第2話 魔女――キョウリョク者
『ペリドット』は声の魔女だ。声を使い、声を操る。音を奪い、言葉を語り、聞くもの全てを黙らせる。
「仕事をしてやるから報酬を寄こせってことだ」
ハスキーボイスが耳に障る。
彼女の声はそれ自体が魔術である。
呪いや呪文ってものは言葉から発動するというのが古代からあるものだけれども、彼女はそれの中でも規格外。
何故なら彼女はただ喋るだけで魔術を魔法を完成させる。
「ぼくの膝の上に座らないでください。執務の邪魔です」
現在。11月も半ばを過ぎたところ。
駅から遠く離れたところにあるビルの三階。事務所としてここを借りていて、ここで基本的にぼくは業務を執り行っている。
やっていることは主に魔法少女や超能力者たちに仕事を斡旋すること。
特にぼくの業務は仕事内容を整理して、適切な仕事人を選び、適切な報酬とナビゲーター、場合によってはネゴシエーターとかする。
「言わなかったか?お前の膝はアタイの席だ。アタイはお前の膝以外に座る気はねえ」
「普通に椅子を使ってください。邪魔です」
「いーやーだー、いーやーだー!!普通の椅子は気持ち悪いー」
「幼児退行しないでください」
『ペリドット』は魔女、魔法少女ではない。だからほんとはぼくの管轄外。魔法少女と超能力者は管轄内だが、魔女はぼくじゃ扱えない、扱いきれない。
昔の因縁から魔法少女と超能力者には顔が効くが魔女にはむしろ憎まれているし恨まれている。
『ペリドット』も魔女の一人。それも最恐最悪の十三人の魔女の一人。かつて魔法少女を殺しまくった元凶の一人でもある。
無能力者のぼくには手も足も出ない存在であるのだが、とある理由から彼女らはぼくを殺せない。
そのあたりの事情を使って過去に十三人の魔女全員と対決したためにぼくは嫌われた……はず。
「アタイはお前の言うことだけは聞く、その代わりにお前の膝に座ると決めているんだ」
「だったらまずその仮面を取ってください。薄気味悪いです」
声を使う魔女『ペリドット』。声によって全てを意のままにする彼女だが、できないことがないわけじゃない。
それが変化。
魔女にあるまじきことなのかもしれないが彼女は自分容姿を変化できない。
彼女は呪いをかけられた。
魔女に呪いをかけられた。
それゆえに彼女は仮面を被り、隠す。
見た目はおおよそ十六、十七程度の少女に見える。ぼくも初めて会った時には魔法少女だと思ったくらいだ。魔女らしいとんがり帽子。不吉な黒いドレスのような衣装。身長はぼくよりも少し低い。髪は黒。鮮やかで不気味な黒髪。恐らく美しいのだろう。美女という言葉が似合うのだろう。けれども目をひくのは、或いはその美貌を隠すのは白い仮面。表情のない、のっぺりとした仮面。逆に魔女っぽいのが皮肉めいている。
「……これをとったら、アタイには何もなくなる。アタイはその全てを操れる。だけれど魔女の呪いは絶対だ。呪いを解くまではアタイは一生悲惨な顔で生きていかなきゃならない。アタイはこの顔じゃ生きられない。生きていられない」
「それじゃ、あなた自身が魔物になってしまいますよ」
「今のアタイは半分魔物みたいなものさ。少なくとも真っ当な魔女ではない。十三人の魔女もアタイのことを追い出したものとして扱っている」
「そんなことありませんよ。あなたは今でも最恐最悪の魔女です――けれど最低ではありませんでしたよ。あなたがしたことはぼくはまだ許せませんし、罪を償わなければならないとは思いますけど、ぼくはあなたが魔物だとは絶対に思いません。あなたは魔女です。声を操る、声の魔女。
『ペリドット』の呪いのことをぼくはよく知っている。呪いをかけられた現場にぼくもいたからだ。彼女は最後最後で魔女たちのことを裏切り、ぼくに手を貸した。十三人の魔女のほぼ全員と敵対し中立だった魔女三名を除き彼女たちに生け捕りにされかかり、一生を魔女の牢屋で過ごすことになりそうだったぼくのことを助けたのだ。だから彼女は呪いを受けた。魔女同士の裏切りなんていつものことだし、何だったら魔女のになる前の成長途中である魔法少女を己の実験のために殺害する連中である。だけれど恨みは重い。魔女は許さない。ぼくを許さないように、敵を許さない。
『ペリドット』の呪いは単純だ。顔を異形のそれにする。けれども彼女も魔女としてもトップクラスだ。完全に呪いを受けることはなく跳ね返したり防いだりした。
