恋する乙女はメイドな恋人

民の全てが集ったのでしょうか、帝城の前に立ち込めた人の群れには困惑が満ち満ちていて上から眺めているだけの私ですら胸が締め付けられてしまう。

陛下が崩御された事件、その背景に天の車が関わっていた事実は瞬く間に市中へと拡がり、民の多くが混乱の渦に飲み込まれていきました。

三の御柱の存在は知らずとも帝国の長が不在となる事態は誰しも恐怖に駆られて当然で、このままではグラジオラス、スターチスの同盟国と言えど掌を返されるのも時間の問題でしょう。

誰かが国を支えなくてはならない、身をとして柱の役目を遂行する英雄が求められている。

そう、この場に集った民は新たに国を治める主を見定めんと足を運んできたのです。

今か今かとバルコニーに注がれる注目の視線の最中、私は震える心に鞭を打って歩み出ていく。

共に歩むと決めた大切な人と寄り添いながら。

バルコニーに姿を現した私とベルクリッドを目にした民からは騒めきが消え失せ、代わりに沈黙がこびりついてしまった。

十年前の叛逆を退けた英雄ベルクリッドの事は民も十分に周知しているはずです、問題は隣に立つ私の存在でしょう。

なんだあの小娘は? 沈黙が物語るのがありありと分かります。

「行くぞ、アイリス」

ですが私の震えは気付かぬ内に消え去っていた。だって決めたんだから、この人を支える、一緒に歩くって。

二人で歩くのなら恐るものはなにもないんだから!

「皆よ、よく集まってくれた!」

城の各所に待機した術師によって拡声されたベルクリッドの言葉が発せられる。

「この度の顛末は既に諸君らも周知の筈だろう、皇帝ロウオン・ダンデ・ドゥーランド九世陛下が崩御された、この件に伴い時期皇帝が決まるまでの間は貴族会の長たるこのベルクリッド・ファン・ホーテンが皇帝代行を務める運びとなった、そして私と共に帝国を支えるべく立ち上がった者を皆に紹介したい」

ベルクリッドに背を押されて前に出ると、遠慮なく声を張り上げました。

「私はアイリス・ヴァン・ツヴァイトーク、先代貴族会の長にして不死鳥の騎士オールハイド・ヴァン・ツヴァイトークの娘です!」

沈黙がこびりつく民に動揺が立ちました。

「私は父オールハイドから帝国に降りかかる深淵を祓う使命を託されています、皇帝陛下が崩御された今皆さんには国の将来を憂う気持ちで一杯だと思います、ですが安心して下さい……私とベルクリッドがこの国の平和を担う御旗となってみせる!」

そして私は包術の祈訓を唱える、私に持てる全てを乗せて!

「奉り願う、熱き思いよ顕現せよ!」

眩い金焰が私を覆い尽くしそれが晴れた時、私とベルクリッドは黄金の不死鳥の背中に乗り空を駆けていました。

金焰を振りまきながら飛び回り私達を目の当たりにした民の動揺はいつのまにか歓声へと置き換わり、民の不安は完全に振り払われたらしいです。

「聞け皆の者! 英雄ベルクリッド、不死鳥の騎士アイリスがいる限り何人たりともドゥーランドを侵すことは叶わん! 顔を上げ未来を見よ! この国の守護者の姿をやきつけるのだ!」

ベルクリッドの口上に更に沸き立つ民衆。

先ずは一つ、役目を果たすことができたのでしょう。


私とベルクリッドが思いを確かめ合ったあの日より既に二週間が経過しました。その間は目まぐるしくてとても息を吐く間もありませんでした。

あの後ベルクリッドは生き残った貴族達に全ての真実を明かしました。自らが天の車に所属していたこと、今回の首謀者が残党であるエリオットさんであること、そして父様の事、一切を包み隠さず。

その上で貴族会が降した決断はベルクリッドを象徴としてこれから起こりうるであろう国内の混乱、そして他国への牽制でした。現状で強力な戦力であり民衆の英雄を無闇に散らすのは懸命ではないと判断したのです。

