英国労働者恋愛記

神羽源次

『惜しき労働者の命と少女』

1920年代、中国に原子爆弾「ビックベンII」が投下され、第一次世界大戦が終結した。

主犯として、連合国側は中国に対し、16億ポンド相当の賠償を要求した。


この出来事を機に、英国政府は、16歳になった少年を国営工場で強制労働を強いる、いわば

『英国強国労働制度』を施行したのである。

この制度は、16歳の少年を問答無用で工場で働かせ、毎日10時間労働、月収は60ポンドと過酷な重労働なのである。


俺は、バッグス・ウェールズ。今日から、国営工場で強制労働を強いられる1人である。


俺は、今日から政府の命令で、国営軍工場のロンドン核兵器開発部に配属になった。

この開発部は、かなりトップの工場で他の所より強いられる事がキツイらしい。

俺の親友のフランク・スターロッドも一緒の開発部に入ることになった。強制労働でも、親友がいれば

乗り越えられるような気がした。


そんな事を言っている間に、俺らを乗せたトラックはロンドン核兵器開発部に着いた。

「ここが、ロンドン核兵器開発部の工場か…」

噂には聞いていたが、思った以上の規模に驚いている。

俺のその言葉にフランクが、

「ここで、俺ら働くのか…」

そうみたいだ。俺らが、唖然としていると門の中から、1人の軍服のガタイの良い男が出てきた。

すると、出てくるや否やその男はこう叫んだ。

「何をしているだ!全員、整列!」

すると隣からフランクが

「おい、バッグス、あの人を見てみろ!」

その言葉を聞いた俺が、その男の顔を確かめて見ると

「おい、まじか?マルクス大佐じゃないか!」

俺らは、驚いた。

そうこの男は、

英国海軍大佐 マルクス・ルーズベルトである。

マルクス大佐は、第一次世界大戦にて、中国を蹴散す際に、世界で始めて原子爆弾「ビッグベンII」を爆弾投下係として、投下した張本人である。

そのお方が、核兵器開発部で、総監督を務めているとは恐れ入った。


あれから、整列、点呼を済ませた後、核兵器開発部内の部署配属の発表があった。

俺は、爆弾外枠製造部

フランクは、核兵器合成設計部

に配属になった。

「爆弾外枠製造部かぁー。お前はどうだ?」

「俺は、核兵器合成設計部だぜ」

部署は別々になってしまったが、大丈夫だろう。


今日はとりあえず、国営軍工場労働者の寮に行き休む事にする。寮は、少し古びていて、床の板は踏むと、ギシギシと音がする。

寮の部屋は、一部屋2人で使う事になっている。

部屋の、ペアは自由なので勿論、フランクとペアになった。

部屋で一息ついていると、フランクが問いかけてきた

「バッグス、これから俺らどうなるんだ?」

そう、不安な気持ちを明かした。

「どうなるんだろうなぁー?上手くいけば、空軍とかに行けるんじゃないか?」

そう言うと、フランクは不安げに

「行けると良いな…」

俺は、不安なフランクの顔を見かねて、2人で外出する事にした。

「とりあえず、暮れてきたし飯でも行くか!」

そう言うと、フランクは暗い顔で浅く頷いた。


いつも、2人で行くパスタ店‘メリーウェール’へ向かった。

店に着き、いつものカウンター席に座った。

「何にする?」

「いたもの。コーラと、カルボナーラ」

これを頼むと言うことは、元気を取り戻したようだ。

「じゃあ、俺も同じので」

食べるものを決めると、フランクが

「なぁ、バッグス、言わなくて良いのか?」

急な問いかけに

「え?誰にさ?」

俺に、大事な事を伝えなければならない人が居ただろうか?

