その3 環七の陸橋の下
環七の陸橋の下、正確には真下ではなく、少し陸橋からは外れた曲がり角なのだが、そこに男の子とお母さんがどれくらいの期間だったろうか、いた。その頃の話だ。
通り沿いを女性がジョギングしているのを何度か見た。とても立派な胸をしていたので印象に残ってしまった。
いつもより少し早い時間にその通りを走っていると、女性は帽子を被った小さな男の子を連れていた。顔の右下が異様に腫れている子供だった。私は思わず目を背けた。
女性が息子を特別支援学校に送る帰り道に私はいつもすれ違っていたのだな、と気が付いた。
それからの何年か、私はお母さんと男の子と何度もすれ違った。時間帯によってお母さんだけの時もあれば、二人で歩いている時もあった。いつも仲良さそうに歩いていて、お母さんは本当に子供のことを可愛がっているのだろうなと、勝手に思っていた。
小学校の低学年だった男の子はやがて高学年になった。もしかしたら中学生になっていたのかもしれない。見た目が随分とお兄さん然としてきた。それでも被っている帽子は相変わらずキャップで、子供っぽいままだった。
顔の腫れも少し大きくなってきたように思ったが、通勤途中に見かけるだけの他人、大して気にも留めなかった。
いつものように道を走っていると、私はふと思い出した。お母さんと息子のことを。
夏休みに入ると学校も休みになるので、彼らのことも見かけなくなる。その流れで彼らの存在を忘れていたが、秋が終わる頃になっても彼らの姿を見ることはなかった。また、私は彼らのことを忘れた。
冬のある日、私は彼らが交差点の曲がり角にいるのを見つけた。インフルエンザ予防の為だろう、親子はマスクを付けていた。マスクを付けていたが、男の子の顔はより一層大きくなっており、彼のマスクは全くサイズが合っていなかった。
私は久しぶりに彼ら見たな、となんとなく思った。何度か見かけるうちに、彼らは同じ学校の生徒がバスで通ってくるのを見送りに来ているのだと知った。
彼らが交差点の曲がり角で手を振ると、バスに乗っている障害を持った子供たちの何人かが手を振り返す。男の子はそれを見て、嬉しそうにしている。バスが走り去ると彼らもまた歩き始める。
バスを待ち、手を振る姿を何ヶ月の間、見かけただろうか。男の子の顔のサイズは初めて見かけた頃に比べると随分と大きくなった。特に意識して見ていたわけでもない赤の他人でも分かる程に大きくなった。
男の子はいつも一生懸命に友人たちに向かって手を振る。
毎日毎日、私はその道を走る。
ある時、私は親子の姿を見なくなったことに気が付いた。気が付いたが、すぐに忘れた。
もうすぐ梅雨入りという頃になって、お母さんが歩いているのを見かけた。それからしばらくの間、お母さんをよく見かけるようになった。
その日、お母さんは交差点の曲がり角に立っていた。目の前をバスが通り過ぎる時、お母さんは振っていた。手に持った帽子を振っていた。
私はそれからも毎日毎日、同じ道を走り続ける。バスとすれ違うと、ふと彼らのことを思い出す。
ぼんじん譚 一森 奥 @ichimori_oku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ぼんじん譚の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます