7.ストーカーの正体

午前一時半。

千鶴のアパート近くに僕らは到着した。

住宅街の真ん中にある簡素なアパート。

しんとした中アイドリングストップなど考えたことはないであろう

師匠はブロブロと車体を揺らす。


「ということがありまして」

「それ、私に言っちゃいけないだろう」


千鶴と別れ二人の車内で暴露する。


「まったく、秘密を守る気もないとは・・・君は本当にどうしようも

ない男だな」

「それほどでも」

「褒めてないぞ」


冥府の後姿を見る。


「彼女、「篭目」の呪いはまだ・・・。それにもう一つ・・・

彼女が呪っているみたいです」

「呪っている?私達を?」

「いえ、僕達は呪われていません」


悪意の先は、見えない。

天を登る靄は空へと続く。

これは、僕にだけ見える世界。

暗い暗い空の中、見上げると一際真っ黒な、ぽっかりと開いた

穴が一つ。

穴なのか星なのか、あれは人々の悪意の塊であることだけはハッキリとわかった。

そこへと彼女の呪いは伸びている。

一体どこへと続いているのだろう。まるで祭りの出店のくじ引きのようだ。


「どうするんだい?これから」

「・・・ストーカーは千鶴も襲う可能性がありますよね」

「まさか」


ドアを開ける。


「立派なストーカー行為だぞ。それ」

「そうですね」


僕は歩く、夜道を一人。

呆れた師匠は楽し気な音をたてる車で帰ってしまった。

眠れない僕。

住宅街のごみ置き場で一人。


「・・・さむい」


############################


「ん・・・」


電柱の影に潜む僕は日が昇るに連れ増える通行人に

奇異な眼差しで見られていた。


「おっ」


アパートの一室からブレザーを姿の千鶴が出てくる。

耳を出していたボブカットが学校で目立たないためだろう、

肩まで下した髪で隠されている。


「あの制服・・・うちの高校じゃないか」


缶バッヂやステッカーでゴテゴテにデコられた鞄を背負う。

ぬいぐるみのキーホルダーがぶらぶらと揺れ、あそこまで揃うと

一つのファッションアイテムとして成立しているような気さえする。


「あ」


目があった、マズい。


「僕は目を逸らし電柱の影に隠れる」

「自身の情景描写を言葉に出して言う人は初めて見ましたね」


僕を見下す瞳。

軽蔑?否これは侮蔑だ。


「ハァ、ストーカーが君だったなんて、奇妙な話ですね」

「通報は勘弁してください」


僕は直角に折れ曲がった。

彼女は取り出した携帯電話を胸ポケットにしまう。


「大方、私も襲われないか見張っていたのでしょう。それくらいわかる」

「理解が早くて助かる、今から登校なら僕も後ろからついて行かせてもらおう」

「何故後ろを・・・一緒に行けばいいですから」

「会話が苦痛なんだ」


うわぁ、と本気で引いている目線を向けられる。

仕方ないだろう、まともな会話など師匠以外としたことが碌にない。

師匠との会話だって正直苦痛なのだ。

まだ数度しかあっていない者と「日常的な会話を行う」事など

僕にとっては山のように越えがたい事象だ。


学校までは僅か十分足らずの距離。

近づくにつれ同じ制服を着た者達が増える。


「タァーニシィー君。うええぇーい!」


背を叩かれる。

同じクラスの奴だ。

名前は・・・忘れた。


「・・・」


会釈。


「ギャハハハハ!今日もクマすっげえな!」


隣で数刻騒ぎ、彼は去っていった。

遠くから「今日もパンダ君絶不調」と聞こえる、やかましい僕は田螺だ。


「友人がいたんですね」


数メートル先から声が聞こえる。

あれが友人に見えたのか。

であれば千鶴の脳は何らかの致命的な欠陥があるのだろう。

そうでなければ嫌味だ。


・・・後者だな。


学校に到着すると彼女は一階の教室へと向かった。

上級生だったのか。


############################


一限目が終わり教室を出、彼女を観察する。

二限目、三限目、四限目、昼休み・・・。


結局一日中、彼女を監視していたが何の気配も感じられなかった。

