第13話 いろいろとまずい

 「ッッッッッッ!!!!!!」


 今までにない程の声にならない叫び声をあげ、僕はほぼ完全に硬直した。

 意味がわからない。今までほとんど話したこともなく初対面に近いような異性に、全裸の状態で抱きつかれてしまっているのだ。さらに彼女はどうやら着痩せするタイプだったようで、先程までは特に気に留めていなかった彼女の胸部の双丘が、今では魔物のように感じてしまうほど暴力的である。大半の男性はこの時点で理性を持っていかれてしまうことだろう。てか僕もその大半の男性に含まれそうでヤバいどうしよう。

 彼女の方は事の重大さを理解していないのか、雷の音に怯えながらしがみ付くように僕を抱き締めている。雷は、鳴る回数を重ねる毎に近づいてきているのか、音の響く時間が徐々に長くなってきている。となれば必然的に彼女が怯える、すなわち僕に抱きつく時間も長くなるわけで、このままでは本当にまずい。ひとまず僕は彼女を引き離し、自分の理性だとかその他諸々もろもろを落ち着けることを試みる。


 「あ、あの…恵舞えまさん?」

 「っ…ええん…怖いよお…」

 「恵舞! ちょっと、一旦離れよ、いろいろとまずい」

 「…え? まずいって何…が……って、えぇ!?」


 やっと状況を理解してくれたようだ。


 「うわあああごめん!! ウチ、なんばしよっと?? ああもう訳わからん、とにかく本当にごめん!!」

 「大丈夫、大丈夫だからとりあえず一回いろいろ隠してくれ頼む」

 「うあああああ!! で、でもその…ミツキくんも隠した方がよかよ……?」

 「うああああああ!!!!」


 落ち着いてほしい。主に僕。

 とにかくこのままでは思春期の高校生にとってよろしくない事態にしか進まない気がするので、一旦落ち着いて話すために恵舞には出てもらい、ドア越しに話すことにした。彼女も今は雷への恐怖よりも正直こちらが優先らしい。


 「ご、ごめんね…ミツキくん」

 「いやいや、全然、大丈夫、本当に、うん。」

 「全然大丈夫じゃなかやん!?」

 「冗談だよ、本当に大丈夫だから気にしないで」

 「はあ、もうなんでそんな優しかと?」

 「さっきも言ったけど別に優しくなんかないって」

 「ううん、優しかよ。なんか初めてちゃんと話したって気がせんし」

 「そ、そうか、まあそれは僕もだよ」

 「え、なんで?」

 「話しやすい」

 「話しやすいん?」

 「話しやすい」

 「そ、そうなんやね」

 「まあでもお互い、以後気をつけような」

 「そうやね…ところでさ」

 「ん?」

 「……見たよね?」

 「ッ…! まあ、うん、見てないと言えば嘘になるな…」

 「よね…ええん…お嫁に行けん…」

 「でもその、恵舞も…み、見たよな?」

 「っ…! み、見てないって言ったら嘘になるよ…」

 「うわあああん、お嫁に行けないよお」

 「なんでそうなるん」

 「ごめんって」

 「はあ…恥ずかしいけん忘れてくれん…?」

 「ごめんそれは厳しいかな」

 「そうよね…じゃあとにかくこの事は皆には内緒にしよ…?」

 「いや、うん。そりゃもちろん言わないよ、てか言えない」

 「よね…」

 「…」

 「…」


 気まずい。テンポよく会話をして徐々に落ち着いてきたと思った矢先の沈黙である。別に沈黙が苦手なわけではないが、こんな時に気の利いたことを言えないのは実に悔しい。

 シャワーも浴び終え、ドア越しに恵舞に声を掛けようとした途端。先に沈黙を破ったのは彼女だった。


 「でも、ミツキくんで良かった」

 「…ん、何が?」

 「ううん、こっちの話。もう終わったん? 一旦出るね。」

 「お、おう」


 脱衣所の扉が閉められたことを確認し、僕はタオルで素早く体を拭き、置いておいた服の袖に腕を通した。

 それにしても情報量が多すぎて、未だに先ほどの事態を飲み込めてない自分がいる。何度でも言うが、裸の異性が、裸の僕に抱きついたのである。しかも殆ど面識のなかった相手だ。勿論のこと、今までにそんな経験はなかった。え? 悪かったなで。


 「き、着替えたよ」

 「お、おかえり」

 「…」

 「…」


 再び沈黙が訪れる。僕はキッチンに置いていたコップで身体に水を流し込み、彼女の座っているソファに、少し離れて腰を下ろした。しばらくして沈黙を破ったのは、またもや恵舞だった。


