信頼の三

真花

信頼の三

 拉致は懇切丁寧だった。

 最終調整を終えて家に帰る途中、すーっと車が四台俺を取り囲んだ。前後左右でバリケートを作る形で、無理をすれば突破出来たのは間違いないのだが明後日の試合の前に怪我をするリスクを冒したくなかったのと、事態の異常さに妙な動きをすると危険があると考えて、立ち尽くした。

 右に停まった車のドアが開きスーツ姿の男が出て来て深々と一礼した。

「日高栄八選手で間違いありませんか?」

「そうだけど、何なんですか?」

「日高選手には何の非もございません。当方の都合で、拉致させて頂きます」

 その男の言葉に示し合わせたように他の車から三人の男が出て来て、銃を構えた。銃など初めて見るが映画やニュースで見る限り、彼等が手に持っているものは銃と判断して対応することが必要だと思った。

「皆まで言わせて頂きます。抵抗されれば選手生命はここで終わります。命までは取りません。如何されますか?」

 どうするもこうするもない。怪我をする訳にはいかない。それに撃たれたら死ぬ可能性だってある。

「抵抗はしない。でも、説明と保証をして欲しい」

「分かりました。それは道々させて頂きます。どうぞ車の中へ」

 男と横並びに車に乗り込んだ。明らかに高級で、スモークガラスで、運転席との間にも仕切りがあった。

 発進はとても滑らかだった。

「さて、説明と保証でしたね。そうですね、まずは何を保証したらいいでしょうか」

「家族の安全、それと明後日に試合に出ることだ」

 ふむ、と男は頷いた。

「ご家族の安全は保証します。また、試合までにこの拉致から解放することも保証します。ただし」

 言葉を切った男の顔は、愉悦の色を漂わせていた。

「無事なお体でその試合に臨めるかは、これから次第です」

 どういうことだ。

「これが説明にあたると考えられますが、日高選手にはこれからゲームに参加して頂きます。ちょっと危険ですが誰でも出来るゲームです。数時間以内には終わります。そのゲームをクリア出来れば無事にご帰宅、そうでなければ暫く試合に出られない程度のお怪我をして頂きます」

「待ってくれ、怪我をする訳にはいかないんだ。不参加には出来ない……のだろうな」

「その通りです。参加は強制とさせて頂きます。つまり日高選手には数ヶ月分の選手生命を賭けて、ゲームに臨んで頂くという訳です」

 勝てば無事。負ければ明後日の試合には出られない。そういうことか。

「逆に俺が勝ったら何かいいことはあるのか?」

 男はピクッと全身で反応してから、思い切り笑った。その姿に呆気に取られた。

「状況を飲み込んで尚そのようなことを仰るとは、流石日本代表キャプテンは器が違いますな」

 くるりとこっちを向き、ギラギラした目で覗き込んで来た。

「無事に帰れる。それだけです」

 喋っている間にも車はぐんぐん進む。既にどの辺りを走っているのか分からなかった。

「どうして俺がそのゲームに参加しなくちゃいけないんだ」

「ご不明な点は可能な限り全てお伝えするのが私の主義ですが、他言無用、これだけは守って下さい。もし漏らした場合は、分かりますね?」

 こんな速かな手筈で大人を誘拐出来る組織だ、何をして来てもおかしくない。

「どうしましょうか。聞きますか? やめておきますか?」

 だとしたらむしろ情報を多く手に入れた方がいい。知らずの不安より、知っての不安の方が性に合ってる。

「教えてくれ」

「承りました。明後日のバレーボールの試合は、賭けの対象になっています。一般の方々とは異なる客層、大体想像はつくとは思いますが、動く金額が半端ではありません。ベットの締め切りは今夜の十二時、今日のゲームが終わって数時間後です。日本代表のキャプテンにしてセッターの日高選手が突然の怪我で不出場となれば、日本の負けは確実です。逆に日高選手が出場する場合を現在の賭け率から見ると、一対八で日本が勝つ方にベットが偏っています。もうお分かりですね。ゲームの結果次第で試合の勝敗がほぼ決まるのです。私どもが日高選手を拉致させて頂いているのは、その情報を独占するという目的です。ゲームの結果によってはその情報を売らせて頂き、私どもも勝ちの濃い勝負をさせて頂きます」

