をおけば、隣のコート姿の男がどんぶりをおいて出ていく、ありがとございましたーと言いながら、女は食券を取ってその足で蕎麦をゆではじめる、せかせかと動く二人、店には客が自分を含め4人、無言で蕎麦をすする、また一人入店、そして一人退店して、おまちどおさまきつね蕎麦ですと湯気のあがったどんぶりが置かれた。


蕎麦の上にはどんぶりを覆うような大きな揚げ、その横に刻みネギが小さく固まる、さっそく揚げを引き上げてかぶりつく、しみこんだ出汁が口の中に広がる、半分食べたら蕎麦が顔を出す、どんぶりを顔に近づけずるずるとすする、甘辛い出汁ともさもさした蕎麦を噛んで飲み込みまたすする。揚げは全部食べてしまおう、あとはどんぶりに残った蕎麦をネギと出汁といっしょにすすり、どんぶりに口をつけて出汁をすっかり飲み干しホウと息を吐く、どんぶりをカウンターに置けばもう自分は客ではない、またガラス戸が開いた、新しい客のために自分はさっさと外に出よう、この店は腹の膨れた人間に用はないのだから。

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