月と桔梗 -夏-
ふと
音もなく降りしきる
月もないこのような雨の夜更けに、当然道を行き来するものなどない…。
ふらりと気軽な
「雨空で月に焦がれる人でも、姫に焦がれるこの気持ちにはかなわないだろう」
水を吸って濡れた絹は、着物の色を濃く浮かび上がらせた。
屋敷の東側、この壁の向こうに住まう姫の、声が聞こえないか、それとも
「
せめて、この声だけでも届かないだろうかと思っても、
体の芯まで冷える雨の冷たさに、白い吐息をもうひとつ。
牛車の脇で待つ、
諦めきれない気持ちで、もう一度空を仰ぎ、雨雲を一瞥する。
「さみだれの 雲間や見せなむ 月の影 空のながめに 思ひ煩う」
『人がこの梅雨の曇り空に隠れた月を望む気持ちは、きっとあなたからの返事を待ち望む私の気持ちと同じでしょうね』
せめて、ここに私がいたと、あなたに歌に乗せて届けよう。桔梗の花に結んだその歌に、この夜の密やかな想いを忍ばせて…。
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