第7話
アサマは葉月の家まで来た。今は違うが、もともとはアサマの家でもある。葉月は何かぶつぶつと文句を言いながらサーバを稼働させている。複数の小さなモニタが各自の機能を果たし、情報を表示している。
「絶対シンジさんは殺しておいた方がよかったです。私が報復されちゃいます」
「シンジくんは謝ったから、殺さない」
「謝った? いつですか?」
「ぶつかった時」
「……?」
怜子にぶつかった時である。シンジくんは誠意をもって謝罪し、怜子を助け起こした。怜子にぶつかった者のうち、謝った者は殺してはいけない。謝らなかった者は報いを受けなければいけない。繁在家は謝らなかった。どころか、わざとぶつかった。
だから怜子に二度と会えないようにする。この世から除く。
怜子の世界から不届き者を排除すること。それだけがアサマの生きがいである。
「あ。やっぱり発信機がついています。繁在家さんはこの場所です」
「お前がつけたのか」
「サブローかシローだと思います。どっち?」
葉月が人形たちに尋ねる。サブローが手、いや前脚を挙げた。サブローとシローというのは、葉月の蜘蛛型自動人形である。シンジくんがターゲットの繁在家を連れて地下室に逃げた際、追撃したのがこの二体である。他にイチローとジローがいる。イチローはバッテリー切れで動かない。ジローは大破した。サブローとシローは、地下室に閉じ込められていただけなので無傷であった。
「でかしたサブロー」
「あ。いや違います。私です。私がつけました」
葉月が慌てて言い直した。明らかに嘘をついている時の顔だ。
「嘘をつくな」
「サブローの手柄は私の手柄です!」
「見下げ果てた指揮官だ」
「そんなぁ……」
誰の手柄かは重要ではない。重要なのは繁在家という糞野郎が今どこにいるかである。何としても轢き潰さなければならない。アサマの使命である。場所は判明した。アサマはすぐに移動を開始した。
何故か葉月もついて来ている。
「なんでお前が来る」
「元々その繁在家さんを暗殺するのが私の仕事です」
「暗殺業務なんかやってんのか。儲からないぞ」
「やっぱりそうなんですかね……」
「だから大学行けって」
「やです。勉強嫌いです」
葉月は頑なに進学を拒否する。怜子のような尊い少女のためならともかく、はした金のために人を殺すなんて馬鹿げている。勉強してマトモな価値観を身に着けるべきだ。アサマは葉月にマトモな教育を施した筈なのに、どうしてこんな変な女に育ったのか。全く見当がつかない。
アサマさんの家に連れて行ってもらえることになった。葉月は嬉しくてにやにやが止まらない。「どうせ住所は知っているんだろ」と問われて、元気よく「はい!」と答えた。軍用人形を駆使したストーキング行為によって発見してある。
地下鉄が便利らしいので駅に向かった。アサマさんと二人で地下鉄に乗るなんて久しぶりである。葉月は自動改札機にすらうきうきしている。駅のホームで降りる人たちを待って、電車に乗り込んだ。
「あ」
「ぬわっ」
嫌な相手に鉢合わせた。あ、がその男で、ぬわっ、が葉月である。アサマさんは顔を知らないみたいで、葉月の反応に首を傾げている。出くわしたのは、タイスケさんという傭兵である。葉月が殺した、ショーキチさんという傭兵の同僚で、かなり仲が良かったように見えた。恨まれているに違いない。タイスケさんは小さい女の子を連れている。繁在家さんが逃げる時に盾にしていた子だ。そう言えばこの子も連れて行かれていた。銃撃戦の中でずっと寝ていた図太い子である。
女の子は今は目が覚めたみたい。タイスケさんと一緒に長椅子に座っている。
「何してるんですか。その女の子をどうするんですか。拉致ですか」
会話で都合が悪くなりそうなら、何か言われる前に畳みかける。葉月の常套手段である。
「いや。帰り方が分からないみたいだから。送ることにした」
女の子は葉月の剣幕に怯えている。タイスケさんの袖を摘まんだ。
「ぬぅ……」
思ったよりずっと常識的な回答が返ってきたので困惑した。
「ショーキチをやったって?」
タイスケさんが尋ねる。
「う。知らないです。死ぬところは見ていないです」
葉月は必死で言い逃れようとした。アサマさんに後頭部をはたかれた。
「あだっ!」
「シンジくんの部下かな」
「そうです。タイスケといいます。アサマさんですか」
「うん。こいつが迷惑をかけてすまない。報復しておくかね?」
「しませんよ。金にならない」
「そうか」
葉月は会話を聞いて安堵した。仲良しに見えたけど、実はそんなに仲良くなかったのかも知れない。気を使って損をした。アサマさんを引っ張って二人で座ろうとして、引き戻された。頭を上から押さえつけられて、謝罪させられた。アサマさんは礼儀に厳しい。
「ごめんなさい、だ」
「ぐ。ごめんなさい」
「ははは。お構いなく」
屈辱である。業界歴一年未満の三下に頭を下げることになるとは。
「護衛は終わったのかね?」
「終わりました。後金も貰いました。場所は教えません」
「了解した」
会話はそれで終わった。
電車を降りた後は、アサマさんの家に行って、遠隔操作で繁在家さんを轢いた。
特に面白いこともなく、いつもの通りアサマさんが手際よくやっつけた。葉月はほとんど見ていなかった。葉月が見ていたのは、画面の端にずっと見えている女の子の様子である。アサマさんはずっとこの女の子のことを監視している。見た目からして明らかに十代前半である。葉月はこの少女に対して強いライバル意識を持っている。
「葉月。傭兵はもう辞めとけ。斜陽産業だぞ」
「シャヨー産業、って何ですか?」
「需要が無くなるってこと。あのな。なんで小規模傭兵が増えたか分かるか?」
「全然分かりません」
「マジかよ。教えたけどな」
「すみません……」
