10,エピローグ
「タニシ君が、自らそんな事を?」
「ええ。・・・彼を介抱してあげてください」
「それは勿論」
ダメ元でかけた後輩の電話番号。
保護者にでも繋がってくれと願った先に繋がったのは彼女。
赤いエスニック風な服を着た綺麗な女性。
彼女は悲しげな表情をしながら後輩を背負う。
「君は、大丈夫なのかい」
「・・・色々と聞きたい事が出来たので、まだ死ねなくなって
しまいました」
「・・・そうかい。ホラ、乗っていきなよ」
総合スーパーの駐車場で彼女は助手席を指差す。
「・・・はい」
その言葉に甘え車に乗り込む。
「自ら望んで眠りにつくなんてね、タニシ君」
ぽつりと琴々さんは言う。
「どういう意味ですか」
車内を満たすうるさいエンジン音。
「あの子はね、幼い頃、妹を殺しているんだ」
「・・・」
衝撃的な話。
本人以外の口から聞いてよいのだろうかと思ったが
琴々はそんな私を察して「放っておいても彼は自分から話さないし
話されてもそんな事で怒るような子じゃないよ」と言う。
「勿論、望まずさ。経緯は想像に任せるけど。
彼はその事を酷く悔いている。
当時の彼の出来る償いは、そんな妹を眼球に焼き付けて決して
その存在を忘れないようにしているんだ。自らを呪うようにね。
君には、少し似た部分を感じたんじゃないかな」
「・・・勝手な男ですね。私で罪滅ぼしをしたつもりなのでしょうか」
「ハハハ、違うよ。タニシくんはどこまで言っても自己満足だと思ってる
だろうし、どこまでいっても自分自身の罪を購う為にはどうすればいいかの
色々な呪いのケースに首を突っ込んで解決策を模索している利己的な考えさ」
琴々は器用に運転しながら煙管を吸っている。
充満する桜の香りが心を落ち着かせる。
「君の呪いを肩代わりした・・・いや“奪った”という表現が正しいのかな。
いままでのタニシ君なら君の破綻・・・失敬、破滅をただ見届けるだけだっただろう。
なのに“奪った”。彼の中でどんな心情の変化があったのだろうねえ」
彼が倒れる間際に言った言葉を思い出す。
彼は最後・・・。
いや、何を彼を庇うような思考をしているんだと気付く。
「何か鳴ってないかい?」
「あれ、すみません。私の携帯ですね」
携帯電話をみる。
SNSからの通知だ。
死後道中記のアカウント・・・ではなく私自身の。
『彼氏とデート中、今日は陽北キャンプにおでかけなう(はぁと)
写真付』
RT 1520 いいね 520
「・・・」
『冥府ちゃんおめでとう!でもちょっと不謹慎かも』
『死後道中記本当に終わったな』
『彼氏殺す』
『冥府ちゃんが幸せならOKです』
「・・・・・・・・・・・・・・」
「どうした、顔が青いぞ」
携帯をへし折る。
「あの男、死ぬまで許しません」
############################
「結局、『篭目』ってなんだったんだい」
目を醒ますと天井に飾られたわけのわからないアイテム達が見える。
師匠の家か。
目を醒ますや否や彼女が尋ねる。
「・・・嫉妬の感情の化け物ですよ。それが呪われたものの
トラウマを呼び起こす。あの会場の人間全員呪われていたのでしょうね。
だからコアなファンは呪いによって独占欲や嫉妬の感情が暴走し、ストーカー化した。
追われた彼女達はそのファンがトラウマの人物に見えた、それだけです」
「ふむ・・・でもそれではライブ中に見えたのはいったい」
「それも理屈としては同じです。真正面の人間をかごめかごめの鬼当ての
対象としてみている。だから彼女達には、その瞬間擬似的に一人だけしか見えて
いなかった」
「そんなものかねえ。呪いの理屈はややこしくてわからないねえ」
師匠は茶を入れる。
「瞳君はどうだい」
「・・・すこしボヤけています」
僕の記憶した瞳の姿。寝るたびに彼女の姿が虚ろになっていく。
瞳は僕に微笑みかける。
「そうかい」
桜色の煙を吐きながら僕にマグカップを渡す。
「今回はお疲れ様だったね。この家で一番いい茶だよ」
「さいですか」
############################
いつも通り学校に登校する。
ここは本当にいつも通りだ。
新たな呪いを得た右目がズキズキと痛む。
「籠目」の呪い。
今は発現させた直後であるため、その能力の殆どを失っているが。
この呪いの本当の本質は歌の都市伝説にこそある。
「どことなく不気味な響きに聞こえる童謡」
その認識が人々の間に伝わり、「呪いの歌」として一つの概念を得た。
この概念がまた、いつ暴走し、いつ呪いと化すかは分からない。
死後道中記を媒介として「籠目」の呪いが暴走したわけだが・・・。
そんなことを考えながら僕は部室で一人外を眺める。
やはりここから眺める夕暮れは美しい。
ガララと戸が開く。
来訪者とは珍しい。
「・・・」
その女は無造作に椅子に腰掛ける。
「部外者立ち入り禁止なんだが」
「そうですか、じゃあ部外者じゃないから大丈夫ですね」
千鶴はそういって背負っていたギターケースから当然ギターを取り出し
なにやらイジりはじめた。
ギターを扱ったことがないので何をしているのかサッパリわからない。
・・・ここは軽音部ではないのだが。
「コミュニケーション部に入りたいのか?」
「田螺は馬鹿なのか?」
質問を質問で返されてしまった。
彼女とのコミュニケーションは不可能だと判断する。
あれ?呼び名がまた変わっている。
親密度が上がった!とポップアップが出てこないので
わからないではないか。
これは本当に親密度なのか?
