第3話
「行ってきます。母さん」
私は、鞄を持って玄関にたつ。
朝、いつも以上に起きるのが遅くなり、急いで腕を通した制服は、少ししわを寄せている。
「大丈夫?昨日も夜遅かったんだし、今日ぐらい休んでもいいのに。」
母さんは、心配そうに私の事を見ている。
「大丈夫だって、それに、新学期早々休むわけにも行かないしね。ほら、新学期早々先生方に目をつけられるわけにも行かないし、恵や絢斗にも会いたいし。」
そう?といいながら、頷く母さんは、まだしっかりとは納得していないみたいだが、始業式に出ないのは、マズいだろうし、今日は、奴らも転校してくる日なのだ、休むわけにはいかない。
「ホントに大丈夫だよ。今日は皆の転校日でしょ。もっと休めないよ。」
「そうね…無理はしないでくださいよ?」
「うん。分かってるって、母さんも危険なことはしない。近づかないでね。」
「分かってる。子どもに心配されそうなことは、しないから。」
「お願いね?じゃ、改めて行ってきます。」
私が、扉を開けようとした瞬間。
「あっ、まって。」
と、母さんが私を呼び止めた。
「これ、忘れてる。」
いいながら持ってきたのは、私の右目と同じ少し薄い茶色のカラーコンタクトだ。あの日、お父様から隠しておきなさいと、言われてからは、左目に装着して、外に出ていた。
「あっ、ごめん。すっかり忘れてた。」
母さんからカラコンを貰うと、玄関に置かれている鏡をみて左目につける。つけてから、母さんの方に向き直ると、
「あら、意外に目立たないわね。」
と、微笑みながら言われる。
「そうそう。隣に最近新しく引っ越してきた方、もしあったら挨拶するのよ?あと、皆によろしく。」
「うん。分かった。じゃぁ、今度こそ本当に行ってきます。」
「行ってらっしゃい。」
私は、玄関の扉を開けて外へ踏み出す。
門扉を開けると、桜並木の一本道が続いている。
2ヶ月前まで咲いていなかった桜の木に、桜の花が咲いていて、
春きたと、教えられる。
私は、その桃色に色づいた並木道を、いつもと変わらぬように歩いて行く。
風が吹き抜けていく度に散っていく桜の花びらがとても綺麗で、
「日本も悪くない。」
と、つぶやいた。
私は、暗殺者という使命さながら普通の高校生として生活をしている。アサシンの存在は、世界機密であり、世に決して知れ渡ってはいけない。
なぜ私が、暗殺者か、それは、私の父が代々アサシンとしての使命を受け継いできた家系であるからだ。
私には、その血を引いており、小さな頃から訓練と鍛錬に耐えてきた。今は、アシサン教壇「日本支部」に所属している。
私がアサシンであると言う事実を知っているのはほんの一握りで、父や母などの親族以外には、私が信用できる人物にしか教えていない。
例えば…
「あっ!つき、遅いじゃん。」
今、抱きついてきた、この子とか。
「約5分遅刻です。」
と、笑いながら腕時計を見ているあいつとか。
この二人は、
私の事情という事情を知っている数少ない人間だ。
絢斗は、私が5歳で、引っ越してきたときに知り合った幼なじみ兼腐れ縁で、恵は、高校に入った頃に知り合った私の親友だ。
家が近いこともあり、去年一年は二人とよく遊んでいた記憶がある。
「元気にしてた?」
「うん。イギリスとの時差にももう慣れた。」
「ほぼ昼夜逆転してるもんね。時差9時間はキツそう。」
「そうそう。しかも、向こう雨の日が多いしさぁ。」
「それは、大変だったね。」
「心中お察し致します。」
二人と一緒に居られるこの時間は、私にとってアサシンとしての使命を唯一忘れられる時間でもある。
普通の高校生としていられる時間が、私はとても嬉しかった。
「あれだよね。今日って、クラス替えがあるんじゃなかった?」
「そうそう。また一緒になれるといいな!」
「え~。私、恵だけでいいかなぁ…」
「酷くない。俺の扱い酷くない。」
そんな茶番で盛り上がっていると、恵が私の目をのぞき込んできた。
「えっ、なんかついてる?」
「うんうん。隠しちゃったんだなぁ。とおもって。」
「あぁ。そう言われれば、そうだな。」
「そうそう。イギリスに行ったとき、お父様に隠した方がいいって言われて。」
「そっかぁ。私、結構好きだったのになぁ。」
恵が残念そうに肩を落とす。
「あの~。落ち込んでるところ申し訳ないんですけど…時間、大丈夫じゃないよね?」
「絢斗。今何時?…」
「ホームルーム開始まで約20分前。」
「急ごう。これじゃ、ホームルームに遅れる!」
恵は、私の右腕と絢斗の左腕に手を掛けると、思いっきりひっぱりながら駆けだした。
暗黒キャンバス つむつむ @kurotare-0611
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