第3話 魔法少女――ジョシコウセイ

 『ペリドット』から事情を聞き終えたあと、ぼくは伝をたどり何人も人に連絡をしていた。まず自分の上司であるこの企業の社長に連絡。社長から許可をいただいた後に報酬を出してくれそうなスポンサーになってくれる可能性がある木枯一門の引きこもり木枯蕩こがらしとれに連絡。「面白そうだからおっけい」と返されて前金100万、合計で1000万の報酬が確約された。そうして漸く上司の許可と人を雇うための資金が出揃いぼくは仕事を引き受けてくれる人を探し始める。


「アタイは俗世には疎いしあんまりお前が行っている業務の重要性を理解していないが、二つ返事で許可したお前の上司といい、面白そうだからという理由で1000万も支払うことを確約するどこぞのお嬢様といい、お気楽にすぎないか?」


 『ペリドット』が呆れ気味に言う。


「みんな道楽でやってますから。本当の意味で生死に関わってるのはぼくだけです。ぼくだけノーギャラとか普通に有りますし」


 まず一人目。初めて会った魔法少女に電話する。

 ……つながらない。


「むしろお前がこの仕事で生きていけていることが不思議だな」


「最低限の衣食住の保証はしてもらってます。社長が言うにはぼく自身の影響力自体は大したことはないらしいんですが、ぼくが死ぬことによって引き起こす被害は甚大らしいんで。迂闊に死ぬとあの化物がむやみやたらに人を襲い始めますからね」


 四人目に出会った魔法少女に電話をかける。

 ……つながらない。


「あの化物か。死なない化物は良くある話だが、封印すらまともにできないというのは初めて出会った」


「その代償として吸血鬼よりも弱点が多いですけどね」


 あの化物の弱点の一つに夜は動かなくなるというのがある。吸血鬼とは真逆だが日中は容赦なく襲いかかるので油断ならない。


「よく逃げ切れたものだ」


「一時休戦しているだけで、十年後くらいにはまた逃げなきゃならないですけどね」


十一人目に出会った魔法少女に電話する。

……つながらない。


「ダメみたいですね。やっぱりこの時間帯はつながりにくいんですかね。学校で授業が行われている時間ですし」


 時計は昼の午後2時を指している。今日は祝日でない火曜日。学校にしろ仕事にしろ一般人は出歩かない時間帯だ。


「魔女と違って魔法少女は俗世にとらわれるからな。そんなことをしているから魔法も勉学も中途半端になるのだが」


「魔法少女っていつも学校をサボってるイメージがあるんですけどね」


「日々に退屈しているやつほど魔に堕ちやすいが、魔法を扱うものは大抵勤勉だ。でなければ本を一万冊読んで漸く三流と認められる魔法の世界に来ようとは思わないさ」


 魔法とは知識である。マッチ棒一本と同じ火を灯すために百科事典並みに分厚い本を読み込まなければならないほど、覚えること理解しなければならないことが多い。人知を超えた力を使うのだから当たり前なのだが。才能が全ての超能力者とは大きな違いである。


「うーん、出来れば今日中契約内容までまとめたいんですけどねえ。早く動き出したほうが良さそうな案件ですし」


「魔法少女も暇ではないだろ。お前が魔法界を引っ掻き回してしまったせいで大混乱が起きてるからな。魔物が増加しているとも聞くし、魔法少女も日々自己強化に勤しんでいるはずだ」


「責めるような目でぼくを見ないで下さい。ぼくには何も責任はありません。ぼくは被害者です」


「被害者が被害者のまま引っ掻き回したのが大問題だったわけだが。善性の魔法使いたちはみな責任問題で大慌てだよ。未だに誰が悪いかで揉めている」


 誰も悪くはないのにな。

 ……いや、十三人の魔女が元凶か。


「あなたたちのせいですけどね。捕まえることもできないんでしょうけど」


「アタイたちを捕まえられるような奴らなら、事件を未然に防いでいるさ。……そう考えるとお前は未然に防いでいるのか。結局、アタイたちの目的は達成できなかったわけだし」


「過大に評価しないで下さい。偶然が重なっただけです」


というか、ぼくよりも魔法少女たちのせいだろうに。魔女たちは魔法少女たちの可能性を甘く見すぎていた。そういった結末で、魔女の予想――予知すらも超えて魔法少女が成長してしまった。敗北こそしなかったが、魔女たちと魔法少女たちの見るも無惨な争いは引き分けに持ち込まれたのだ。魔女が魔法少女に引き分けるのは前代未聞のことらしい。


「実際問題どうしたものでしょうか。『ペリドット』とできるだけ因縁の薄く顔を合わせても揉めない人物は軒並み電話がつながりませんでした」


「へえ、配慮してくれてたんだ、意外」


「あなたには配慮していません。魔法少女方々への配慮です。というか、仕事にならないんですよ。人によってはトラウマ抱えていますからね」


「アタイはどっちかと言えば裏方だったんだがなあ」


「あなたが裏にいる時点で状況はおおむね最悪でしたから。あなたが来ていると分かった時点で阿鼻叫喚でしたよ」


「嘘だ!!影の女王ディープダークとか悪夢のナイトメアとかの方が絶望感半端ないって!!」


「その二人は指名手配されるほど知名度が高いからまだよかったんですけど。対策をまだ講じることができましたが、あなたは初見殺し且つ魔法少女の中では知名度ゼロでしたから誰に何されたかわからないままに仲間が次々にやられていくという惨事だったようです。ぼく以外の全員があなたを恐怖の象徴として見ていましたよ」