「アリスにだよ」

その言葉に、俺は一瞬焦った。

「そうだな…。せっかく来たんだしなぁ」

アリスは、この‘メリーウェール’の店主の娘であり俺の、幼馴染でもある。ちなみに、フランクも幼馴染である。

そんな話をしていると、アリスが注文した料理を持ってカウンターへ来た。

「いらっしゃい。はい、どうぞ、いつものね」

「ありがと。あ、良いよ、自分らで置くよ」

料理をカウンターに置くと、俺はアリスを呼び止めた

「アリス、あのさ、話があるんだ」

真剣な顔を見てアリスは、話の内容を見破った

「決まったのね…」

俺は、正直に話をした。

「うん、決まったんだ。核兵器開発部に配属になったんだ」

その言葉に、俺の隣に居たマッカード叔父さんが驚いた顔で

「お前さん、そりゃあ本当かね?お前さん等、核兵器開発部に入ると、行きて帰れんぞ!」

そう、言い忘れていたが、核兵器開発部に配属になった者が、過去に急遽、工場内の核爆弾誤爆事故で亡くなったと言う話を親父から聞いた事がある。

「叔父さん、それ本当かよ?」

フランクが焦りふためいた表情で聞いた。

「あぁ、本当だ。実際、俺の友人もそれで亡くなったんだ」

それを聞いた俺らの頭は、真っ白になった。

それを聞いたアリスは焦り気味に

「バッグス、死んでしまうかもしれないの?」

泣きそうなアリスの言葉に俺は

「うん。そうらしい。だけど、まだその状況になった訳じゃないんだし…」

その言葉にアリスは

「私が言っているのは、そう言う事じゃないの。私は、バックスと一緒に居たかったの」

そう言うとアリスは堪えた涙を零し、厨房裏へ行ってしまった。

アリスは、俺に何を伝えたかったのだろうか?

俺は、席を立ち親父さんに

「アリスは、二階ですか?」

そう聞くと、親父さんは頷き、俺に

「アリスは、もしかしたらバッグスの事好きなのかもなぁ」

親父さんの言葉に俺は、驚いた。

「それは、本当かい?」

そう言うと、親父さんは横に首を振り

「本当か、どうかは分からんが。それは、本人に聞かないと、分からないよ」

と言う言葉を後に、厨房裏の階段を上がりアリスの部屋へ向かう。

部屋の前で俺はドアをノックした。

「アリス?入るよ?」

ドア越しから、アリスが

「来ないで!」

だいぶ、怒っているようだ。

「さっきはごめん。俺が、悪かった」

すると、ドア越しから歩いてくる音がして、ドアが開いて目の前には、アリスが立っていた。

「バッグス、軍工場で本当に働くの?」

そう言うと、俺は頷き

「本当さ、俺だって軍工場で働くのは嫌だよ」

すると、いきなりアリスが俺を抱きしめて

「分かった。でも、死なないって約束して?」

「ああ、アリスのそばに居るよ。1人にはさせないよ」

そう言うと同時に、俺はアリスの頭を優しく撫で続けた。

俺は、その場の時間が止まっているような気がした。


抱きしめ合った後、アリスが笑顔で

「ねぇ?一緒にカルボナーラ食べよ?」

やっと、機嫌を取り戻したようだ。

俺はアリスをもう一度抱きしめ

「よっしゃ!食べるかー!」

そうして、一階に降りて、アリスとフランク、三人でカルボナーラを食べた。


外も、すっかり暗くなり、満腹になったので店を後にし、寮へ戻った。

帰り道、爪楊枝をしながらフランクが

「今日は、色々あったから疲れたぜー」

「そうだな。帰ったら、ひと風呂浴びるか!」

さりげない話をしながら、寮にて1日を終えた。



ー 翌日 ー



次の日、朝方6時に寮長の号令と共に起床した。

労働人の朝は、早い。

労働は、朝7時から夕方の5時の10時間労働だ。

休憩は、昼休みのみで、後の時間はひたすら作業を行う。

身支度を済ませ、朝食を食べた。今日の朝食は、レーズンパンと紅茶一杯。少し、豪華な朝食だった。


さて、準備を済ませ寮からバスに乗り軍工場へ向かう。

俺らが配属になった、核兵器開発部は、ロンドンの港にある。吹く風には、潮の匂いがして新鮮だ。


「次は、軍港前、軍港前。お降りの方は、乗車賃をご用意下さい」


30分程で、軍工場に着いた。やはり、この工場は変わらず大きい。

工場に着くと、門前で点呼をとった。


「じゃあ、5時に門前な」

「オッケー。じゃあな、頑張れよ!」

そう言い残しフランクと別れ、担当部署へ向かった。

7時になり、労働が始まる。

今日は、核爆弾の外枠の製造を行った。

噂に聞けば、次は、大日本帝国か、ドイツに落とすらしい。

今日のノルマは、3000個の外枠部品を製造しなければならない。

もし、ノルマを達成しなければ、処罰として1ヶ月の禁錮、又は、48時間の拷問の刑に処される。

実際、俺の親父も、工場部に入れられて、ノルマを達成出来ず、処罰を受けた末に亡くなった。


正午になり、工場内に昼休みのチャイムが鳴り響いた。工場内の食堂で、1人ピザを食べていると、

1人の少年が、俺の所へ来て

「おい、お前がバッグス・ウェールズか?」

と尋ねてきた。

「そうだけど?何か用?」

そう言うといきなり俺の顔を、少年が殴り掛かって来たのである。

俺は、その勢いで地面に頭を打ち倒れた。

「テメェ、身分が高いからって調子に乗ったんじゃねぇぞ!お前のせいで俺は…」

すると、俺が倒れている周りには野次馬が集まり何か話しているのが微かに見て取れた。


数十分後、騒ぎを聞きつけて来た監視兵にその少年は、連行された。

すると、その少年は、

「この、裏切り者め!死んでしまえ!」

そう言いながら、姿を消した。

辺りは、未だに騒然としていた。

すると向こうから、騒ぎを聞きつけたフランクが駆けつけ

「バッグス、大丈夫か?」

フランクは俺に問いかける

俺は、その言葉の後からは記憶を失っていた。


それから、目が覚め気付くと医務室のベッドの上に居た。

ゆっくり見渡すと、ベッドの右横にフランクとアリスが居た。

俺が、目を覚ましてホッとしたのか、安堵した様子だった。

「バッグス、やっと目を覚ましたか、大丈夫か?」

