第3話 ご契約いかがでしょうか?

「あっれあいつまたいねぇ。」

再び祀りの場で一人を強いられ奔放に振り回されていた。

「何処行った?」「よいしょ..」

「あ、帰ってきた!」「何?」

まるで自宅の様な振る舞いの二人だが一応は侵食され捕らわれの身、住めば都を体現してしまっている。


「それじゃ

道具取りに来ただけだし。」

「待てよ、何しに行くんだよ?」

「何ってお前、柱の修復。

何故かトイレは無傷のままでな」

「...あぁ、そうだな..。」

弔いが滞れば他の業務を、ヒビの入ったトイレの柱に手を加え修繕。

「あ。」「なんだよ!」

「そういえばアルバムの名前、この家のオーナーだけど、名前なんだっけ」

「確か、宝生..雄市?」

散々言われても触り続けた資料から得た情報。確実に柱をいじくる方が危険で勝手な事だと思うのだが。

「だよな、宝生雄市。

で、ウチの客さんの名前は?」

「ウチの客、あの女か!

名前って確か宝生、静華...!」

「それは何かの偶然かね?」

似通った、というよりは同じ姓。

佐藤や加藤であれば偶々という理屈が効くだろうが相手は宝生、偶然では出逢う事の無い希少種だ。

「どういう事なんだこりゃあ」

「..もしかしたら彼女がこの家を見つけたのは必然かもしれないぞ。」

「意味わからねぇ。」「だよな。」

理解は出来ぬがかといってやれる事も無いので通常の作業を行う。

「もうちょい工具持ってくれば良かったな」

「今更遅ぇわバーカ」「言い過ぎ。」

その後、出来る限りの修繕を施した。

殆どがカビに閉ざされ触れようも無かったが時間を潰すには無謀にそれをし続ける他無い。

「よし、後は一日でもここに居続ければ何とかなるだろ」

「待てよ、そんなにいるのか!?」

「ああ、そうだぞー。」

「つくづくの家だここはっ!」

心からのを放ち、機嫌を極限に損ねる。当然だ、トイレが一番綺麗な家など笑顔で住める筈も無い。

「まぁそうスネんなって、何も無きゃ明日迄には..」


「ハウスセンターさーん。」

「なんだ?」「今の声ってよ...」

「駄目だ、扉開かないよ。

内側に鍵かけちゃったのかな?」

待てと言って事務所に残した客人が、何故にか空き家の門を叩いている。

「何来てんだよ、あれ程残れって言ったのに!」

「聞く訳無ぇだろあの手の女が。」

「えい、えいっ..!」

「え、何してる。あの子何してる?」

「外から力加えてんな、ゴリラかよ」

古びた建て付けの問題かもと無理矢理に力を込めドアノブを引っ張る。何故諦めるという判断をしないのか?

「おい、何か音してるぞ!?」

「急に衝撃が増えたからだ、侵攻が高まってる!」

カビが形状を変え、より家の中を覆う

風呂場の戸を閉め切り廊下と居間を繋ぐ襖は完全に拘束された。

「おい、書斎こっちにまで入ってきてんぞ!」

「マジかよ、やってられんな。」

「何で襖閉めとかねぇんだ!」

本来影響されない筈の部屋が、力で圧し負け侵入を許そうとしている。

「マズいっ..!」

遂に禁を破り、領域を破壊する。


「くんなバイ菌!」

「そんなもん投げても意味無ぇって」

手元のアルバムを投げるも止める事は出来ず徐々にカビは拡大する。

「くそっ、一発目にしちゃデカ過ぎたなこりゃあ。」


「はぁっ、開いた!」「..何!?」

カビの位置が変わった事で、玄関の戸が開き静華の入室が許されてしまう。

「ホームセンターさん!

ジョウシマさん、アンズさん?」

「馬鹿!入ってくるな!」

「声がする..何処?」

「あんのバカ、正気かよ。」

声のみを頼りに、カビに塗れた二人を探す。

「一体何処にいるのかしら。

何かおかしな所..」

家の中にある、古い以外の違和感を探す。

「...襖が開いている、あそこね」

一目散に駆け寄り、覗き込むとしゃがみ込む二人が。

「皆さん!」

「バカ女、よく無事だったな!

どうやってここまで来たんだよ!」

「えっ?どうやってって?」

確かにおかしい、廊下はカビ塗れ。

普通に歩けば呑まれて喰われる彼女はどうやってここに辿り着いた?

「見ろ、侵食が止まってる」

カビはみるみる立ち消え、単純な古びた家へと戻っていく。


「侵蝕?何の事ですか?」

「カビだよカビ!

