氷の花 -冬-【番外編】

不意の物音に考え事を遮られ、そちらへと視線を向けた。

御簾越みすごしに映る景色は特に変わったことは無い様子で、軒先のきさきに溶けかけた雪が落ちたのだろうかと納得する。


「雪か…。時節じせつではあるが、少々出遅れだろうしな…」


悩みの種は、なかなか返事をくれない、意中の姫君への文の話題。

さすがに毎日送れば話題も尽きる。

目の前の火鉢ひばちだけでは、心も体も温まらない。


つまらなさそうに手元で扇をもてあそんでいれば、ふと目に入る軒先の氷柱。

なるほど、これならば…。


いたずらを思いついた子供のように口元を綻ばせると、慣れた手つきで扇を閉じた。その音にほどなくして現れる従者ずさに、何事かを言いつければ自らは筆を取り、つらつらと和紙に思いついた句を書きつける。


文を結ぶために頼んだものは、日も暮れようとする頃にやっと手元に届いた。

桐の箱に収められた中身は氷柱を削って作った、桜を模した一枝。

そこに、いそいそと文を結びつけようとするも……


「…ぁ……」

小さく漏らしたのは、戸惑いからか、落胆からか。

結びつけた矢先から、和紙は氷柱の露を含んで濡れていく。

敢え無くあえなく、墨で書き付けた文はみるみると滲んでしまった。


「……あぁぁ……」

二度目のつぶやきは明らかな落胆。

握りしめた氷柱から落ちた雫が、その袖を濡らす。

姫の手の内で溶けるはずだった、氷の花は男の手によって溶かされる。


後に残るは滲んで汚れた惨めな紙の残骸ざんがい…。


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こちらはこの話を書くきっかけになったSSです。

作中の貴族の青年兼澄とは少し印象が異なるため、番外編ということでこちらに

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花の香りに移ろふ -和風短編集- 和葉 @regalis

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