俺は、あの時何があったのか、フランクに聞いた。

「あいつは、ルナードだよ。知ってるだろ?」

「ルナード?」

ああ、あいつか。一瞬で思い当たった。


俺の家族の親戚ルナード・ウェーランドは、数十年前に一家破綻してしまい、いざこざも親戚の間で起こって、それから親戚関係は途絶えていた。

フランクによると、始業前にルナードがやって来て俺の担当部署を尋ねに来たらしい。

多分、いざこざの見返りに、犯行に及んだとフランクは言う。

「あいつ多分、重い処罰受けるんだろうな…」

自分自身、ルナードの事が心配になってきた。

でも、あいつは強いから大丈夫さ…


俺はベットから出て仕事に戻った。

「心配掛けてごめんよ、もう大丈夫!仕事行くよ」

そう言うと、アリスが

「無理したらダメよ?」

心配してくれているアリスに俺は、心が軽くなった気がした。

「ありがと。頑張ってくるよ」

そうして、俺らは門前で別れ仕事に戻った。


工場前でヴィンターが待っていた。

「大丈夫か、バッグス?」

彼は、ヴィンター・スカーレット。実家の近所に住んでる友達で結構仲良くしている。

「あれ?フランクは?」

「え?ああ、もう、部署に戻ったんじゃない?」

「それより、怪我大丈夫か?」

「この通り!平気だぜ!」

「そりゃあ、何よりで」

「そろそろ戻るか」

本当に相変わらずだな。


それから、部署に戻り作業を再開した。俺のいない間、自分のノルマ分をヴィンターがやってくれていた。こういう時に、友達のありがたさを感じる。


そして夕方の5時になり、ノルマ分の外枠部品を提出し、今日の仕事を終えた。


急いで待ち合わせの、門前に向かう。

門前でには、既にフランクが待っていた。

「遅いぞー」

フランクは、凄く不機嫌そうな顔をしている。

「すまん、遅れた」

「そんな顔するなよ。食べに行くぞ」

そうして、いつもの‘メリーウェール’へ。

今日は、メリーウェールまでバスで行く事に。

理由は、フランクを待たせた罰だそうだ。乗車賃は、全員分俺が払う事になった。

クソ…。6ポンドかぁ…。


「次は、メリードル、メリードル。お降りの方は、乗車賃をご用意下さい」


そんな事考えてる間に、最寄りのバス停に着いた。

乗車賃を払いバスを降り、店へ向かう。


歩いて数分、店に着き、今日はテーブル席に座った。

ヴィンターは座ってからずっとメニューと睨めっこをしている。そうしている間に俺とフランクはいつものセットを頼んだ。

「うーん…、何にしようかなぁ?」

食べたいものが決まらないヴィンターの言葉にフランクは

「俺らと一緒のやつで良いんじゃないの?」

と提案するとヴィンターは

「じゃあ、俺も同じセットで」

皆、それぞれ料理を決め、雑談をしていた。

「そういえば、ヴィンターと、フランク会うの久々だよな?」

「確かに、ヴィンターと数ヶ月会ってなかったよな」

「そうだな、こうして会うのも久しぶりな気がするよ」

久し振りに再開し、話が盛り上がっていた。

「そういえば、ヴィンターさ、シルヴィアとどうなの?良い感じか?」

「え?あー、まあまあかなぁ…」

「おいおい、もっとアプローチしないとよ。女は、すぐに逃げちまうんだからさぁ」

「そ、そう言われても。逆に聞くけど、バッグスはアリスとどうなのさ?」

「決まってんだろ?良い感じだよ。そろそろ、プロポーズするつもりだぜ?」

あーあ、ついつい口が滑っちまったよ…

ヴィンターの事だから言うんだろうなぁ…

「おい、聞いたか?バッグスが、アリスにプロポーズするんだってよ!」

ああ、終わった…。遂に行ってしまった。しかも、プロポーズする本人の前で。

アリスは、顔を赤めて俺の方を見ている。

周りの客の視線は、自然と俺の方に向けられた。

こりゃあ、公開プロポーズの刑ですなぁ。

俺は、勇気を振り絞ってアリスに

「お、俺とお付き合いして下さい!」

あー。言ってもうたぁーー。

するとアリスからは

「はい。こちらこそ、よろしくお願いします!」

何とか、プロポーズは成功した。

すると、後ろからフランクが肩を叩き

「良かったな。これで、めでたく2人はカップルだな!」

今日は、良し悪し色々あったけど、何だかんだで良きことの方が、多く感じた1日だった。

「ねえ、バッグス。今日一晩うちに泊まっていってよ?ね?良いでしょ?」

