移ろはぬ紅葉 -秋-

季節は秋とはいうけれど、木々が紅葉する気配はまだない。

庭師が手をかけるこの屋敷の庭木ですら、まだ夏の名残を色濃く残したままで。

庭へ続く階段を降りてすぐ、小さな子供の手にも似たもみじの葉の青さにため息をつく。

姫へと送った恋文は、もういくつになっただろうか。

その数が二十を数える頃はまだ、望みを持っていたのに…


春飈はるはやて 来し方ながめを 得てしがな 花芽 はるぞ来なむと いそがるる…


『冬の終わりを告げる春の嵐がさったように、春(恋)の訪れを告げる色よいお返事を期待しています』


早咲きの桜を扇に乗せて送ったのは、記憶に遠い、まだ春先のこと。

庭を彩る花木も花を咲かしては散っていき、もう既に秋の虫の音が聞こえようというのに、まだ返事のひとつもありはしない。


「桜に、牡丹ぼたん花橘はなたちばなあやめに、撫子なでしこ、百合の花。どれひとつとして、姫の心に届くことも叶わないとはな」

姫のために摘み取った花はどれほどだろう。

恋文は日常になり、その数が百を超える頃には、その頑なさに月に帰った姫の物語を思い出す。


さみだれの 雲間や見せなむ 月の影 空のながめに 思ひ煩う


『人がこの梅雨の曇り空に隠れた月を望む気持ちは、きっとあなたからの返事を待ち望む私の気持ちと同じでしょうね』


せめて輝夜姫かぐやひめのように、難題でも返してくれれば、いっそ諦めもついたのに。

ただ、彼女の気まぐれに、その心がこちらに向くのを待つ日々。

しかし都の人々の噂になるほどのその数も、姫の心に届くことは結局無かった。


紅葉の 色もいまだに 移ろはず 音もせずとぞ いとさうざうしけれ


『もみじの葉もまだ色づかないように私の恋心は変わらない。けれどあなたからの返事もないとあってはこの心寂しい、物足りない気持ちを持て余すばかりです』


扇で青いもみじの葉を弾くと、苦笑を漏らす。

これで、姫に送った恋文はいくつだったか。

もはや、数えるのも気が滅入めいるほど。

それでも、姫を想う気持ちが心変わりもしないことに、ただ笑うしかない。


しかしそんな心とは裏腹に、日々、季節は巡りゆく。

彼女がこの恋に応えてくれるのが先か、それとも、移り変わる季節のように自分が心変わりするのが先か。

まだ色づくこともない紅葉に、心変わりもできぬ自らの姿を重ねため息をついた。

「叶わぬ恋ならいっそ。せめて姫が誰かと結婚したとの噂を聞く前に……」

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