6.葬儀 

「ああ!八重先輩!!あああああ!!!!」


悲痛な泣き声が響く。

棺の前で泣き崩れる冥府。

取り乱す彼女を止める者は誰もいない。


僕が退院して二日目。

師匠の車で三重県の片田舎まで来ていた。


「ああ、ああぁああ・・・」


鷺原さぎはら八重やえ

僕の知るところの黄泉輪廻の葬式。

棺が霊柩車に積まれる。


「可哀想にねえ」

「お気の毒に」


彼女は多くの人間に慕われていたのだろう。

同情の声や悔やむ声が聞こえる。


「だからあんな活動やめろといったのだ!」


そんな中に怒りの声が混ざる。


「あんな目立つ、顔を売るようなうっ・・・うっ」

「お義父さん、もう・・・」


先ほど、喪主として挨拶していた男だ。

八重が養子であることを話し、それでも、わが子のように愛情を注いだ

事がその言葉と悔やみきれない表情から伝わった。


霊柩車はクラクションを鳴らしながら葬儀場から出発する。


「タニシ君は葬式は初めてだったのかい?」

「そうですね」


師匠に葬儀場裏手の喫煙所へ行こうと促され、僕もついてゆく。


「葬式って物はそれなりの意味があるんだ。霊的にって意味じゃない

君は嫌がるだろうから、そんな話はしないさ」


師匠が徐に小話を始めた。

胸ポケットから煙管を取り出す。

他の喫煙者はその異様さに驚きチラチラとこちらを見ている。


「残された遺族や友人の気持ちの整理という意味はもちろん大きい。

ただ、それ以上に生者と死者の境目の確認という点。これが重要なんだ」


桜の匂いが辺りを包む。

僕も胸ポケットの煙草に手が伸びそうになるが、師匠の前で吸えば

面倒な問答が漏れなく付いてくることが容易に想像できたため、ぐっと堪える。


「あの人は死んだ。もう二度と明日に現れることはなく、昨日の存在となる。

その境に立っていると言うことを確認する儀式こそが、残された者達を明日に進ませる」


師匠はチラリと僕の後ろを見た。


「でも、ずっと尾を引いてしまう者もいるでしょう」

「そうだね。関わりが強ければ強いほど。そういった者達がこの“思い出”を咀嚼し

想いかみ締めるきっかけにはなるだろう?だから葬式に出るということは重要な事なんだよ」


師匠は灰皿に灰を落とし、中腰になっていた腰をあげ、伸びる。


「さて、帰ろうか。また半日かけてのドライブだ」

「何故」

「うん?」

「師匠はこの葬式に来たのですか。それこそ、強い関わりもなかったでしょう」

「馬鹿だね君は。一度かかわった時点で私にとっては、もうそれは人生の一部なんだ。

だから私に関わった者の葬式は全て出席するようにしているよ。

それに君だって、彼女の事に一区切りおきたいはずだ」

「・・・そうやって尤もらしい事を言ってはぐらかすのは師匠の悪い癖だと思いますよ」

「おや、バレてたか。まぁ何にせよ、来る事に意味があるのさ」


喫煙所を出、葬儀場の表口を通り抜けようとすると、見覚えのある影。

冥府だ。

あれ以降、彼女とは話せていない。


「・・・」


彼女の姿を見て、ほらね意味はあったろうと小声で師匠が言う。


「君も今から帰りかい?」


飄々と尋ねる師匠の声に彼女は反応しない。

ただじっとこちらを見つめるだけ。


「八重先輩はアンタ達のせいで死んだんじゃないですか」


ぼそり、と恨めしそうに呟く言葉。

曇った瞳が此方をじいっと見つめる。


「一緒に帰ろうか。どうせ電車だろう?」

「結構です、私はもう生きる、意味すら・・・」

「行こうか」


師匠は冥府の肩を抱く。


「ちょっと、止めてください」

「ん~?いいからいいから」


先ほどまでの邪気は払われ、いやそうな表情をする冥府。

琴々閑雲とはそういう女だ。

依頼者に必要以上に寄り添って、依頼以上のことまで成そうとする。


############################


「警察は本件を事件性ありとして捜査しているそうだね」

「ええ、僕の家にも来ましたね。珍しく」


助席に乗り込もうとする師匠に頭をはたかれる。

君は後ろだ、とアイコンタクト。

はいはい、と僕は後部座席を開ける。相も変わらずゴミやら雑誌で酷い惨状だ。


「さて、冥府君」

「・・・浅間町」

「ん?」

「浅間町 千鶴、本名です。もう冥府 転輪の名は・・・」

「そうか、それは察しが悪かったね。すまない」