「うん、分かった。今日だけだぞ?」

という事で、今日一晩アリスの家に泊まっていく事になった。

晩飯を済ませて、店の前でヴィンターとフランクと別れ、俺とアリスは部屋で話をしていた。

「ねえ、バッグス?私たち、昔からよく一緒にいるけど、お泊まりってした事ないよね?」

「そんな事ないよ?一回お泊まり会した事あるよ?」

「えー?嘘だあー」

「本当だよ!」

そんなさり気ない話をしながら、2人で一晩を過ごした。



ー 翌日 ー



朝になり、部屋に目覚まし時計が鳴り響く。

俺は、数分なら続く目覚まし時計を止めた。

目覚まし時計が鳴っても、アリスはまだ寝ている。起こさぬように、静かにベッドを出て、リビングに行く。

今日の朝食は、目玉焼きトーストと紅茶だ。

ちなみに、紅茶は毎朝起きてから出来立て作っている。


朝食を作っていると、寝室から目を擦りながらアリスが起きてきた。

「おはよう、バッグス」

「おはよう。朝食出来たから食べようか」

アリスが起きたと同時に、紅茶も出来たので、テーブルに並べ、朝食を食べた。


20分後、朝食を済ませ工場へ向かう準備をしていた。すると、アリスがカレンダーを見ながら

「明日から、勤労休日だね」

そう言えば、そうだったな。

当時のイギリスには、労働法で"労働者には、一定期間(1ヶ月間)の休暇が与えられる"という国の決まりがある。

なので、決まってこの"勤労休日"の日には、2人で出掛けたり、旅行に行ったりする。

「そうだったな。今年は、どこに行きたい?」

そう聞くと、アリスは

「旅行に行きたいなぁ。前から、フランスにいきたかったんだよね」

「じゃあ、旅行に行こうか」

そういうと、アリスは不安そうに

「旅行券はどうするの?」

「任せろ。ヴィンターに頼んどくよ」

「分かったわ」

旅行の話をしているうちに、バスの時間が迫っていた。

「あ、もうこんな時間だ。行ってくるよ」

「うん、気を付けてね。行ってらっしゃい」


慌ててアリスの家を出てバス停に向かう。

バス停には、軍港行きのバスが既に着ていた。そのバスに乗り、座席を探していると、ヴィンターが

1人バスの中で座っていた。

「おい、遅いぞ。後数分で遅刻扱いだぜ?」

「す、すまん。アリスと旅行の話をしてたもんだから」

「あぁ、そういえば明日から、勤労休日だったな。忘れてたぜ」

「それでさ、アリスと休日にフランスに行く事になってさ。旅行券手配してくれねぇか?」

「良いぜ。二枚だな?」

「うん。よろしく頼んだぜ」

そんな話をしていると、もう軍港前に着いていた。

バスを降り、ヴィンターと部署に向かった。


ーーー 10時間後 ーーー


仕事が終わり、ヴィンターと帰り道話をしていた。

すると、ヴィンターが何かを思い出したかのように鞄の中を探り何か探している。

鞄の中から、紙切れのような物を取り出し、

「あった、ほれ例の旅行券だぜ」

旅行券をヴィンターから受け取り、券を見てみると、確かにフランス旅行と明示されている。

細かくみていくと、下の方にベルギー経由船旅行と書いてあった。

俺は、目を擦りもう一度見直して見るとやはり、ベルギー経由と書いてある。

おれは、驚き隠せずヴィンターに

「こんな豪華な、旅行券もらっていいのか?」

するとヴィンターが呆れた顔で

「バッグスが、頼んだフランス旅行の券だぜ?」

「そりゃあ、分かってるけど見てみろよ、ほら」

そう言い、ヴィンターにベルギー経由と明示されているところを見せた。

「あれ、ベルギー経由?こんなの、俺も知らなかったぜ」

この様子からヴィンターも、この事を知らなかったようだ。

ヴィンターにこの旅行券を誰に譲ってもらったか聞いてみた。

「これ、誰に譲ってもらったんだ?」

「これか?えーっと、マッカード叔父さんから貰ったんだよ。10ポンドで」

「えっ、それ本当か?10ポンドで?」

そう聞き直すと、ヴィンターは首を縦に振り頷いた。

「そうだよ。昨日、凱旋門前で出くわして、いきなりこれを渡してきたんだ」

ヴィンターがそう言うが、何だか都合のいい話だ。

「まあ、有り難く貰うぜ。ありがとな」


そんな話をしてビッグベンの前でヴィンターと別れ俺は、アリスの店へと向かった。

果たしてアリスは喜んでくれるだろうか?



