9.本当の葬式

一週間が経過した。


僕は師匠の部屋に忍び込んだ。

相変わらず鍵はかかっていない。

ベッドで一定感覚の寝息を立てている彼女をよそに

携帯電話を拝借する。

電話番号を入力し表示されるラインの友人一覧から

千鶴を追加。

一通のメッセージを送る。


『明日午後五時 陽北駅にて待つ』


返事は見ない。


############################


居酒屋とパチンコ屋以外何もない駅の周辺、僕は太陽を見上げ

暇を潰している。

走る電車が僅かに地を揺らし、新たな来訪者の訪れを告げる。


「・・・」


無言の千鶴が改札口から現れる。


「こんにちは」


腰掛けていた鉄製のネットを軋ませながら僕は彼女に話しかける。


「やはり後輩でしたか」


前までは「君」や呼び捨てで呼んでいた気がするが・・・。

距離が縮まったとでも考えておこう。


「いこうか」

「・・・返信を送っても何もないのはどういうことですか。

・・・聞くまでもないか」


千鶴は頭を抑え自己完結している。

結論が出ているのなら聞かないでくれ。

僕は歩を進めると彼女も黙って後ろをついてくる。

ナイス無言。


住宅街をひた歩き、公園を過ぎ、大通りに出る。

高速道路でもないのに車がビュンビュンと矢のように飛んでゆく。


「・・・おい」

「・・・え?」

「何度も呼んでいるでしょう。まったく。私達はいったいどこに向かって

いるんだ」


表情が険しい。語気の荒さから苛つきが伝わる。

・・・怒っているのか。


「もうつくよ」


駅から十五分ほど歩いた先。

地元密着型と思わしき総合スーパーの裏手にある雑木林。

その雑木林を抜けると、ちょっとした山があり、少し登った先に

僕達はたどり着いた。


「ここ、は」

「お墓」


奥に進む、しかし彼女はついてこない。

ああ、察してしまったのか。

だから多くは伝えたくなかったのだ。


「誰の、なんですか」


遠くからか細い声。


「君達のXXXのXXXの・・・」


声がノイズがかる。

これも『篭目』の呪いなのか。

ざざぁと木々が不気味に鳴る。


「行きたく、ない」

「ダメだ。君は見なければならない。受け入れなければならない」


スカートを握り締める手は震えている。

僕はそんな彼女の手をつかんだ。


「死者は戻ってこない。それがどのような立場の人間でも

どのような行いをしてきた者でも」


手を引くと力なく彼女はなされるがまま、ある一つの墓石の前に立つ。

「西部家」の墓。


「君達を虐XXXしていたXXXは、ここにいる」


千鶴はへたりこむ。


「じゃあ、私はどうすれば・・・」


虚ろな表情。

目の前の現実が受け入れられないのか。

今になって師匠の言葉が脳裏をよぎる。

「残された遺族や友人の気持ちの整理という意味はもちろん大きい。」

それが被害者であっても。

これが彼女にとってのもう一つの葬式なのだろう。


「受け入れるしかない」

「でも、じゃあ、八重先輩は」

「それは・・・」


彼女の周りの黒い靄の伸びていた一筋の線が消え去る。

呪っていた対象が死んでいるとわかったからだ。

すると、「篭目」の呪いが蛇のようにうねる。


「呪いは通常人を殺すことはない。でも、呪いに巻き込まれた人間が

その思考を奪われ、呪われている者同士殺しあうことがある。そんな

ケースなだけだよ」

「そんなの、呪いに殺された事と同じだ」

「そうとも言えるし、そうでないとも言える。

たとえ物証明らかな犯人が出てきたところで犯人は彼女を

殺したことさえ自覚していない可能性が高い」

「じゃあ・・・じゃあ私が、私は誰を恨めば・・・」


彼女はこちらを見つめる。

溢れる涙を、目を擦りこちらを、じっと。


「もう・・・せめて、先輩と共に呪われた、この呪いを解いて

私は終わらせたい。それが先輩の最後の望みだったのだから」


何を終わらせるのだろうか。

自らの命を絶つ気でいるのか。


「どうすればこの呪いは解けるのですか」

「・・・呪いを発現させて、その呪いを霧散させてしまうのが一番手っ取り早い」

「そうですか。では、もう発現させてください」

「呪いを発現させるには呪われた人間が誰に、何故呪われたのかを気付く

必要がある。そうしてやっと、呪いが君を襲う」

「そんなの、後輩が言っていた通りあの儀式を行っていたから・・・」

「それは違う」


僕は目を瞑る。


瞑想だ、瞑想。言いたいことを整理するんだ。


ひとつ。


ふたつ。


みっつ。『・・・っつ』


よっつ。『よっつ』


いつつ。『いつつ』


「この「篭目」の呪いは確かにあの儀式で、君達を見る信者達の悪感情や君達への

憧れが強く作用した形で強烈な悪意のカタマリとして君達を呪った。

そのことは間違いようのない事実だ」


僕は出口へと歩きながら話す。


「でも、どんな呪いにも発端はある。誰かが誰かを呪ったハジマリが」

「誰、それは」

「・・・ああ」


僕は深呼吸をする。この黒い靄の違和感。

大きすぎた黒に見えなかったハジマリとオワリ。

それをようやく言語化する。


「君は君自身を呪っている」

「・・・」

「ひいては黄泉・・・」

「そんな筈!」


青い顔の彼女。

木々がざわめく。

カラスの不気味な鳴き声。