葉月はシュンとうな垂れた。アサマさんはたまに小難しい歴史の話を教えてくれるけど、葉月はほとんど憶えられない。技術的な話は好きだけど、歴史の話は苦手である。
「大地震とか、温暖化云々の異常気象が重なって大不況になったろ。そのせいで政府への信用が落ちた。そういう状況があったから、非合法な悪徳中小企業が乱立した。そこまでは分かるな?」
「?????? はい!」
「その乱立した悪徳中小が、自分の身を守ったり、逆に他の企業を襲撃したりするために、傭兵が必要になった。中小は大規模な傭兵を雇うほどの金がないから、小規模傭兵がブームになった」
「?????? 成程!」
葉月は元気よく返事した。みんなお金がないんだなってことは分かった。
「今はその不況から回復しつつある。悪徳中小もじき一掃される」
「良いことですね」
「そうだな。だから傭兵も不要になる」
「え。ダメじゃないですか」
「それが斜陽産業ってことだ。だからお前は大学に行って、職業選択の幅を広げろ」
「意味分かんないです」
「えぇ……? どこが分からなかった?」
アサマさんは困っているみたいだ。
葉月は徐々に怒っている。アサマさんは小難しい理屈を言っているけど、言いたいことはもっと単純の筈である。それを言ってほしい。いや言ってほしくないけど、嘘をつかれる方がずっと嫌だ。
「アサマさんが私を独立させたいのは、私が可愛くなくなったからですよね」
「いや。んん?」
「そっちの女の子の方が可愛いからですよね。私がロリじゃなくなったからですよね」
葉月は画面端の女の子を指さした。女の子はテレビを見ながら欠伸をしている。アサマさんには否定してほしい。そういうことではないと言って、葉月を納得させてほしい。そうすれば、大学に行ったっていい。
「ああ。うん。それも事実だけど」
「え」
「お前も十四歳までは可愛かった」
「じゅ、十四……」
思ったより早めに見限られていた。葉月は頭がクラクラする。
「それはそれとしてお前も独立するしかないだろ。俺ももう若くない」
「う」
「ん?」
葉月は立ち上がった。力いっぱいアサマさんを突き飛ばした。びくともしなかった。
「うるさい! 馬鹿! ロリコン!」
アサマさんは宥めるために葉月の頭に触ろうとしている。葉月は避けて、走って逃げた。
玄関で靴を履くためにもたもたした。
「口座は変えるなよ」
アサマさんが声をかける。
「忘れ物ないな。気を付けろよ」
「もうほっといてよ!」
靴は半分しか履けていないけど立ち上がった。
「誕生日は例の蜘蛛でいいか?」
「要らなっ…………大きいのがいいです」
「分かった」
「ばいばい!」
「おう。またな」
しまった。もう仲直りしてしまった。
またな、って言った時のアサマさんの優しい顔が目に焼き付いた。
葉月はやっぱり、アサマさんのことが大好きなのであった。
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数日後、葉月は相変わらず傭兵をやっている。他にお金の稼ぎ方を知らないのである。極悪人の繁在家さんを最短でやっつけたから、フェミおじさんには昇給賞与を期待している。
葉月がベッドでお菓子を食べていたら、電話がかかってきた。フェミおじさんである。
【先日はどうもご苦労でした】
「どうもです」
昇給は。賞与は。すぐに聞きたいけど我慢した。葉月でも我慢することはある。
【次の依頼をメールしましたのでご確認ください】
「え。あ。はい」
依頼の間隔が短すぎる。嫌な予感がする。もしかして、月額使い放題だと思われていないだろうか。期間内にできるだけたくさん戦わせた方がお得ということになる。仕事を早く済ませれば済ませるほどこき使われてしまう。長期契約が仇となった。
【では以上です】
「うえっ、え、あの、待ってください」
【何でしょうか】
「昇給とか、あるんですよね?」
我慢強い葉月にも我慢の限界がある。つい直接的に聞いてしまった。
【年末の査定で検討します】
「年末……」
【では以上です】
電話が切れた。年末まであと一年ぐらいある。あと一年ぐらい給料が変わらない。
愕然としながらもメールを確認した。
また暗殺任務。対象は、大手の傭兵である。全員がバイクに乗っているので有名な部隊。
「無理だよぉ……」
葉月は全部放り投げてふて寝した。
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怜子がバイクに轢かれそうになった。アサマが遠隔操作で止めなければ危なかった。
アサマは能面のような無表情を保っているが、血がふき出すぐらいに深く爪を噛んでいる。バイク野郎は複数で並走している。この連中は、過去に見覚えがあるような気がする。でもそれはどうでもいい。すぐに殺す。
怜子は父親に助け起こされた。流石に肝を冷やしたらしく父親に抱き付いている。
バイク野郎どもは謝らなかった。
アサマが遠隔制御を止めると同時に、再び走り出した。一時的な不調とでも思ったらしい。アサマはバイクと怜子が離れるのを待った。それほど時間はかからない。急激に速度を上げて遠ざかっている。アサマが速度を上げている。
充分離れてから、全員爆発させた。
「あ」
アサマはやってから思い出した。こいつらは傭兵である。
【アサマ、かぁ?】
一人生きていた。傭兵はタフである。アサマは外出の準備をする。
【なん、で】
「人にぶつかったら、謝るべきだ」
アサマは独り言で答える。今回は正確にはぶつかっていない。
でも、怜子を怖がらせた。そんな奴は死ぬべきだ。
勧善懲悪するストーカーと貧しい傭兵たち 紺野 明(コンノ アキラ) @hitsuji93
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