 つまり、変則的な八百長を作り出すということか。まあ、そこまで高く評価されたのは悪くないが、それで我が身に災難が降りかかっているのだから、やっぱりよくない。でも待てよ。

「だったら、とっとと俺に怪我を負わせればいいじゃないか。悠長なゲームなんてしなくても結果は手に入るだろ?」

「それも一理あります。ですが、それではただの襲撃です。もちろん、時間まで監禁しておけば同じ効果を生むことは出来ますけど、そこに日高選手の関与がないので恨みばかりになってしまいます。出来る限りフェアに。そのためにゲームに参加して頂くのです。……というのが建前です」

「建前?」

 ふふ、と男は笑った。

「そこも聞きますか?」

「ここまで来たら、全部頼む」

「ええ、建前です。本音のところは、ゲーム自体が別の賭けになっているのです。特別な方々に参加頂き、その様を覗いて頂きます。まあ、ディナーショーのようなものです。ゲームの賭けに勝とうと負けようと、試合の方の賭けの情報は手に入る、という趣向です。世間的な立場も価値もある方がゲームでどんな顔をするのか、興味がある訳です。さらに」

 咳払い。

「これも八百長しようと画策しています。私を信じるかどうかはお任せしますが、答えは三です。日高選手の背番号です。いいですか、三です」

 何の答えか分からないが、曖昧に返事をした。拉致しといて信じるもあったものじゃない。

「では、後は時間節約のためにルールを説明します」

「質問したいのだが」

「以後は質問は受け付けません」

 八百長と組んだ場合は俺はどうなるのか。

「日高選手はこの後小部屋が連なっている場所に連れて行かれます。そこで、選択肢形式の問題と、課題を選択して実際にやって頂く問題が出題されていきます。正解なら次の小部屋に進むという段取りになっています。制限時間は各部屋十分で、残り一分からアナウンスが入ります。時間切れは負けです。勝利条件は全ての部屋を突破することです」

 やるのは俺一人なのか。お手つきはありなのか。早く突破するといいことがあるのか。その課題の途中で怪我はしないのか。死なないのか。三って何なんだ。

 俺の胸中を察したように男が目を細めた。

「質問は受け付けません」

 それっきり黙ってしまった。

 しかし車はすぐに停まった。俺は目隠しとイヤーマフをされ、手錠をかけられ車から降ろされた。


 拘束系のものを全て外された後、あの男が最後に「開始の合図がほどなくあります、ご健闘を」と挨拶をして部屋を出て行った。自分の他には誰も居ない。

 十六畳くらいの部屋は天井から床まで全て真っ赤だ。天井にカメラが四台もある。

「日高選手、これより第一問」

 ぐ、っと身構える。

「正面の壁に問題が書いてあるので解きなさい」

 言わないのかよ、思いながら壁に急ぐ。


 バレーボール日本代表のセッターの名からついた現在の日本代表の異名は?

 一、ロッキー山脈

 二、アルプス山脈

 三、日高山脈


 サービス問題じゃなければファンイベントだ。迷わず三。

「正解、次の部屋へどうぞ」

 次は青い部屋。空の青ではなくてもっと深海に迫るような青。壁を見る。


 ドラえもんを描いたのは?

 一、手塚治虫

 二、赤塚不二夫

 三、藤子不二雄


 ふじお、ふじおは覚えている。どっちだ。俺の直感は二の赤塚と言っている。が、三、八百長の三、さっきの問題は三だった。……やっぱり三にしよう。

「三で」

「正解、次の部屋へどうぞ」

 三だった。危なかった。自分の直感に従っていたら二問目でゲームオーバーだった。やっぱり八百長は成立しているのかも知れない。

 次の部屋は白と黒、テキスタイルな感じ。また壁を見ろとのこと。


 ピアノは何鍵?

