第12話 別に悪いことしないでしょ

 「ミツキくん、タオルありがとー」

 「うん、一応ヒーター出しとくから身体冷やさないようにしてね」


 僕は今、びしょ濡れのクラスメイトと自宅に居る。

 というのも、僕たちが帰路を踏み始めてすぐに大雨が降りだし、朝の天気予報に従って傘を持ってきていなかった僕たちは、ひとまず、比較的近かった僕の家へと避難することになったのだ。降りだしてから家に入るまでの時間は五分にも満たなかったと思われるが、それぞれの制服が水分におかされるには充分すぎるほどの雨を浴びた。二人とも雨に打たれ、まだ夏の終わり頃とはいえ流石に身体も震えている。ちなみに父親は仕事のため夜まで帰ってこない。本当に二人きりである。


 「いややっぱ流石に寒いでしょ恵舞えま、シャワー貸すから浴びてきなよ」

 「え、そんな、えっ」

 「別に変な意味じゃないよ、心配しなくても何もしないし、それでも気になるなら無理は言わないけど」


 理由が理由とはいえ、ほぼほぼ初対面の男の家のシャワーを借りるというのはかなり抵抗のあることだと思う。男の僕がそう思うのだから、女性である彼女は特にそう感じるはずだ。だから、予想される相手方の懸念を可能な限り払拭ふっしょくし、余計な緊張を生まないように言葉をかける。今は何より、風邪をひかないように早く身体を温めてほしい。


 「ほんとによかと…?」

 「よかとよ、何も緊張しなくてええんやで」

 「ちょ、ミツキくん方言下手すぎやろ、あははは」

 「許してくれ東京生まれ東京育ちなんだよ、まあサイズはさておき服は貸すよ、脱衣所に置いておくから早く浴びておいで?」

 「わかった。サツキが言ってたとおりやん、ほんとに優しかね、ミツキくん」

 「別に優しくなんかないよ、いいから早く行ってきなって」

 「ありがと、行ってきまーす」


 しばらくして彼女がシャワーを浴び始めたのを確認してから、脱衣所に服を置きに行った。まだ暑さの残る季節とはいえこの状況で半袖を渡すわけにもいかないので、薄手の長袖を選択。ズボンも同様に、少し薄手ではあるが若干保温性の高い長ズボンを選んだ。

 問題は下着である。彼女が替えの下着を持ち合わせている訳もなければ、この家には普段女性が居ないため女性用の下着など一着も存在しない。かといって、僕の下着を貸すというのもお互いのために避けるべきである。迷いに迷った挙句あげく、数日前に新調したトランクスをまだ一度も使っていなかったことを思い出し、それを貸すことにした。服を置いたことと、下着は一度も使っていないということをドア越しに告げて僕は脱衣所を後にした。

 正直、緊張していないといえば嘘である。そもそも僕は家に女性を招いたことがない。それどころか、風早兄弟以外の男友達も呼んだことがないのだ。にも関わらず今、同級生の女の子が家に来て、うちのシャワーを使っている。別に変な想像をするわけではないが、仮にも思春期である。何も感じないわけではない。


 「ミツキくーん、あがったよー」

 「わ、わかったー、服着たらとりあえずリビングおいでー」

 「はーい」


 脱衣所の方から声が聞こえたので、少々慌てながらも返事をする。ちなみに依然として僕はびしょ濡れである。くそ寒い。


 「ミツキくん、ほんとありがとね」

 「いやいやいいって、それより僕もだいぶ濡れちゃってるからシャワー浴びてくる、適当にソファとかゴロゴロしてていいよ」

 「そんな自由によかと…? ウチら一応ほぼ初対面とよ…?」

 「別に悪いことしないでしょ、それくらい分かる。そもそも五月の親友ってだけで信頼度高いのにこれだけ人当たりが良いんじゃもう疑えるものも疑えないよ」

 「そ、そうなん…? あ、ごめんね引き止めて。早く浴びてきー?」

 「ん、行ってくる」


 僕は部屋で適当に部屋着を見繕い、それを脱衣所に持っていき制服を脱ぎ始めた。シャツを脱いで肌着一枚になったところで、ドアの向こうから恵舞の声が聞こえてきた。


 「ごめんミツキくん、そこにスマホ忘れたけん…いま開けてもよか?」

 「よかよー」


 慣れない方言で返事をすると、恵舞はドアを開け、できた隙間からこちらを覗いてきた。ぴょこん、という効果音の似合いそうなジェスチャーがなんとも可愛らしい。洗面台の隅に置いてあったピンク色のケースのスマホを持ち、それを恵舞に渡そうと手を伸ばした瞬間。窓の外が一瞬だけ激しく光り、少し遅れてゴロゴロと鈍い音が響いた。


