第2話 内見に参りました。

「..思ったより遠いのか?

行き慣れてないってだけか。」

「ていうか車の免許持ってたんだ」

「まぁ一応。」

数分間程車を走らせると、目的の住所へと辿り着いた。閑静な住宅街を抜け殺風景な所にぽつんとそれはあった。


「結構デカいな、なんで誰も住んでねぇんだここ。いいとこなのに」

「本当に良い所は誰にも気付かれないものさ、心して掛かれよ?」

「なんでだよ?」

「何せウチの初めての客だ」

「情けないこと言うなよ平気で。」

アタッシュ一つで業者が二人、空き家の門叩かず開く。初めての訪問、相手も同じく初めての来客。

「お邪魔します..っと」

「鍵付いてないのかい。」

「掛けてある訳無いでしょ、誰も住んでいないのに」

「へぇ〜こうなってんだ。」

中は和室の畳床、平家ではあるが一人で住むには充分広い。玄関から真っ直ぐ廊下へ続き襖を介して左側に居間等、右側に寝室書斎と二つの部屋へと繋がる。

「居間の奥には台所と..浴室か。」

「ちょっとカビてるくらいで後は綺麗に残ってんな。良い家だわホント」


「いや、残ってるんじゃない。

〝残してる〟んだよ、敢えてね」

「はぁ、なんでそんな事?

つーか誰がだよ。」

「さっき少しカビてるって言ってたろ

もう始まって来てるな、既に。」

家の劣化は時間の経過によるものと判断するには不自然に美化され過ぎている。

「今トイレの柱を見て来たけどグラついてたわ、あそこも修復したほうがいいな。」

「あーそう、じゃあ〝一通り〟終わったらそこもやらないとな。」

「一通りって何?

そっちトイレじゃねぇし後回しかよ」

「後回しじゃない、順番があんの!」

トイレの修繕を見過ごし右の襖を開け書斎の方へ向かう。


「うん、充分広いな。」

手に握るアタッシュを開き、部屋の中心で道具を取り出す。

「..何するんだよ?」

ケースから現れたのは果物や酒の乗った木の台と神籬(ひもろぎ)、神社や寺でよく見る備え。

「地鎮祭ってあるだろ。

家を建てる前にやる土地を祀る儀式、あれをここでもやるんだよ。」

「はぁ?

なんでそんな事..」

管理人すんでるひとがもういないからな。」

ジョウシマ曰く管理する者が居なくなった空き家はくさびが無くなり侵食が始まるという。

「こうして祀ってある程度家に留まって〝誰かが住んでいる〟という認識をして貰わなければならない。」

「それが〝弔い〟って訳か」

「そ、修繕はその後。」

侵食はある程度進むと侵攻を止め、適度な状態を保つ。その間に弔いを施す必要性がある。

「なんとか間に合ったけど、油断するなよ。今は現状を止めているに過ぎないから、下手に動くとまた侵攻しかねない。」

「大袈裟だなー、祀ってあんなら心配ねぇって。面白ぇもんねぇかな?」

書斎と言うだけあって壁際の本棚にはぎっしりと書物が詰め込まれている。

「だから下手に触るなって。

危ないんだから、特に歴史を感じさせる過去の記憶のモノとか..」


「あ、卒業アルバムあんじゃん!」

「はぁ?」

その時家中が騒ついた。

「うっわ白黒じゃん、何年前のだよ」

「バカ閉じろ!」 「うおっ!」

急いで本を取り上げたが遅かった。

家を軋ませながら、止まっていた侵食は蠢き出す。

「なんなんだ、一体..?」

襖で拡がりは見えないが、バキバキと何かが大きくなっていくのが判る。

「あたしら以外いないよな?」

「いたよ、ずっと前から。

アルバムにも載ってたろ、その人」

楔の名残に触れた事で本来の姿に家を戻そうと、家中にカビが生い茂る。

「音が、やんだな..」

「空き家どころか化けもん屋敷だな」

祀った部屋は影響無いが、他の箇所にどれだけの拡がりを見せているのかが気になるところ。

「どうすんだよヤバくねぇか?」

「そうだな、このままじゃ閉じ込められるかも。玄関の扉だけ開けてくる」

そう言うとアタッシュケースから懐中電灯を取り出し、札の巻かれた数珠を左腕に通す。

「なんだその悪趣味な装備!?

呪いでもかけてんのかよ!」

「弔いの効力を無理矢理延長させる仏具だ。一つしか無いからお前はそこで座ってろ。」

「言われなくても行く訳無ぇだろ!」

数珠を身につけていれば地鎮祭の影響を受け侵食を弾く事が出来る。しかし限度があり、あくまでも護れる範囲の話である。

「襖が開いて良かったけど..こりゃ酷いな、懐中電灯持って来て良かった」カビが重なり栓をして、外の光を入れないようにしている。今が昼から夜かの区別もつかず、人口の光が廊下を照らす。

後で左も確認しないと、今はそれより玄関の戸を...」

執念は生死を問わず強くしがみつく。


「ったく!

出来過ぎてると思ったけどよ、やっぱこういうことか。褒めて損したわ!」

祀られ四隅を括られた書斎にあぐらをかいて過去の己を悔いるアンズ。

「ふぅ..」「あれ、帰ってきた」

「マズい、玄関がカビで塞がれてる」

「はぁ!?

じゃあ閉じ込められたって事かよ!」

「こりゃ根が深い汚れだぞ。」

「知るかよんな事!」

単なる空き家点検が、カビの怨念とのルームシェアになった。まずは自己紹介から始めたほうが良さそうだ。


『空き家の修繕、相談etc.

なんでもござれよお電話を!

ジョウシマデッドハウスセンター』

「etc.《エトセトラ》って何だろ?」

待たされる客人。

ほぼ留守番だが、上手く隙を潰しているようだ。

「このコーヒー美味しいな、どこのだろ。...いつ帰ってくるのかな?」

温厚に、豆を煮詰めて帰宅を思う。


「見辛ぇ写真だなおい。」

「だぁから、勝手に棚のモノ触るなって言ったよな。聞いてた?」

危機感を捨て、娯楽にふけるように先程のアルバムを開く。

「うるせぇなぁ、どうせ殆ど〝喰わ〟れてんだからいいだろ。」

「喰われてるからこそだろ!

これ以上やられたらどうすんだ。」

「わーってるよ、それよりこれ見て」

「わかってねぇだろ..。」

ジョウシマの話を軽く遇らいつつアルバムの中の写真を一つ指で示し伝える

「何だ、誰だよ?」

写っていたのは坊主で眼鏡の青年。

「この家の持ち主だ。

本の表紙に刺繍があった」

アルバムを閉じ裏返すとそこには光る文字で『宝生雄市』と刻まれている。

「宝生 雄一..。」

少しだけ事がうごいた。


「ふうっ...」此方でも動きが。

「ラチが開かない、私も行くわ」

空き家の客が住人と化した。

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