 一、五十六

 二、七十二

 三、八十八

 四、百四


 ピアノなんて弾いたこともない。鍵(かぎ)って何だ。数の多さからするとあの白と黒の弾くところだよな。何気に選択肢の数が増えてる。この後もっと増えてくってことか。これはもう分からん。勘で行くよりは、八百長で行った方が勝てそうだ。

「三で」

「正解、次の部屋へどうぞ」

 八百長は効いている。あの男は俺が突破するという方に賭けて儲けるつもりなんだ。

 次の部屋は緑が基調でシック。


 次の中で最も点数が高いのは? 左から何番目かで答えなさい。

 清一色 七対子 清老頭 三槓子 平和 断么 混老頭 面前自摸 二盃口 嶺上開花 三色同刻 一気通貫 混一色


 これは麻雀だ。流石に分かる。清老頭だけ役満だ。

「三番目」

「正解、次の部屋へどうぞ」

 これも三だった。完全に八百長ライフだ。いいぞ、これなら怪我もなく帰れる。そうか、あの男が俺をこういう風な状況に置いて、八百長に巻き込んだのはそうすれば彼は自分の職務を全うしながら罪悪感を感じずに、しかも賭けて儲けることが出来る、そういうことなんだ。丁重さもそれ故だ。

 次の部屋に入ると、正面に三つの扉。

 その中から感じる気配は間違いなく獣のものだ。

 このまま行けば余裕で帰れると思っていたところに、いきなり命がけがやって来た。

「三つの扉を一つ選んで、その中に居るものを倒しなさい」

 扉には左から順に一、二、三、と番号が振ってある。失敗すれば死ぬと予感させる程の威圧感。

 これは賭けだ。自分の気配を読む力と、勘と、それとも八百長と、どれを信じるかの賭けだ。勘は真ん中を言っているが、気配の読みと八百長は右端の三を言っている。ならば。

 右端のドアを開けようとする。開かない。

「ただ今ロックを解除します」

 それもそうか。

 シュゥィーン。緊張が高まる。逃げれるような構えを取りながら、そっと開ける。

 中には、張子の虎がちょこんと置いてある。

 それだけ? この気配は何なんだ?

 虎の置物の所に向かおうとしてふと左を見ると鉄格子になっている。

 間違いなく本物のヒョウが居る。その向こうにはライオンが居る。

 生身の獣の匂い。もし、あっちのドアを開けていたら、多分、死んでた。

 虎をコテンと倒す。

 鉄格子があっても、ヒョウにライオンに気付かれたくない、そろそろ、と端に寄る。

「クリアです、次の部屋へどうぞ」

 失敗したら怪我では済まない、本気なのだ。だから、平和的な問題でミスった場合もしっかり怪我をさせられるだろう。そして、三、最強の三。利害関係は一致した。これからも間違いなく三で行こう。

 次はベージュの部屋。まだ後ろにヒョウの気配が残っていて、心臓がバクバクする。再び壁の紙に問題が書いてある。


 マシンガンのように解釈をするのは?

 一、対象関係論

 二、ユング派

 三、クライン派


 知らねーよ。何のテーマで問題出してるかすら分からない。マシンガンのように、だから銃の話ではないのだろうけど、解釈って何だよ。何かを理解するのをマシンガンみたいにするってそもそも設定に無理があるだろ。しかも一個目だけ論で後が派ってのも分からない。そういう所統一しなくていいの? これは勘もクソもない。でも俺には三がある。

「三」

「正解、次の部屋へどうぞ」

 紫色の部屋。不安定な気持ちになりやすいと昔誰かが言ってたけど、最強のお守りを持っている俺には関係ない。

「運試しです。三枚のカードから一枚を引いて下さい。当たりが出れば突破です。尚、一は八十パーセント、二は十五パーセント、三は五パーセントの確率で当たりが入ってます」

 一の八十パーセントが罠だということはここまで来た者なら皆分かるだろう。それで二択。言われた確率は無視するしかない。まあ、考えても分からない。でも俺は答えを知っている。

「三で」

「正解、次の部屋へどうぞ」

 黄色の部屋。部屋の雰囲気を変えるのに意味はあるのだろうか。壁に問題。


 新宿の通行人百人に訊きました。今日の昼食多数派は?

 一、ハンバーガー

 二、牛丼

 三、カレー


 間違いなく時間帯とか季節で変わるでしょ、答え。新宿のどこかも大きな差だ。つまり、全く解くためのヒントはない。

「三」

「正解、次の部屋にどうぞ」

 三、完璧だ。ずっと三で来て、もう何だって三と答えておけば無事だ。八百長万歳。

 千鳥格子が赤と白、図案が小さめなので目がチカチカする。

「読み上げます。問題。私の好きな犬種は? 一、ブルドッグ。二、チワワ。三、ダックスフンド」

 最早クイズですらないだろ。答えなんていくらでも変えることが出来るような質問。それは同時に三の効力を証明している。終局は近いんじゃないか。俺は生還する。この三の印籠と共に。

「三」

「正解、次の部屋へどうぞ」

 真っ白な部屋。

「最後の問題です。部屋の正面に数学の問題があります。それを解いて下さい」

 スポーツ選手が数学が苦手だと思っているのか。俺は高校時代は数学で学年二位をキープしていた。よっぽど大学でやるような問題でなければ俺を困らせることは出来ない。そして何より、どうせ答えは三だ。

 自分への自信と八百長の中に居るという安心、そしてその八百長が証明してきたその確かさ、悠々とした気持ちで問題に向かう。

 壁には、


 1+1=


 とだけ書いてあった。

 二だろ。1+1は、二。人生最初に覚える計算だ。簡単だ。

 だけど、三じゃない。

 答えは三でなくてはいけない。ずっと三だ。八百長は三だ。

 選択肢を見落としているのではないかと周囲を探すがそんなものはない。

 三じゃない。どういうことだ。ここに来て裏切られたのか? 八百長がバレて問題が差し替えになったのか? だとしたらもっと難しい、さっきまでのような問題になる筈だ。差し替えは考え辛い。では最初から最後の問題はこう言いう風にすると計画されていたのか。

 もう一度問題を見る。どう計算しても三にはならない。

 この部屋の連続の途中から、俺は三と八百長に命を預けていた。そしてそれはずっと結果を出し続けた。だから、最後も三の筈なのだ。三でなくてはおかしいのだ。

 でも式は二だ。この矛盾をどう説明すればいい。式の答えは二なのに、俺が生き抜くための答えは三なのだ。そして問題を解かなくてはならない。俺はあの男を裏切ってまで三を捨てて二と答えるのか、それとも自分の数学の力を信じて、二と答えるのか、その逆か。考えろ、今の命題は、一番達成しなくてはいけないことは、ここから無事に生還することだ。そのためにはこの問題を解かなくてはならない。俺は今八百長の中に居る、そしてその効力は俺をこの場所に立たせている。八百長は常に三とすることで生還を約束するというもの。しかし、目の前の問題は二にしかならない。これより簡単な式は存在しない。絶対に答えは二なのだ。違ったら全ての数学を解き直さなければならないくらいに、基本的な問題だ。つまり、数理は二、学問的理論は二と言っている。社会的な答えは三だ。これはつまり、目の前の式の答えと信頼とどっちを取るかという問題だ。カラスも白い極道ならすぐに答えられるだろう。物理的な現実に囚われてもっと大切なものを忘れてはいけない。

 だから答えは三だ。……本当に?

 だって1+1だよ? 絶対に三にはならないじゃないか。

 いやいやそれは分かってる。絶対に三にならないところを三と答えるのが信頼なのだ。ここまで生かしてくれたあの男の八百長がここに来て裏切るということは考えられない。俺は三を取る。