 「いやあああ!!」

 「え、ちょ」


 雷の音に驚いたのか、恵舞は涙目になりながら僕に抱きついた。突然のことで驚いてしまったが、少し異常なまでに怯えている様子から察するに彼女は雷が苦手である。


 「雷、苦手なの?」

 「…うん、雷だけは昔からどうしても怖かっちゃんね」

 「コワカッチャン??」

 「怖いってことたい!」


 一回目の雷から一分と少しが経過した頃か。雨音も強まる中、二回目が鳴った。


 「きゃーー!!」


 恵舞は、僕を抱き締める力を一層強める。彼女の身体が震えているのを感じ取り、ひとまず落ち着かせるために頭を撫でることにした。


 「大丈夫、怖くないよ。てか僕まだ服濡れてるからあんまり抱きつかない方が良いと思うよ…?」

 「だって怖かもん…」


 実に困った。シャワーは浴びたいが、この状況で彼女を一人にすることもしたくない。雷が鳴るからといって僕たちに直接的に何かが起こるわけではないと、頭では分かっていてもやはり昔からの恐怖心というのはそう簡単には拭えるものではない。何に於いてもだが、きっと怖いものはどう頑張っても怖いものなのだと思う。


 「ねえ…あのさ」

 「どうした?」

 「…ウチも一緒にお風呂の中、おってもよか?」

 「ン???」


 彼女は何を言っているのだろうか。

 たしかにそうしてしまえば僕はシャワーを浴びれるし彼女は一人にならずに済む。だがそういう問題ではない。いろいろと問題ありすぎるだろ。


 「ちょっと待って、そもそも恵舞もうシャワー浴びたじゃん?」

 「…も、もっかい浴びるもん」

 「ええ…第一、僕は男だぞ? しかもさっきから言ってるようにほぼ初対面の」

 「だって、別に悪いことせんやろ? それくらい分かるよ。そもそも五月のきょうだいってだけで信頼できとうのにこんだけ優しかったらもう疑えるもんも疑えんよ」


 彼女は僕が言い返せないことを確信したのか、こちらにドヤ顔を向けた。まあ、ほとんどさっき自分が言ったことだから本当に言い返せないのだけども。でも、それにしてもだろ…。

 僕が渋っていると、三回目の雷が鳴った。彼女は表情を一転させ、今はもう殆ど泣いてしまっている。


 「ねえミツキくん…ウチもう怖いけん早く入りたい…」

 「…わ、分かった。その代わり絶対こっちを見ないのと、抱きつかないこと…おーけー?」

 「お、おーけー」

 「じゃあとりあえず服脱ぐから、そっち向いてて」

 「分かった、ウチも脱ぐね」


 この会話だけを聞いたら、完全に行為前のそれである。雰囲気すらそれに近いものを感じる。いや、まあ経験はないんですけどね。


 「入るよ、絶対こっち向かないでね」

 「わ、分かった」


 星野家の風呂場は、二人暮らしにしてはそこそこに広い。浴槽は二人が割と伸び伸び入れる程の大きさで、同時に三、四人が風呂場に入ってもそう不自由を感じることはないと思われる。彼女も先ほど着たばかりの服が濡れないように完全にそれを脱いでいるようで、そのため背中を向け合い、お互いに身体が見えないようにしている。

 …そんな中、僕がシャワーからお湯を出し始めてすぐに、また鈍い音が響いた。


 そしてお察しの通り、彼女は怯えながら僕に抱きついた。

 お互いに一糸まとわない、このタイミングで。




 「ッッッッッッ!!!!!!」

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