第1話
宇宙旅客機のコックピットは機体の前後にある。
巨大な機体が音も無く宇宙エレベータに沿って飛んでいく。
上下にそびえる三角翼のソーラーパネル。その奥に、碧き母星エバンスが見える。
僕は今、宇宙旅客機の中でたくさんのエキストラ達と座席にスタンバイ中。もちろんエアロ・チェアーに乗ったまま。
前に座るおばちゃんは物凄く緊張してる。大丈夫、大丈夫。
機体が慣性を無視して静かに停止した。宇宙エレベータの巨大なゲートがゆっくりと開いていく。
垂直降下に入った。翼が回転し、機体の左右まで動く。
到着した。宙に浮かんだままだ。天井が鳥の翼の様に開く。
今だ!エキストラが一斉に機体から飛び出した。
僕はチェアーごと浮かび上がり、お迎え役の友人の所へ飛んだ。
彼は金髪で、やたら綺麗な青い瞳をしている。あ~おもしろくない……。こいつはジャッキー。悪友です。
僕はチェアーから機械の腕を伸ばし、ジャッキーと握手をした。撮影だもん、仕方がない。とびっきりの作り笑いをしたら、彼がふき出しそうになった。
カメラが寄る。僕はとっさに機械の手に力を込めた。彼が歪んだ顔でセリフを言う。
「んが、お帰り!どうだった、JAZの宇宙旅行?」
今度はこっちがふき出しそうになる。
「最高さ!当然じゃん」
僕らはカメラに顔を寄せ、笑顔で最後の一発を決めた。
「はじまるよ、JAZの宇宙世紀!」
「はい、カットぉ!」
トラ柄のウエストポーチを着けたADのお兄さんが叫んだ。
「今日のコマーシャル撮影は終了でーす。みなさん、お疲れさまでしたー!」
たくさんの女性ファンの声援が一気に僕らに届く。撮影スタッフの拍手。ニヤケタおっさん監督が僕の機械の手を握ってきた。ジャッキーの肩にも手を置き、長い顔を左右に振って満足気な顔だ。
「いやーもう最高にイケてる!だけど今回はごめんね。ウチのADが弁当の発注を忘れちゃって」
「いえいえ。僕たちお腹空いてませんから。ねぇジャッキー」
「空いてる」
「バカ」
「いや本当にごめん。今度必ずご馳走するから。じゃ、お疲れ様ぁ」
監督はそそくさと僕らから離れた。向こうでADさんをメガホンで叩いている。さっきのジャッキーの態度にイラついてるんだ。
「マズいだろ、監督の機嫌損ねたら。次の仕事、来なくなる」
「前からムカついてんだよアイツに。なぁに、どうってことないって」
「あるよ。お前ってホント根拠を持たない自信家だよね」……て、もう聞いちゃいない。
マネージャーのウィリーさんが、僕らを見つけてやってきた。
「二人ともお疲れさん。時間ないの。すぐ移動よ」
腹が減ってるジャッキーは不機嫌の極み。
「俺ら昼飯食ってない!」
ウィリーさんは相変わらずジャッキーの苛立ちを完全スルー。でニヤニヤ。あ、いつもの感じ。また何か妙な仕事やらされる。ジャッキーと違い、僕は鋭いんだ。
群がり来る女の子たち。声援をもらってホントに感謝。みんなに挨拶していく。その先には、オープンカーのタクシーが待っていた。
僕たちは慌ただしくそれに乗り込む。ウィリーさんが、バッグからエメラルド・グリーンの透明スティックを取り出した。
「運転手さん、ここ行って、ここ」
豚顔の運転手さんはスティックをハンドルの中央に差し込んだ。この世界の情報は基本的にスティックにメモリーされている。
ウィリーさんの慌てぶりに、早くその理由を聞きたくなった。
「どうしたのその鼻息。普通じゃないよ」
ジャッキーがいつもの冷やかしに入る。
「ダンスの仕事とか持って来たんじゃないの?自分が好きだから」
不覚にも、僕もそのノリにつられてしまう。
「マネージャーの個人的な趣味で仕事を持って来られてもねぇ。僕、首から下、動かないし」
ピンクハットを脱いで、ウィリーさんが反撃してくる。
「お前達、バカにして。どんな凄い話を持って来た事か。今のお前達のタレントレベルとしては、快挙だぞ」
「本当?僕ら何度もだまされてるから」
ジャッキーの眉間のシワも深くなる。
ウィリーさんが僕の顔の前に、人差し指を突き出した。
「お前たち!お前たちの夢は何だ?」
「なにいきなり?」
「なんとあのローイー・カンパニーから、映画出演のオファーが来たんだよ!」
僕は一瞬頭が真っ白になった。どういうこと?
「ローイーって、老舗の制作会社じゃない!すごい、デビュー2年目でいきなり映画出演!?」
ジャッキーの嬉しさの感情はあっという間に頂点に。
「ヨッシャー!俺らに監督までさせてくれるんだろうな」
ウィリーさんが大人として優しくバカに諭す。
「なに言ってんの。まず実績を作りなさい。人気が出たらワガママ言えるようになる。それが芸能界。それに詳細は全く決まってないの。これから二人だけで撮影所に行ってもらうから」
「ついてこないの?」
「新人のお前たちに、付き切りにはなれないの」
ジャッキーは、もはや首輪の外れた犬だ。
「いいじゃん!俺らだけで、バッチリ話を着けてこようぜ」
「バカ、相手は大企業なんだよ」
交差点に差し掛かると、ウィリーさんは運転手さんの肩を叩いた。止まった横には、ホバーカーの巨大な駐車場プレートが広がっている。
ウィリーさんが
ドアに両手を付き、僕に優しく微笑んだ。
「いきなりギャラの話も無いでしょ。まぁ撮影所って夢の舞台を眺めておいで。今までキツい仕事ばっかりだったから」
信号が変わる。タクシーがゆっくり動き出した。僕は夢へ一歩近づいた嬉しさと、ウィリーさんへの感謝の気持ちでいっぱいになった。振り返ると手を振って見送ってくれている。
「ウィリーさーん、ありがとう!頑張って来るねー!」
「行くぜー、やってやる!キャッホー!」
オレンジ色の宇宙空間に行き交うオープンカー。大騒ぎしている僕らをみんなが見ている。僕はお構いなしに叫んだ。
「映画だぁ!最高だぁ!」
続く
宇宙エレベータ500階、太陽下り船 出港します!!(2020) 山汽 途 @yamakitoh
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。宇宙エレベータ500階、太陽下り船 出港します!!(2020)の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます