第11話 一緒に帰らん?

 「あの、ごめんちょっと意味が分からないんだけど」

 「えー、冷たいですよ星野くん!」

 「いやいや、意味分かんないでしょ、何その面子めんつ。」

 「何って…お友達ですけど…?」

 「ごめんやっぱりちょっと分かんないわ」

 「えええ」


 カラオケ店に到着した僕らは、受付をするためにフロントの前へ来た。そこには、同じ制服の三人組が居た。それまではいい。全然良い。

 ここからが問題なのだ。その三人組というのが、隣のクラスの生徒で新聞部部長の二偶唯ふたたまゆい、僕の長年の片想い相手であり双子の姉でもある翠川五月みどりかわさつき、そして五月と仲良しの友人の三人組なのだ。

 最後の子はさておき、ふたた…唯と五月が仲良くしていることがあまりにも衝撃的で、理解に苦しんでいるのである。まあまだ仲が良いと決まったわけではないが、放課後に一緒にカラオケに行くという時点で親密度はなかなかに高いことが予想される。一体いつ親睦を深めたというのだ。


 「…唯、何をたくらんでるんだ?」

 「たくらむなんて人聞きの悪い! くわだててると言ってください!」

 「それ意味も漢字も同じじゃん」

 「えへへ、バレちゃいました?」


 ひそひそと話しかけるも、相変わらず微妙に掴めない話のペースではぐらかされてしまった。しかし聞くのも億劫になってきたので、一旦諦めることした。怖いけど。


 「まさかこんなとこで会うなんてね、三輝」

 「本当にね、びっくりだよ」


 横から五月が話しかけてきた。身長差があるため、彼女からの目線はやはりどうしても所謂いわゆる上目遣いになってしまう。それが非常に可愛い。本当に可愛い。


 「何話しとるーん?」

 「ああ恵舞えまちゃん、ごめんごめん」

 「えーっと、七九田しちくだだっけ?」

 「恵舞えまでよかよー」

 「わかった、じゃあ恵舞で」


 五月の友達と言ったが、彼女の名前は七九田恵舞しちくだえま。福岡出身で、少し濃いめの博多弁が特徴的な女の子である。普段話すことはそう多くはないが、五月繫がりで辛うじて面識はある。快活で可愛げがあり、男子からの人気も高い。勉強が得意ではないようでテスト前には彼女の唸り声が教室中に響くことも少なくないが、運動にいてはピカイチ。小柄ながら、体育の成績は常に「5」であるという噂を聞いたことがある。


 「それにしてもなんで五月と唯が? 恵舞はさておき君たち接点ないでしょ」

 「最近、唯ちゃんから声かけてくれて仲良くなったんだよ」

 「そうです! わたしから是非お友達になりたいとお声かけさせていただいて…!」


 明らかに裏がある。そう思わざるを得なかった。てか絶対そうでしょ。

 唯が僕に好意を持ってくれていることは知っている。この間の一件でそれはよく分かった。ただ、その時彼女は言ったのだ。『いつか絶対、わたしに振り向いてもらいますから!』と。僕が五月に好意を持っていることを知っていながら彼女に近づくということには、不信感までとはいかずともちょっとした違和感を覚えてしまった。


 「ウチも、ユイとは最近仲良くなったとよ! 知っとると思うばってん、サツキとはずっと前から仲良かよ」


 ばってん、とは。やはり彼女の方言は濃い。彼女の声はよく通るので教室内でもよく聞こえてくる。そのため何度も発言を耳にはしているのだが、今でも意味の分からない言葉は多い。

 それはさておき、フロントの前で長話をしても店に迷惑をかけてしまうので、僕は早々に受付を済ませようと店員の元に向かった。背後から聞こえた十三実いさみの声により、すぐにその足は止まってしまったが。


 「どうせならさぁ、このまま六人でカラオケしない?」

 「え???」

 「賛成です! 大賛成です!」

 「ウチもいーと思うよ!」

 「良いんじゃない? 兄さん」

 「待て待てそんな急な、そうだ、五月は?」

 「私も賛成だよ? やっぱり大人数だと楽しいし」

 「ええ…」

 「じゃあ決まりだねぇ! フリータイムでいいかなぁ?」


 このコミュ力お化けどもめ。別に僕だって嫌なわけではないが、こんなにもあっさり全員が承諾するというのは意外だった。マジモノのコミュ力お化けである十三実いさみや明らかに他意のある唯はさておき、比較的もの静かであまり自分から話すことのない十一とういちが賛成したのには驚いた。まあ十三実の意見にはだいたいいつも乗ってるけど。

 僕の一般論——だよな? おかしくないよな?——はあっさりと押し切られ、僕たちは六人でカラオケを楽しむこととなった。


———


 「はー、久々に歌ったぁ!」

 「風早かぜはやくん、歌上手だね…」

 「そう? ありがとぉ、あと十三実で良いよぉ。弟とごちゃごちゃになっちゃうし」

 「そっか、それもそうだね…十三実くん」


 五月が十三実のことを下の名前で呼んだことに、何故か一瞬もの凄く動揺してしまったのは秘密にするとして。

 ひとまず時計回りに順番に歌っていき、最後である十三実が一曲目を歌い終わったところである。ちなみに席順は左から、唯、僕、五月、十一、恵舞、十三実である。


 「それにしてもさぁ、この場にいる六人中 四人が双子って、なんかすごいよねぇ」

 「えっ兄さん待って」


 恵舞の方をチラチラと見ながら焦りをあらわにする十一。それもそのはず、彼女は僕と五月が双子であることを知らないのだ。マジで何やってんだ十三実おい。


 「あ、恵舞ちゃんには言ってるよ?」

 「はあああああ良かったああああ」

 「兄さん、今回はたまたま良かったけど本当に気をつけてね??」

 「ご、ごめん…」


 五月の親友の二人には彼女も含まれていたのか。命拾いをした気分である。

 唯にバレてしまっている今、そうまでして隠すことなのかと言われれば確かにそうなのだが、やはり衝撃的なニュースであることに変わりはなく、周りの反応の大きさもおおよそは予想できる。

 話に尾ひれがついて噂だけが一人歩き…などというのも、高校では何ら不思議なことではない。高校生とは噂好きな生き物である。下手な誤解を産むのも避けたいので、やはりこの事実はおおやけにはしたくない。


 「まあでもウチもびっくりしたよー、クラスメイトの男女が双子とかそんなん普通信じられんやん?」

 「わたしも凄くビックリしました。…まあわたし的にはちょっと嬉しかったんですけど」

 「なんて?」

 「何でもないですっ」


 後半は聞き取れなかったが、唯の表情があまりよろしくないものだったので僕は執拗に聞き返さないことを選択した。にやけ方が性犯罪者のそれである。まあ実際それ紛いのことを僕はされたんですけどね。それは置いといて。


 「俺もめちゃくちゃビビったなぁ」

 「ボクも驚いたよ、すぐ馬鹿にしちゃったけど」

 「私も最初は信じられなかったよ、三輝に話してる時ですら自分が何言ってるのかよく分かってなかったもん、へへ」

 「なんでちょっと照れてるの」

 「なんでもないよ」


 皆なんでもなすぎません? 流行ってるんですかそれ。


 「言われてみれば確かに似とるよね、サツキとミツキくん」

 「ですよね、特に目元とかですかね?」

 「それ十三実たちも言ってたな」

 「似てるかな、私たち」


 そう言って五月は、僕と顔を並べるように動いた。無論距離は近づき、同時に僕の心音は加速した。こんなときにまだ好きであることを再確認してしまうのでつらい。心の中で溜め息をこぼし、皆との会話に戻った。

 それからしばらく雑談して、歌って、雑談して、を繰り返し、外が暗くなってきたタイミングで僕たちは店を後にした。


 「いやぁ、楽しかったぁ」

 「楽しかったですね!」

 「うんうん!」

 「あ、兄さんこれ」


 十一がスマホの画面を十三実に見せる。


 「あぁ、ごめん三輝、俺らこのまま駅の方向かわなくちゃ行けなくなっちゃったぁ」

 「ごめんね三輝くん…一人でもちゃんと帰れる?」

 「なんの心配だよ帰れるわ」

 「だよね、じゃあ皆また学校で!」

 「はーい」

 「ばいばーい」


 皆と解散し、僕は帰り道の方向へと歩きだした。


 「あれ? ミツキくんもこっちなん?」

 「ああ、恵舞もなのか」

 「うん、ウチもこっちー、一緒に帰らん?」

 「ん、いいよ」


 …これが大事件の発端となることを、この時の僕はまだ知らなかった。

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