 でも、と、堂々巡りをするものの、少しずつ確実に三に近づいている。言わば今は2.9くらい。

「後一分です」

 焦りの粉を受けて、逆にすっと覚悟が決まった。と言ってもほぼ決まっていたのだけど。

「決まりました」

「どうぞ」

「三です」

「不正解です」

「え?」

 そんな訳がある筈ない。

「正解は何なんだ」

「二です」

「そんな筈は」

 アナウンスはもう応じない。扉が開き、あの男が入って来た。

 しかしどういう訳だと訊く訳にもいかない。八百長だし、部屋の様子は見られているし、質問は受け付けないし。

 男はにこにこしている。

「さ、こっちへきてください」

 やっと監視のない場所に着いたのか、ソファーに向かい合わせに座ったら男が拍手をする。

「お見事でした。最後の三、あれはなかなか選べるものじゃありません」

「でもそれで俺は負けた。この後、怪我をさせられるんだろう」

「もし途中で別の形で負けていたら、そうでした。ですが、あの形の終わり方だけは別です」

 希望があるのかないのか早くはっきりさせて欲しい。

「あなたは目先の事実より信頼を取った。多くを賭けているあの状況でそれが出来たということは、常にそうだということです。試すようなことは今回限りです。深くお詫びします」

 間にあるテーブルに額が着かんとするくらい深く頭を下げる。

「あなたは日本チームの司令塔。もしも相手のチームの情報が今よりもずっと多くあったら、ぐっと勝てますか?」

「情報の質と量によるよ」

「最高の質、欲しいだけの量でどうでしょう」

「そしたら、ぐっと上がると思うけど、情報集めはチームでもやってるしこれ以上はないと思う」

 チッチッチ、男は人差し指を揺らす。

「我々の力があればそれが可能なのです。しかし入手方法が、正攻法ではないですので、表には出来ません。そこで秘密を守れる、信頼の置けるたった一人の要にのみそれを伝える、本人は試合でそれを活用するものの、驚異の冴え、とか、何かが乗り移った、とか言われても、その真実は永遠に秘密のまま。あなたは栄光を手に入れる、秘密と共に」

 生唾を飲み込みたかったが、からからで喉だけが動く。

「その資格があることが、証明されたのです。どうですか、明後日の試合の情報は今すぐにお渡し出来ますが」

 スポーツマンシップだとしても相手を研究するのはもう市民権を得ている。むしろ研究しない方がおかしい。日本代表はそこそこの強さだ。後一パーセント強ければトップ集団に入れる、そういう実感はある。しかしトッププロの世界での一パーセントは大きい。このままの戦力では、当代のチームはそこそこを抜け出せない。個の力では秀でている者も多い、恐らく、彼の言う通り、セッターの俺の能力の問題なのだ。俺があいつらに惨めな思いをさせている。悪魔に魂を売ったとしても強くなりたい、それを見透かしたような提案。もし結果が出なかった場合は俺の責任なのは変わらない。俺は一度八百長を信じた。信じ抜いた。これからすることは八百長ではない、情報の提供と言う。だとしたら。

「喉から手が出る程だけど、一つ質問に答えて欲しい」

「特別にいいでしょう」

「それをして、お前達に何のメリットがある。賭けを操作出来るとは思えない」

 くっくっく、と男は最初に見せた愉悦を倍掛けにしたような顔になる。

「本当はこれがプランAなんです。賭けとかはBとかC、おまけです。お金が儲かるとか言うのは他人を説得するときには便利なものです。しかし、スポーツが金儲けばかりではないように、お金以外の理由こそが本当に人を強く動かすのではないでしょうか。私達はあなたを試した。それは、日本代表を強くするためにあなたが投資することに資しているかどうかを測るため。私のボスは、日本代表を応援しています。しかし表立っては応援することは出来ませんし、実効力のある応援をしたいと望まれました。今回の賭けで儲けたお金は全て諜報活動の資金となります。もうあなたは断らないと確信しています。世界を獲って下さい」

 選択肢は一つしかない。

「分かりました、やります」


 二日後の試合を皮切りにバレーボール日本代表は破竹の勢いで勝ち星を重ねていった。特にセッター日高の冴えが神懸かっているともっぱらの評判だ。しかし、チームメイトは言う、確かに冴えもあるが何かを乗り越えたかのように日高の肚が座った、強い芯と言うか信念と言うかに裏打ちされているようで、以前もそうだったがさらに比べ物にならないくらいの信頼を感じる。その背番号三は、信頼の三だ。



(了)

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