侮蔑度の間違いではなかろうか。
「僕はそろそろ帰りたいんだが、鍵を置いておくから職員室に
返しておいてくれ」
「まだ来たばっかりなのですけど・・・はあ。気も使えないと」
「・・・」
いやに高圧的だ。
それに場の沈黙が重たい。
ええい、ままよ。適当な話題をふって徐々に部室からフェードアウトして
しまおう。一日鍵なんてかかっていなくても問題あるまい。
「ギター、始めるんだな」
「気持ちの整理もついてきましたし。正式にデビューしようかと」
「デビュー・・・?ああ。ソロ活動を始めるのか」
「そもそも死後道中記はメジャーデビューはしていませんでしたから」
「そうか、がんばれよ」
終わる会話。
イラついた彼女の顔がこちらを見つめる。
これ以上何を話せというのだ。
「まったく、田螺が帰るなら私も帰ります。ハァ、なんで私があわせなきゃ
いけないんだか」
「さっきからなんだ、その田螺という呼び方は。気持ち悪い。
前のように後輩とかでいいじゃないか」
「・・・」
以前見た携帯電話とは違う機種だ。
買い換えたのか。
画面に映る文字。
「・・・ああ。これか」
「一緒に帰りましょうか。彼氏様」
「律儀にこんなもの守らなくても・・・」
「いいから、早くしろ」
ドスの聞いた声が僕を突き刺す。
先日、改めて彼女の周りのコアなファンに対して投稿を行い、発表した。
こうすることによって彼女へ向けられる嫉妬心や独占欲と言った感情を、
僕への怒りへと逸らす事が目的だった。
とは言え、彼氏が出来たというパフォーマンスを徹底するつもりなのか。
あの投稿一度でよいと思ったのだが。
彼女、かぁ。
呪いの為についた嘘とはいえ人生初めての彼女という存在に気まずさを覚える。
いや、彼女なのかこれ?
多分違う。
「先行ってくれ。やはり会話は苦手だ」
「ダメだ」
ピタリと隣に立つ千鶴。
ああ、わかる。
コミュニケーション能力がいかにない僕といえどこの表情はわかる。
怒りだ。
「はあ、事務所まで送ってくれるだけでいいですから。本当に察しが悪い」
「近いのか?」
「五分くらいです」
「それくらいなら耐えよう」
「わかりやすく笑顔になるな」
小突かれる。
暴力反対。
不器用な会話をしながら僕らは歩く。
ようやくこの地獄に終わりが見えてきた。
「浅間町さん」
スーツ姿の女性が一人。
「ははぁ、これが噂の」
「ええ、彼氏です」
「ははは、あの大炎上っぷりには驚きましたよ」
「色々あったので」
右手をあげ「じゃあな」と僕はその場を去った。
############################
「おかえり」
事務所に迎え入れる音楽事務所のプロデューサー。
ラフな格好をした髭面の男が言う。
「ほんとうに大丈夫?」
「ええ、もう炎上も鎮火しました。これが契約書ですか」
ソロデビューの決心をしたのはあの後。
私は千鶴先輩の分まで歌い続ける。
その覚悟を決めた。
「うしろのしょうめんだぁれだ」
ニコりと笑うプロデューサー。
「かごめはもう歌わないの?」
「ええ、あれは特別な歌ですから」
ひとりぼっちの霊能探偵、今日もふたりぼっち 吉備津 歪 @kibitsu_ibitsu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。ひとりぼっちの霊能探偵、今日もふたりぼっちの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます