8.トラウマ
「・・・ん」
あれから三時間ほどが経過した。
千鶴が目を醒ます。
腹と太腿に雑に巻いた包帯に血が滲んでいる。
「おはよう、チヅル君」
部屋には三人。ベッドで眠る千鶴と師匠と僕。
「ええ、と。私は。何で・・・」
視線がこちらに移る。
「貴様・・・はッ!」
ベッドから飛び起き、こちらに迫ろうとする彼女を師匠が止める。
「落ち着け、アレはタニシ君だ」
「は・・・?」
ベッドを介し反対側にいた師匠が僕の隣にやって来る。
「あ・・・れ」
「浅間町さん、これが籠目の呪いの一端。
「
「その、怪我・・・」
「気にするな」
おそらくは帰るタイミングが被る黄泉と冥府、そのタイミングで一人だけの
男が視界に入った瞬間同じ人物を見たという事実が残ったのだろう。
「浅間町さんと黄泉さんが見た人物が同じだという所に合点がいかない。
二人は元々同じ人物に嫌がらせでもされていたのか?」
「それは・・・」
千鶴が言いよどむ。
師匠がため息をつくと「私は邪魔者なようだね」と外に出てゆく。
「・・・ああ。見える。あの男に。これが、呪い」
「理性が保てなくなったら言ってくれ、これ以上は怪我をしたくない」
「・・・ええ」
意思疎通は出来ているらしい。
千鶴は目をそらしながら語る。
「その男は・・・先輩と始めてあった場所にいました」
布団に蹲る。
「私と八重先輩が始めて出会ったのは孤児院でした。
三歳の頃から一、二年間、私はある施設に預けられていました。
先輩は私より後にその施設へ来て」
布団を握り締める。
「ある職員に暴行を・・・受けていたのです。その施設の女子全員が。
せっ・・・性的な。それが、その犯人が男だ・・・」
震える指、唇から血が垂れる。
「先輩とは気が合って三、四人の女子グループで遊んでいました。
でも、その施設から何名か引き取り手が現れて上級生の女子の数が
減りました。その頃からその下種の矛先が私たちに向いた。」
「・・・」
「私達のグループのだれかが選ばれたとき、私達を庇っていつも
八重先輩が連れて行かれました。
滑稽でしょう、それを選ぶ為に私達女子は“かごめかごめ”で
決めていたんですから」
頭を掻き毟り涙を零す。
その彼女にかける言葉は見当たらない。
「ある日、ソイツは捕まりました。何でかはわからない。でも捕まった。
そして結果的に組織は崩壊した。私達は離れ離れになりました。
私は十六歳となり孤児院を離れ今は助成を受けながら一人暮らしをしてます。
八重先輩と再会したのは外部の音楽サークルで・・・」
苦しそうな表情、思い出を思い出すこと胸の痛みが増すのだろう。
「先輩は、忘れていた。新たな家族に囲まれていて。正直嫉妬しました。
でも、全てを救ってくれた。助けてくれた先輩だからこそ今こそ報われた
幸せがあるんだって、そう思った。だから私もその手伝いを少しでも
出来ればと思って、こんな無価値な私でも先輩の役に立てればと思って
先輩のしたいこと全てしたのに・・・こんな、結末・・・」
本当に苦しそうに、一つ一つ吐き出すように話す。
「君は、この男が犯人だと思っているのか」
「それ以外にないでしょう」
「君は、この男を殺そうとしているのか」
「それ以外にないでしょう」
虚ろな目。
バサバサになった髪をゆらりと揺らす。
その所作はまるで幽霊のよう。
「そうか」
僕は彼女をどうしたいのだろうか。
彼女は僕の役に立つのだろうか。
少なくとも死者からの呪いというケースからは程遠い。
――違う。
放っておいても彼女は男を見つけ出す、それが本物であろうとなかろうと。
――目の前に呪いがある。だから助ける。
ソイツを彼女が殺せば「篭目」の呪いは満了するだろう。
――それでいいじゃないか。
いつからこんなに慈悲深くになった?
――いつからこんなに冷酷になった?
「・・・」
沈黙。
相反する思考が僕の脳裏をかき乱す。
そうだ、僕は過去のトラウマから他者になるべく関わるまいと決めていたじゃないか。
自身の目的のためだけに。それでいいじゃないか。
うん、今回もそうすべきだ。
でも僕の心底に残る人間性が勝手にのたまっているだけだ。
「浅間町さん」
さぁ、放り投げてしまおう。
いつもどおり。
「施設の名前を教えてくれるかな」
############################
「終わったのかい」
「ええ」
扉を開けると師匠が煙管片手に此方を見る。
「へえ」
「何ですか」
「何でもないさ」
僕は鬱陶しくにやける師匠を無視し道を行く。
「おぉい。君の家はあっちだろう」
「いいんです、こっちで」
「タニシ君はツンデレだねえ」
誰がツンデレか。
僕は僕の成すべきと思ったことをしているだけである。
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