 ぼくは挙げられた二人の方が怖いけど。『ペリドット』はまだ優しい方で挙げられた二人の魔女は拷問とか普通にするような魔女だからなあ。見るも無残な魔法少女たちがたくさん量産されたわけで。


「魔法少女の方が仕事にならないと解決までもっていけなさそうですし、超能力者じゃ畑違いにも程がありますし、陰陽師や悪魔祓いエクソシストに頼むわけにもいかないし。腕っぷしが強いだけの素人じゃダメですよね?」


「ま、無理だろ。お前でも逃げ切るのが至難の怪物だ。それこそ人類最強レベルでも連れてこないと」


「人類最強なんて連れてきたらビルが倒壊する事態になりますよ」


「なにそれ。本当に人間?」


「最強というのは伊達ではないということです。人間という者も突き詰めればビルをも破壊するんです」


「そんな人類がいたら物語も終わっちゃうな。完璧に完結だ」


「ところがどっこい物語を終わらすのは別の人物の役目です」


 それはさておき。


「雑談していたら思い出しました。一人だけあなたを怖がらない、因縁すらない魔法少女がいたことを忘れていました」


「へえ、アタイと因縁がないってのはまだしも怖がらないってのは流石に不思議だね。前線に全く出てない魔法少女でもいたのかい」


「いえ、あの時の魔法少女と魔女の戦いで唯一戦うことすら拒否した魔法少女です」


「……自殺志願者かい?」


「いえぼっちな女子高生です。とは言っても、今は高校を休学中ですけど。登校拒否のニートです。一応魔法を使って家計に協力はしているので完全なニートというわけではないですけど」


 現代社会では魔法は認められていないし、稼ぎ方が魔法を使って動画配信の視聴回数およびアフェリエイトのクリック操作だからなー。動画配信者という意味では仕事なのだろうけど。


「それ、本当に魔法少女かい?」


「異名は孤高の魔女アイソレーター


 絶縁体である。絶縁人体なのかも。


「いや、魔女ではないだろ」


「魔女が孤高なのは割とよくある話でしょう。ま、あいつに関して言うのならば魔法少女の中では断トツで魔女に近いですよ。魔法も多分一部の魔女よりもレベルが高いです。あまりにピーキーすぎますけど」


「高校生程度の年齢で魔女になれるものではないけどねえ」


「そうでしょうね。実際、魔女になるのは百年くらい先でしょう。それにアイツが魔法界に馴染めるとも思えないので。高校に馴染めなかったみたいですし」


「……どうやってその魔法少女と関係を持ったんだい?」


「中学の同級生です」


「……お前中学に通ってたの?」


「今世紀最大の驚愕をしたかのような顔は止めてください。ちゃんと卒業しました」


 成績は休み過ぎてよくなかったけど。テストはどうにか点数を稼いでいたので少し補講を行うのみだった。


「いやいやいや、軽く半年間ぐらい日本に帰れていなかったじゃん!?」


「中学一年までは普通の生徒でしたし。二年のころは基本的に夏休みと秋だけしか休んでいないですから」


 中学三年のころは悲惨なものだったけれど。


「そんなやつのこと基本覚えているわけないだろ!?どうせその魔法少女も忘れているだろ!!」


「ところがどっこいメル友です」


 いや、今はSNSが基本なのでこの言い方は正しくないんだけれども。ニュアンスは伝わるか良しとする。


「意外を通り越して異常だよ。何だい、お前実はまめな男でメールとかでやたらと好感度稼ぐタイプな奴か?」


「いえ、ぼくは殆ど返信しませんよ。ただ、話し相手が極端にいませんし、リアルで面識がある友達がどうにもぼくだけらしく、必死なようです」


 高校にはなじめず、中学ではぼく以外の同級生と話している姿を見たことがなかったのでつまるところそういうことなのだろう。


「……聞けば聞くほどみじめだなあ。魔女よりもお前よりも惨めだ」


「人を惨めの代表格みたいに扱わないでください」


「そんなやつ役に立つのかい?コミュニケーションもまともに取れそうにもないが」


「それはどうにかなりますよ。ぼくが話を通しますから。それに魔法は恐らくあなたにも匹敵するほどのモノですよ。ま、素人の意見ですけどね」


「へえ――」


 雰囲気が変わる。

 先ほどまで話半分で聞いていた魔女が本気の顔を見せる。


「アタイよりもかい?このアタイよりも。この声を操る、最恐最悪の十三人の魔女の一人、吟遊詩人バードよりも」


「ええ――なぜなら。あなたの前任の魔女、悲劇作家ストーリーテラーを殺したのは何を隠そうその魔法少女ですから」


 魔女を殺した魔法少女は、前代未聞なのだろう。

 『ペリドット』は言葉を発さず、ずっと目を見開いていた。 

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『宵闇渡り≪バランサー≫』とは呼ばれない 解虫(かに) @kaninohasami

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