来るまでの廊下とか酷かったろ、黒くて不気味な幾つもの..。」

「いえ、普通の廊下でしたよ?」

「……」

最早意味が分からなかった。

何が起きたのか、何故彼女が無事なのか。

「..あれ、そのアルバム。

うちのおじいちゃんと同じ学校だ」

床に広がったアルバムの写真を見てそう呟いた。

「え、ならこれお前のじいちゃんか!

宝生雄市。」

「いや..私のおじいちゃんは宝生重吾雄市さんは、ひいおじいさん、かな」

「...そういう事か。」「何だよ」

要は空き家の管理人は依頼人の曽祖父異常を引き起こしたのは、遺族の身を案じた為。

「私会ったことありませんよ?」

「会った事なくても探してたんだろ、でも区別が付かないから俺達を閉じ込めた。」

「んだよ簡単な話だな!」

悪意の殆どのルーツは簡単なものだ。


「そう、ひいおじいさんが..。」

「死して尚ってやつですか。」

ジョウシマは助かってホッとすると同時に肩を落とした。

「流石にこんな家住みませんよね、またご検討下さい。」

「..いや、住ませて頂きます」

「え?」「はぁっ⁉︎」

曰くを乗り越え住むという。

気が狂ってしまったか。

「曽祖父が残したものなら、私が引き継ぎたいんです。」

「..あ、そうすか。

通常なら弔いと修繕と点検で3万くらい貰うんだけど、今回はもうタダでいいです。」

「はぁっ!?

何言ってんだよテメェ、せっかく..」

「もういいんだよ帰るぞ。」「ちっ」

結局初めての客からは儲け無し。

広げた衣装を片付けて家を後にした。

「家まで送ります」

報酬を貰う事よりも、家で身体を休める事を考えていた。


「あの..本当にお金いいんですか?」

「いいですよ、実質助けて貰った感じだし。修繕は必要なので、後日やらせて頂きます。」

「おい、甘すぎねぇか!?」

「うるせぇないいんだよ、一人目のお客さんだぞ。」


「あ、ここでいいです..」

「それじゃ、お気をつけて。」

深く下げた頭が感謝を告げていた。

「随分感じいいな、お前。」

「..また家に行くからな、修繕に」

「つまんねぇ理由。」

「面白ぇ理由なんか言う訳ねぇだろ」

なんだかんだとお互いに軽いスパークリングをしながら事務所へ帰還する。


二日後..。

「結局稼ぎ無しかよ、慈善事業じゃないんだぞあたしらはさぁ。」

「仕方無いだろそういう客だったんだからよ」

「適当かよ、一応社長だろ?

経営スキルとかないのかお前は」

「無ぇ!」「言い切りやがってっ!」

古臭く脆かった家は匠な処理によって住み良い民家と化した。

「まぁ手間は掛かったけどなぁ。」

「コスパが悪いってこういう事だ!」

噂で聞いていたブラック企業がここまで身近に存在していたとは、アンズは驚嘆した。

「静華さんから聞いたんだがアルバムに載ってた宝生雄市は腕の良い建築士だったらしい。いつの時代の人間かはわからないけどな」

「建築士が家腐らすのか、皮肉なもんだなカッコ悪り!」


「あら、そんなにカッコ悪い?」

「そりゃもうとんでもなくな!

建築士が家を滅ぼすってそれ...」


「うわっ!

なんでお前ここに!?」

「お前いっつも驚くときソレだな」

無一文で家を直させた女が、目の前で茶を注いでいる。単純な〝何故〟だ。


「あれから考えたんですけどやっぱり申し訳無くて、ここで働かせて頂く事にしたんです。」

「働く?意味がよりわかりません。」

「俺が秘書として雇った」

「お前何してんだずっとよ!」

「仕方無ぇだろ、金払えないって言うんだから。」

「正直、元々払える見込み無かったんですよね..。」

「いよいよ本性出してきやがったな?

てめぇ...」

金勘定は苦手らしく社長は秘書を雇った方がコストを掛ける事に気付いていない。


「安心して下さいよ、客足は増えますから。」

「何の根拠があんだよ」

「これ、SNSで事務所の事呟いて出来るだけ拡散させておきました。」

「おっ、やるじゃんか」

「私、現役の女子大生ですよ?」

「友達は?」「います。」

無いものも多く持っている。彼女の悪態は、突如として嫉妬に変化した。


『#ジョウシマ#デッドハウスセンター

空き家に住みたい、住んでみたい!

そう思ったら電話して?

今すぐ□□□ー○○○○まで!』

最新の媒体を使用しても内容は同じ、これが世に拡散されていると思うと身震いが止まらない。

家を建てる前に御相談を、是非。

                完

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