だが、相変わらず彼女を取り巻く靄は健在だ。

このままでは、三年生の教室前でじいっと動かない僕を不審がる

生徒が増えるのみだ。


遂に下校時刻に達する、本日の収穫はなし。

寒くなってきたこの頃の気候、日の落ちるのも早い。


『もう九月、一年がたつのは早いねえ』

「そうだな」


彼女は自習のため図書室に二時間ほど籠っている。

僕は適当な本を選び彼女と対角線上の席で本をパラパラめくる。

すっかりと辺りは暗くなってしまっている。


彼女は席を立つ。

やっと帰るのか。


下校中も彼女に話しかけることはしない。

淡々と後ろを着いてゆく。

流石はストーカー慣れしていらっしゃる。

僕に対して何の感情もなく彼女は歩を進める。

薄暗い路地。

先に行く彼女は立ち止まる。


何だ?

道の先にはゴミ出しをしている飲食店の店員の姿。


「やっと、みつけた」


そのつぶやきを聞き逃さなかった。


彼女がポケットに手を突っ込む。

キラリと光る何か見える、マズい。刃物だ。


彼女の手をつかむ。


「何をするんですか」


目が据わっている。


「まて、あの人なのか?」

「あの下卑たれた笑み。私を見る気色の悪い瞳、間違いようがない」


店員の容姿は五十~六十近くの痩せた男性だ。

笑みどころか、忙しなくゴミ出しをし、汗を流し働いている。


「浅間町さん、あの男の容姿を言ってみてくれ」

「は?どう見ても薄い頭の太った男でしょう」


やはり。

僕は彼女の頭に取り巻く靄を見る。


「「篭目」の呪い、か」

「何を・・・」


彼女の手を引く。

アパートまで真っ直ぐに。


「まって、まちなさい!“あそこにも”あの男が!」


話を聞かずに手を引っぱる。

彼女のアパートにたどり着く。


「なんの、つもりなんですか。ようやくアイツを見つけたというのに」

「浅間町さんを大量殺人犯にしたくはなかったから、かな」

「言っている意味が・・・」

「これから起こることに対してどうか冷静でいてほしい」


彼女にアパートの部屋を開けるように促す。

僕は部屋の中に入り、灯りをつけさせる。


「お前は・・・!」


千鶴の血相が変わる。

やはりそうか。


「落ち着いてくれ僕だ」

「うるさい・・・」


彼女はポケットから取り出す。

カッター。


「うるさいうるさい!お前はまたそうして私達を!!」


手に握られたカッターナイフ。


「僕だ、田螺涙だ。しっかりしろ」

「お前が!亀無先輩を!」


カッターナイフが僕の腹に突き刺さる。


「ぎっ」


痛い、痛い!痛い!!

思っていた数倍痛い。


血が滴る。

フローリングが僕から流れ出る血でべったりだ。


「はぁっ・・・はぁっ・・・」


千鶴の頭をつかむ。


「落ち着け、僕は、田螺だ」

「ふーっ!ふーっ!」


興奮した彼女はカッターナイフを引き抜くともう一度僕の太ももに

振り下ろす。


「うぐっ」


肉を裂くカッターナイフ。

これ以上はマズい。


「黄泉は死んだんだ」

「お前が殺したんだろ!」

「そうだ、僕が殺した」

「じゃあ、なんでお前が生きているんだ!」


また引き抜かれるナイフ。

血がどくどくと滴り落ちる。

痛みで意識が飛びそうだ。


ふらつく身体、体制が崩れ倒れる。

ああ、少しくらいなら大丈夫と思ったけど、漫画の読み過ぎだったらしい。

喋ることもままならない程痛みに思考が奪われる。


「やめろ!私も先輩みたいに汚すのか!」


下から声が聞こえる。

あれ、押し倒していたのか。


「ああ、死にたくないな。ひと・・・み」

「どけ!汚らわしい!」


声がだんだん遠くに聞こえる。


「だめ、だ!」


今眠ってしまったら今度こそ瞳を失ってしまうかもしれない。

自身を奮い立たせる。

騒がしい千鶴に頭突きをする。


「よく、みろ」

「ハッ・・・はっ・・・君は・・・」


今度は千鶴の方が意識を失ってしまった。


「・・・救急セット、借りるか」


何とか立ち上がり、僕は部屋の物色を始めた。

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