「お前は、私が先輩を殺したって・・・そういいたいのか」

「そういう事じゃない。ただ発端が君だった。それだけなんだ。

その理由を」

「うるさい!そんなわけ!」


ぼう、と目の前に現れる真っ黒な人影が現れる。


「きゃっ」


その影が彼女の首に手を伸ばす。


「走れ、死ぬぞ」


僕は彼女の手をつかみ、走った。

薄暗くなってきた雑木林に足元が覚束ない。

影がひとつ、ふたつ。

どんどん増えて僕らを襲う。


「呪いが発現している・・・のか」

「じゃあ、なんで、わたしが、殺した?先輩を?」


ブツブツと壊れた人形のようにつぶやく彼女は現実を直視

できていないでいる。

しかし、その発端が自分自身であると気が付いたのだろう。

そして呪った理由も、受け入れられないだけで彼女はもう気づいている。

影が僕の足を切り裂く。


「ぐっ」


いつまでたっても雑木林を抜けられない。

これも呪いか?


『かごめかごめ』


幼子の声が周りから聞こえる。


『うふふふ』


木陰に影。影。影。影。影。

いくつもの影。

囲まれている、下手に動くとつかまってしまう。

彼女の肩をつかむ。


「「篭目」の呪いは完全に発現した。これはお前達へ向けられた

羨望や独占欲や渇望が形を成したものだ」

「・・・」

「すこしだけ効果を薄められる方法はある。その間に逃げ切る」


僕は心ここにあらずな彼女のポケットから携帯電話を取り出し

一定の操作をする。


拮抗状態が続く、影はただそこにじっとあっただけ。

一分、二分、時がたつごとにすこしずつ気配が消えてゆく。


「逃げるぞ」


雑木林を抜けた。


「助かっ・・・」


先に見える一際「濃い影」。

こちらを見ている気がする。

ただただ、立ちはだかり何をするわけでもなくたたずんでいる。


「ああ、あああ!」


千鶴が泣き崩れる。


「何だ、何を見ている」

「・・・八重、先輩」


影を前に彼女は震えている。


「頼む、話を聞いてくれ。君は発端だったかもしれないが

彼女を殺したのは君じゃない」

「私だ・・・」

「何?」


千鶴はふらふらとその影に近づく。


「私は」


影は微動だにしない。


「私が無価値だから・・・」

「おい」

「だから私は先輩を嫉妬した。でも、それ以上に価値のない私自身を呪った。

死後道中記を呪った。そうか、この羨ましいという感情が、この「篭目」の

始まりだったのですね。この感情が、先輩を殺した・・・」


影が揺れる。


「篭目の歌を作ったのだって、貴方への嫉妬心からだ。

新たな家族に迎えられ、幸せそうに。私の事も忘れて。

そんな貴方を恨んだ、羨ましかった」

「離れろ」

「また、逢えた」


千鶴は影に抱きつく。


「巻き込まれるぞ!君が死んだら黄泉の想いはどうなる!」

「いい、このままで。後輩、悪かったと思っている。結局は私の

独り相撲だったのでしょう」

「違う!呪いを発現させて、ソイツから離れればもう終わるんだ!

「篭目」は霧散する!」

「いい、もう。私が始まりだというなら、報いは受けるべきでしょう」


影が彼女の体を侵食する。

彼女には黄泉の姿に見えているのであろう真っ黒な塊。


このまま、見ていれば。


彼女は満足なんじゃないか?


僕にはもう関係のない事だ。


篭目の呪いは依頼どおり解消させた。


結果は依頼主の好きにさせてやればいい。


何よりもう僕の役に立ちそうにはないし。


「な・・・?」


地面に倒れる千鶴の声。


############################


呪いを解く方法


一つ、呪いをなすりつける


############################


影の首をつかむ。


「死者は黄泉に帰ってもらおうか」


影が渦巻く。

その渦は僕の右目に螺旋を描き吸引される。

僕の瞳から赤い涙が流れ、シャツを汚していく。


何故こんなことをしているのだろうか。

理解不能だ。

煌々と赤く光り輝く右目が黒い影を飲み込む。


これは解呪でもなんでもない。


悪意の形が見えるようになってから気付いたこと。

僕は人の呪いを「なすりつけられる」事ができる。


「うっ・・・」


強烈な吐き気と頭痛。


「おい、何を」

「・・・ハア、ハア・・・。簡単に、死ぬとか。そんなこと

言うな・・・」


割れそうな頭の中。

影が晴れた刹那、僕にも彼女が鷺原八重の姿を見た気がした。


「先輩!」


千鶴が叫ぶ。


「私は、貴方を・・・」


「貴方が嫌いでした」


冥府輪廻は涙を流す。

影のあった場所の淡い光。


「ずっと羨んできた。ずっと後ろめたかった。

貴方が私のことを忘れていても、私は・・・私は」


冥府はぐしゃぐしゃの顔を袖で何度も擦る。


「無価値なんかじゃないよ」

「せん・・・ぱい?」


確かにその声は聞こえた。

僕たちの耳に焼き付くように。


朦朧とする意識。


「後輩!」

「死ぬな、償え。その罪を。死ぬのは、違う。」


――最近はよく眠りにつける。

ああ、さようなら意識。


瞳、ごめん。

また僕はお前の形がおぼろげになっていくよ。


『やっぱり、であぁうでよかったでしょ、ふふふ』

『そうだな』

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