アリスの店に着き、1つ深呼吸をし店へろうとした。

が、店のドアは鍵が掛かっていて開かなかった。

ドアには定休日でないはずなのに、定休日の看板に変わっていた。

裏の勝手口に回り、開けてみると勝手口の鍵は閉まっていなかった。

親父さんの姿もなく、店は閑散としていた。

俺は、怪しく思い恐る恐る店に入った。

すると、2階から悲鳴が聞こえた。2階はアリスの部屋だ。

俺は、常備していたワルサーP38をコートの裏ポケットから抜き取り、気付かれないように階段を上がった。

そして2階に上がり、アリスの部屋を確認すると怪しい男がアリスを襲っていた。

俺は、気配を消し男の後ろへと忍び寄り、男の後頭部にP38を突き付けた。

「おい、お前俺の愛人に手を付けるとは、いい度胸だな」

そう言うと男は、

「なんだ…、ウェールズ。自分から殺されに来たのか」

と、意味不明な言葉を放った。

「どう言う事だ?」

そう問いかけると

「俺は、ルナードって言う国際偵察省のトップから雇われた。何か文句でも?」

その言葉を聞いて俺は、動揺した。

それと同時に、怒りが込み上げた。

「お前、何であいつを知っているんだ!答えろ!」

そうすると平然としたように

「去年の年末に出会って、100ポンド渡す代わりにウェールズを殺すように、と。」

ルナードは俺に復讐しようとしている。

だが、俺はアリスに手を出した事に怒りを覚えていた。

そして俺は、男を思いっきり壁へ押し付け、頭に強く銃口を当てた。

「答えろ!あいつは今、何処に居るんだ!」

怒鳴るように問いかけると、男は鼻で笑い

「何であのお方を捨てた、お前に教えなければならないんだ!」

「まあ、あのお方はもう平民じゃ無い。国の権威なのだよ!お前とは違う!」

男は逆情し、俺を押し離しP38を奪い俺に突き付けた。

「あのお方の気持ちがわからない、お前みたいな心の汚い労働者は、ここで撃ち殺すしかないようだ。この女も不幸中の不幸だったようだな」

そう言い、P38に装填している銃弾を1発リロードし、銃口を俺に向け男は引き金を引いた。

引き金を引くと共に、甲高い銃声がロンドン中に響き渡った。

そして俺の腹部を銃弾が貫き、部屋に血しぶきが容赦なく散らかる。

男は、P38を部屋に捨てロンドンの街へと消えた。

俺は左手で腹部を抑え、床にしゃがみ込んだ。

その隣で血しぶきを浴びたアリスが、泣きながら俺の隣に付き添っていた。

俺は、痛みを堪えながらアリスに

「ごめんな…、何にも出来なくて…」

そう言うとアリスは、首を横に振り

「そんな事ないよ…、バッグスは色々私にしてくれたもの。だから、死なないで…。お願い私の側にいて」

泣いているアリスに俺は、最後の力を振り絞り右手でアリスの頭を優しく撫でた。

すると、力が抜け頭が真っ白になった。

「もう、ダメだ」

時間が経つにつれ、腹部の痛みが増していく。

外では、けたたましくパトカーのサイレンが聞こえる。

その音は、アリスの家の前で止んだ。

すると、複数人階段を上がってくる音がした。

間も無くして、警察とヴィンター、フランクが駆けつけて来た。

「おい!大丈夫か!しっかりしろ!」

この時俺は意識が朦朧としていてた。

俺は意識を失った。

この意識を失っている間に俺は、病院に搬送されたが数時間後、亡き人になってしまった。


その後、俺を銃撃した男は逃走後ロンドン塔付近で逮捕された。


俺は、"あの時"アリスと約束した事を守る事が出来なかった。

結局10年前と同じ間に合わせてしまった。


10年前、5歳だった俺とアリス。

この当時、英国は共産党軍と酷く対立していた。

この対立は、遂に戦争を引き起こし、ユーラシア戦争へと発展してしまう。

この戦争に、俺の親父やアリスの祖父が戦場へ駆り出された。

そして、7歳になった時にこの戦争は終結するが

俺の親父やアリスの祖父は帰って来なかった。


そう、これがアリスを悲劇へと突き落とした、きっかけとなった出来事だ。


アリスはこれまで、2度も大切な人を失った。


俺は、あの世で未練と後悔が残ったままだ。


どうすれば良いんだ?


もう1回やり直せたとしても、たぶんアリスは許してくれないだろう。


イエス様、俺はいったいどうすれば良いのですか?

教えて下さい、イエス様…


…こんな事言っても無駄か。


「ねえ、聞こえる?バッグス?」


「……!?」


「ア、アリスなのか?」


「そうよ。今、バッグスのお墓の前に居るのよ」


「アリスもしかして、俺の姿が見ているのか?」


「ええ、私にはバッグスの姿が見えるわ」


「あの…、アリス。本当にごめん。最後までお前のそばに居てやらなくて」


「そうな事ないよ。バッグスはいつも、私のそばに居てくれてたもの」


「そうかな」


「そうよ」


「バッグス…。最後にもう一度、私を抱きしめて」


「うん」


そして、俺とアリスは静かに抱きしめ合った。


「ねえ、私の事天国から見守っててね?」


「うん。勿論だよ」


そう言うとアリスは、静かに俯いた。

そんなアリスを慰める為、俺は頭を撫でながら


「心配するなよ。俺は、死んでもお前のそばにいるさ」


「うん…」


アリスは、少し涙目になっていた。


「ほら、アリスが供えてくれたお酒。開けておくれよ」


そう言うと、アリスは墓前に供えていた小瓶の酒を手に取り、蓋を開け墓前に置いた。


「じゃあ、頂きます」


俺はそう言い、小瓶の酒を飲み干した。


「どうだった?」


「うん。俺の好きな酒だ」


「良かった」


「そうそう、ヴィンターとフランク元気にしてるか?」


「うん。相変わらず」


「そうか。なら、良かった」


「最近何か変わった事とかあった?」


「うーん、特に何も無いかな」


「そうか」


そんな世間話をしていると、いつの間にか時間は

夕方の5時を回っていた。

空は薄暗くなってきた。

見上げると、空は秋を思わせる茜色に染まっていた。

「あ、もうこんな時間。そろそろお店のじかんだわ」


「私帰るわね」


「うん。気を付けてね」


「ありがと。じゃあね、バッグス」


「うん。またね」


そうして、アリスは店へと帰って行った。

でも、なんとか成仏出来そうだ。

「心配はいらないよ」

「俺は、天国から温かく見守っているからね」


俺は、いつまでもアリスと硬い愛で結ばれているのだから。




ー THE END ー









  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

英国労働者恋愛記 神羽源次 @masami0621

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