改造マフラーが音を立てる。

僕は雑誌を手に取り中身を眺める。

会話に割って入れるほどのコミュニケーション能力などないのだ。


「ではチヅル君と改めて呼ばせてもらおうか。彼女が死んだのは

私達のせいだと言うのは?」

「・・・ただの逆恨みだってわかっています。でも先輩が死んだ以上

もう私は“それ”以外で生きる術がわからないんです」


千鶴の周りに漂う黒い靄。

僕達を呪おうとしている妖気だろうか。


「そう、か・・・。私達を恨みたければ存分に恨んでくれ。それだけの事をして

しまったとは思っているよ。」


耳が痛い。

ここは沈黙に徹しよう。

僕だって責任も感じるしショックにも思っているのだ。


「・・・はい。琴々さん。後ろのアイツも恨みます。

もし何かが、何かの歯車さえあっていれば先輩は助かっていた筈だと」


それは違う。

僕の力不足と言ってしまえばそれまでだが、おそらくどの様な呪術師だろうと

あの世界の悪意ともいえよう「呪い」を見たのなら・・・。

やめよう、考えても詮無いことだ。

それにしても、すぐ傍にいると言うのにアイツよばわりは如何なものだろうか。


車は高速道路に乗る。

風を切る音とマフラーの音で室内は満たされる。


「犯人が見つかったとして、君はどうする」


師匠の言葉に返事はない。


############################


三時間、師匠と千鶴は取り留めのない話をぽつぽつとした程度で

殆どの時間はマフラーがけたたましく吼える音のみの空間と化した。


パーキングエリアに車はつく。

師匠は顔を赤らめながら「花を摘んでくるよ、タニシくん」と言う。

不思議そうな顔をするとやれやれと言い「トイレだ」と小声で付け加えて車を去る。


「・・・」

「・・・」


ファッション誌と雑誌をあらかた読み終えてしまった。


『もう本、読まないの?』

「ああ、もう何も」

「・・・何ですか?」


しまった、いつもの癖が出てしまった。


「あ・・・いや。何も」

「・・・そうですか。」


どうも苦手だ。

焼肉の一件で見せた彼女の異性に対する威圧的な態度が苦手なのだ。

思い返せば僕だけではなく教授に対してもいやにとげとげしい対応を

していた。


・・・なかなか師匠が戻ってこない。

適当な理由をつけて売店でも見に行こうか。


「・・・田螺」

「はい」


ドアに手をかけた瞬間に名を呼ばれビクリと体が強張る。


「君、呪いが見えるって言っていたでしょう」

「ええ、はぁ。まぁ」


しどろもどろの返事。

苦手意識プラス人見知りが暴走し碌な会話が出来ない。


「・・・私に雇われませんか」

「え?」

「私は先輩を殺した犯人を見つけたい、大方のアテはありますが・・・」

「警察が先に見つけるんじゃ」

「この情報は警察には話してませんから」

「それって・・・」


僕は考える、彼女はまさか復讐を考えているのか?

であればこの依頼を請けてしまえば、最悪犯人が彼女の手によって・・・。


「嫌だ」

「何故、ですか」


冷ややかな声。

鼓動が早くなる、彼女から溢れる真っ黒な邪気が溢れているから。


「浅間町・・・さん。アンタは殺す気だろう。その・・・犯人を」

「ええ、それの何が問題なんですか?」


ああ、最悪だ。

この悪意は今イエスと言わなければ僕をも殺そうと、本気で考えている

そんな臭いがする。


「殺人に協力は出来ない」

「ふぅん」


靄が僕を捕らえる。

ああ、これはマズい。


「でも、協力はする」

「・・・言っている意味がわかりませんね」

「殺人の協力はしない、でもアンタの呪いを何とかする。黄泉さんからの依頼も

僕の中では継続中だ」


何故なら彼女を取り巻く靄は何一つ解決していないから。


「・・・そうですか」


千鶴は紙を渡してくる。


「番号、あの人には内密にしておいてくださいね」

「・・・」


電話番号の書かれた紙を渡される。

申し訳ない、僕は携帯をもっていないんだ。などと口が裂けてもいえる状況ではない。


「トイレが混んでてね、いや参ったよ」などと言いながら師匠が車に乗り込み

二人に肉まんを渡す。

またマフラーが轟く、あと三時間。

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