第4話 神々のミーティング

 天国日本支部交通事故課部長のエリスは、『転生キャンペーン現状報告会』と会議室のホワイトボードに書き、マーカーをホワイトボードの粉受けに置いた。


「では皆さん、転生キャンペーン当選者対応業務の状況報告を1人ずつお願いします!」


 エリスはウキウキしながら言うと、ふんわりとウェーブのかかった明るい茶色の髪を揺らして振り返った。彼女の深紅の瞳に、資料を手に椅子に座る3人の部下が映る。


「では、過去転生担当のアリシアからお願いできる?」


 エリスは微笑みながらアリシアに発言を促す。


「はい。過去への転生を希望する人は今のところいません。全員、事故日のやり直しをご希望でした」


 エリスはアリシアの報告に表情を変え、少し眉をひそめて「そう……」と残念そうに言うと、アリシアの左隣のグレンに視線を移す。


「じゃあ、次は未来転生担当のグレン」とエリス。

「アリシアのところと同じで、やり直し希望者ばかりですが、今日初めて1人だけ未来への転生措置を行いました」


 グレンの報告にエリスの表情がパッと明るくなる。


「まあ! 転生を希望した人はどんな人? 何故、転生を希望したのかしら?」


 エリスが期待に瞳を輝かせ、グレンに次々と質問を浴びせる。


「熱狂的なSFオタクで……」


 グレンがエリスの質問に答えようとした。エリスの表情がさげすむようなものに豹変する。


「オタクか! 古典的すぎ!」


 エリスは口調を変え、グレンの言葉を粗雑ぞんざいさえぎった。


「転生しかけた人なら、私のところにも居ました。歴史好きな女性で……」


 アリシアが手を挙げて発言しようとする。


「その人もオタクでしょうがッ! オタクはもういいのよ」


 エリスはそう言ってアリシアの言葉も遮ると、頭を掻きながらギリギリと歯ぎしりを始める。そしてグレンの左隣のトマスをキッと睨みつけるように見た。


「では最後に、異世界転生担当のトマスッ!」


 エリスがイラついた口調でトマスに発言を促す。


「は、はい! 何ていうか……異世界って言っても、皆さんピンと来ないらしくて……。僕のところもやり直し希望者ばかりです」


 エリスの機嫌の悪さを感じ取ったトマスがずと報告した。


「あと、うちも女性にモテるって話したら、転生しそうになる人が……」


 トマスが報告を続けようとする。しかしエリスは手をひたいに当てて、「女がらみッ! それもどっかで見たことあるッ!」と首を振って、トマスの言葉をさえぎる。

 このトマスの報告でエリスの機嫌の悪さは頂点に達した! エリスは部下たちに向かって不満を口にする。


「あなたたち、ちゃんと仕事してるの? 転生できる権利が貰えるなんて

 人間には大チャンスなのよ? なのにこのていたらく……」


 エリスの口調は厳しい。


「交通事故に遭った日を0時からやり直し出来る権利も選べるから、駄目なんじゃないでしょうか?」


 アリシアが臆せず当選条件に疑問を呈した。


「確かに! やり直しを選べなくすれば良いんですよ!」


 グレンがアリシアの意見に賛同する。


「ダメよ!」


 すかさずエリスが否定した。


「ど……どうしてですか?」


 トマスが怯えながらエリスに訊ねた。


「それじゃあ、転生の動機が薄くなるでしょッ!」


 エリスがイラついた調子で、強く主張する。


「え? このキャンペーンは抽選ですよ? 動機ってそんなに大事ですかね?」


 グレンがいぶかしむようにエリスを見ると、発言した。


「そうよ! 絶対転生してやるっていう熱意が見たいの!」とエリス。

「そんな事言われても、うちは交通事故課なんですよ。みなさん突然の不慮の死なんです。死んだ日をやり直したい人が多くて当たり前ですよ。転生を選ばせたいなら自殺課や病死課でやるべきです!」


 そう言ってアリシアが食い下がる。その言葉にエリスは一瞬、ムムッと言い淀んだ。だが、すぐに気を取り直すと3人の方をゆびさした。


「と……とにかく! 明日からもっと頑張りなさい! 面白い転生動機があったら、すぐ私に報告するように! では、解散ッ!」


 エリスはそう部下たちに命令しパチンと大きな音をさせて手を打つと、会議室を出るためドアに向かう。

 アリシアはそんなエリスを目で追いながら、エリスに聞こえないような小さな声で不満を口にする。


「なんでエリス課長はこんなキャンペーンをうちの課でやろうとするのかしら?」

「さあね」


 グレンが会議室の天井を仰ぎ見ながら、興味なさげにアリシアに応じる。


 その時だ。

 会議室を出ようとするエリスの資料の1枚が滑り落ちた。だがエリスは資料を落としたことに気づかず、会議室を出て行ってしまった。

 トマスが落とし物に気づいてエリスの資料を拾う。そして彼は拾った資料に目をやると「2人とも! これ見てよ!」と叫んで、アリシアとグレンに資料を渡した。

 エリスが落とした資料には以下の様に書かれていた。




『転生ファンタジー小説大賞! 賞金500万円! 主人公が転生する物語なら何でもOK! 編集部は今までにない転生理由、転生するキャラクタなど、斬新なアイデアを求めています!』




「ねえ。これって……もしかして……」


 アリシアが呟く。そして残された3人は顔を見合わせると、エリスが出て行ったドアを見つめ「……小説のネタ……探してたんだ……」と呟いた。


 数日後。

 交通事故課転生キャンペーン担当者3人からの申し立てにより、公的な権限を私的な目的で使用したとして、エリスは支部長にこっぴどく絞られる事となった。


 公的な権限を私的な理由で行使しては絶対にいけません。


(了)

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彼らは抽選で転生の権利を獲得した babibu @babibu

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