 「…雨、さっきより強くなっとる」

 「うわあ、本当だな」

 「雷は収まったばってん」

 「オサマッタバッテン」

 「なんか虫の名前みたいに言うのやめてくれん?」

 「トノサマバッタみたいだなって」

 「しゃーしかね、もう」

 「ごめんって」


 彼女がいじけだしたところで、また雷が鳴った。


 「いやああああ全然収まってなかやん無理無理怖い怖い」

 「お、落ち着け恵舞、また抱きついてるぞ」

 「よかやん、怖かもん。しかも今は服着とるし」

 「そういう問題じゃなくね?」

 「そ、そういう問題たい!」

 「ごめんごめん…あ、鳴り止んだよ」

 「ん……もうちょっと、こうさせとってくれん?」

 「っ、い、いいけど」


 どうやら僕は上目遣いに弱いらしい。我ながら単純な男である。


 「てか恵舞、恵舞の家ってここからどれくらいかかるの? そんな遠くないって言ってたけど」

 「んー、十分ちょいくらい」

 「微妙にちょっと遠いな」

 「地名的には多分ここと変わらんっちゃけどね」

 「そっか、でもこの雨と雷じゃしばらくは帰れそうにないな」

 「うん…」

 「どうせなら夜ご飯食べていきなよ、何食べたい?」

 「え、いやいやよかよ! 申し訳なかもん」

 「裸で抱きついといて今更何言ってるの」

 「っ…!」

 「冗談だよ、てかこの天気で女の子帰らせたら多分父さんがキレる。んで、何食べたい?」

 「…おむらいす」

 「わかった、オムライスね。親には連絡しときなね」

 「わかった…ほんとごめん…」

 「いいよいいよ気にしないで」

 「ありがと…ほんと優しかね…」

 「ん、なんて?」

 「なんも言ってなか!」

 「そ、そうか」


  僕がキッチンに向かおうとすると恵舞が寂しそうな顔をしたので、僕は自分の部屋からあるものを持ってきた。


 「はい、これ持ってていいよ」

 「え、なんこれ可愛い」

 「僕の抱き枕もというさぎのぬいぐるみ」

 「へえ…あ、ミツキくんの匂いする」

 「僕の匂いってなんだよ」

 「さっきから抱きつく度に嗅いどるよ」

 「何してんだよ」


 ぬいぐるみを渡したら満足げな笑顔を浮かべてくれたので、僕は安心してキッチンに向かった。まな板と包丁を取り出し、彼女がピーマンを苦手としていることを確認し、普段とは違い玉ねぎ、人参、鳥もも肉のみをそれぞれみじん切りにし、ご飯と合わせて炒める。少しずつ色が変わってきたら塩胡椒と、隠し味に軽く薄口醤油を加えて更に炒め、最後にケチャップで味付けをしてそれぞれの皿に盛る。次に卵を数個割り、生クリームがなかったので牛乳とバターで代用してそれらを混ぜ合わせていく。フライパンに少し多めのバターを溶かし、できた卵液を流し入れて弱火でオムレツを作っていく。適当なタイミングで火を止めて卵を軽く巻き、それを先程のケチャップライスの上に乗せ、割り開く。残りの卵液でもう一つのオムライスも完成させ、適量のケチャップと少量のパセリで仕上げた。


 「できたよ、食べよっか」

 「え、早くない? 家庭科のときも思っとったけどやっぱりミツキくん料理上手いんやね…」

 「まあ毎日してると嫌でもこうなるって、ほら、座って」

 「ん、ありがと」

 「食べよっか」

 「うん! いただきます!」

 「いただきます」


 「うっっっっまあああああああ」

 「ええ、そんなにか」

 「ふわふわとろとろの卵と若干濃いめのケチャップライスがめちゃめちゃ合ってて口の中が幸せやん…ここが店やったら絶対通っとる」

 「そんなに喜んでくれたら作った甲斐があるよ、ありがと」

 「めちゃめちゃ優しくて料理もできていい匂いでイケメンってもう言うこと無かよね…店じゃなくても通いたくなってきた」

 「落ち着いてくれ」


———


 「ごちそうさま!」

 「ん、お粗末様でした。それにしても雨止まないね、なんならどんどん強まってる」

 「台風も来とらんのにね」

 「本当にな、うーん…」

 「どうしたと?」

 「いや、帰るってなったら僕が送るとはいえ流石にこの天気で帰らせるのもなって思ってさ。…良かったら泊まっていくか? 無論僕は別の部屋で寝———「泊まる!!」

 「いや即答すぎん? 流石に嫌じゃないのか?」

 「へへ、ミツキくんやし嫌なわけない」

 「僕はいつそこまでの信頼を得たんだ…まあ泊まってくれた方がこちらも父さんにキレられなくて済むから助かるんだけどさ」

 「じゃあもうよかやん、ウチはママに連絡しとくけん大丈夫!」

 「そ、そっか」

 「じゃあ、よろしくね?」

 「う、うん」


 今日多分寝れないわ。 

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待ってくれ僕は5年間も片想いをしていたんだぞ? 拓魚-たくうお- @takuuo4869

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