そして私はベルクリッドと共に御柱の鍵となったこと、包術に目覚め心器を宿した事で正式にツヴァイトークの家督を継承することが決まりました。

ですが継承したとしても貴族としての振る舞いを教えて下さる両親がいない為に引き続きベルクリッドに身を預かって頂くのは変わりなく、今まで通りにお屋敷で過ごす運びとなりました。

言ってしまえば、国の存亡を担う人間に程の良い役割を与えて監視する魂胆なのでしょう。

ですがそんな思惑は私達には関係ない、国を正すという父様と母様の願いを果たす為に戦う事に変わりはないのですから。

そう言えば捕縛されたアルテミシアからも兵を伝って手紙が届きました。

『決着はついていません、首を洗って待っていなさい』

書かれていたのは一行だけ。思えば抜け駆けする形でベルクリッドと結ばれてしまったから、もしリベンジしてくるようなら受けてたってみせます。

ユリウスからは程々にと心配されていましたがこれについては女の意地です、引き下がるわけにはいきません!

焼きあがったタルト生地にクリームとレモンの蜂蜜漬けを並べおわるとガッツポーズを決めて、ワゴンにタルトとティーセットを乗せて調理場を後にします。

廊下を渡りベルクリッドの待つ部屋を訪れると、愛しいあの方は微笑みながら私を迎えてくれた。

「やあアイリス、待っていたよ」

「お待たせしましたベルクリッド、今日は貴方の好物のレモンタルトですよ」

リクライニングチェアに体を預けたベルクリッドの近くまで寄ると切り分けたタルトと紅茶をお出しします。

「いただこうか」

タルトをゆっくりと味わったベルクリッドは甘味の余韻に浸るのも束の間、何故かまじまじと私を見つめてきます。

「どうかされましたか?」

「いやなに、恋人と関係を改めてもアイリスはその格好なのだな」

そう、私は今でもお屋敷ではメイド服を着用しているのです。エリオットさんが居なくなってしまった現状ではお屋敷の仕事をこなすのは私一人、そうなるとこの服は動きやすくて助かるんです。そして理由はそれだけではありません……。

「エリオットさんから聞いたんです、アザレア母様も父様のメイドだったって、だからこの服は私にとって大切な人にお仕えするっていう特別な意味を持っています、それに結構気に入ってるんですよ? このフリルとか可愛いし」

「そうだな、その姿のアイリスを見ていると心が和むよ」

「そうですか?」

「ああ、恋人の可愛らしい姿は見ていて嬉しいものさ」

「なっ!」

もうベルクリッドたら! 最近は隙を見つけては恥ずかしくなる台詞を普通に繰り出してくるんだから、これじゃこっちの身が持ちませんよ!

こうなったら……。

「あら? ベルクリッド頰にクリームが付いてますよ?」

「うん?」

「ほら、ここです」

クリームを取る振りをしてベルクリッドの頰に手を伸ばすと、そのまま唇を恋人のそれに押し付けてやりました。

「……!」

驚きはしたものの嫌がる素振りはありませんから暫くはそのままでいました。

数分経ってからようやく離れましたが、お互いに頰を赤らめるのは未だに可笑しな話でしょうか?

「……少しは節度を持ちなさい、いくら二人きりは言え破廉恥ではないか?」

「それならたまにはベルクリッドからして下さい、いつも私からばっかりじゃないですか」

「……慣れていないのだ、無茶を言うな」

ヘタレです。騎士として戦場に立つ時はこの上ないくらい凛々しいのに、恋人を前にした途端しどろもどろになる。これが普通のカップルなら破局物のヘタレぶりですが、私はこれでも構いません。

「しょうがないですね、許してあげます」

だって私のファーストキスは、私の命を救う為にベルクリッドがしてくれた特別なもの。あの思い出があるから些細なことは気になりません。ちょっぴり寂しいからちょっぴり意地悪したくなりますけど。

「だってベルクリッド、私は……」

スカートの裾を持ち上げて会者した私は右目でウィンクを決めながら言ってやりました。

「貴方だけの恋人なんですから」

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恋する乙女はメイドな騎士 栄久里 丈太郎 @Eburi

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