「……アタイが許されないのは知っている。アタイは失敗した。気が付いたときにはもう遅かった。お前に助けられなければこんなものでは済まなかったし、恐らくアタイがしたようにあの魔法少女たちと同じ結末を辿っていただろう。まあ、あの魔法少女たちに対してアタイは謝らないがね。魔法を学んだものは遅かれ早かれああいった結末を辿る。アタイもまた、ね」
いつになく自虐的だった。人を嘲笑うような声を自分自身に向ける『ペリドット』がそこにいた。
「…………。」
ぼくは何も言わなかった。
ただぼくの膝の上で今にも泣きだしそうな彼女の頭をそっと撫でることにした。
これはお返しだった。
二年前、ぼくがやられたようにやりかえした。
あのときぼくは助けられた。その借りは返したけれどぼくと彼女の縁がなくなったわけではなかった。
ひとしきり撫でて、彼女が落ち着いてきたところで、彼女はぼくの膝の上でクルリと向き直り、体をぼくの側に向けてきた。
「お前は賢い。だから最初から気づいていたんだろ?あの怪物に遭った時から。なんせアタイの顔を見たことがあるのだから。そう、無関係なことではない。だからこそお前と会うことにした。この状況を解決してもらうにはお前を除いてほかにいない。だからお前に……」
「じゃあ、条件があります。ぼくの目の前で仮面をつけないでください」
「何故……何故そこまで仮面にこだわるんだ?お前にとっても決していい思い出ではないだろうに」
「逃げないと決めたからです。あのときぼくはあなたたち魔女と向き合うと決めたからです。特にぼくはあなたに対しては逃げたくない」
「そうか、そうだな。お前は二年前もそういってアタイの顔を見たのだったな……。では、アタイも一つ条件を付けたい。お前には確かに顔を見せる理由がある。けれども、お前以外には見られたくなどない。だから――だからこうして、二人きりの時だけ見せるというのではダメか?」
そんなことを言われたら駄目だとはとてもじゃないけど言えなかった。
「分かりました、じゃあ――」
「なあ、できればお前に仮面を取って欲しいんだが……」
「…………。」
ぼくは言葉に詰まり、無言で彼女の仮面に手をかけた。
「んっ――」
彼女が少しだけびくりと抵抗して、しかし仮面は驚くほど簡単に取り剥がすことができた。
そして、赤い目が現れる。
この世界何よりも深い赤。
言葉では言い表せられないほどの。
それは奇しくも先ほどの怪物と同じ色をしていた。
竜巻を纏っていたあの怪物。
『ペリドット』が言っていた魔人の顔と。
そう、『ペリドット』の左目、左目付近は怪物の顔と酷似していた。爛爛と赤く輝き、血走り、怪物のような瞳。そして黒い靄がその瞳から噴き出すように溢れて顔の左側を覆う。
彼女の本来の目の色は右目と同じ深緑だ。
宝石を思わせる深い緑。
覗き込めば虜にされるような。
彼女はとても美しかった。
世界を魅了するような魔女だった。
しかし、今は口が裂けても言えない。
今、彼女に美しいなどと言えば彼女はぼくを本気で殺しに来るだろうし自殺しかねない。
それほどまでに異物。
異形にて異常。
怪物と、お伽噺に出てくような悪の魔女。
そして、ぼくはその顔を見つめなければならない。
ぼくは彼女がぼくにしたことを未だに許していない。
彼女のしでかしたことはそれほどまでのことだった。
ぼくは地獄を、地獄に落ちる陥れられる魔法少女を見続けた。
だから彼女のことを許せない。
だけど、ぼくは同時に一生このことを忘れない。
彼女のこの顔を一生後悔し続けるのだ。
▲ ▲ ▲
「アタイが気が付き始めたのは、お前と別れて一年以上経った後のことだった」
つまるところ一年前ほど。
彼女も正確な日付を覚えているわけではなかった。
どこから事態が始まっていて、どこから事態が彼女にかかわっていたのかは彼女も知らない。
今回に関していうと彼女は巻き込まれた側の被害者だ。
「最初は特に何も考えていなかった。ただの怪物、異形として処理をしていた」
彼女は魔女としてトップレベルであるため、ぼくなんかと違ってあの程度怪物でどうこうすることもなく事態を見ていた。ぼくが出会った化物。ぼくを追い続けた、あの化物とは違う。今でも解決することができずに先延ばしにしているあの化物とは違い、あの怪物――魔人は魔女からすればありふれた雑魚でしかない
「そうして淡々と倒し続けているところでアタイの顔と似ていることに気が付いた。他の魔女の嫌がらせかとも思ったがそうではないことに気が付いた。どうにもその魔人は自然発生しているようなのだ」
魔人。人が魔物になったのかはたまた魔物が人になったのか。どちらであるのかは彼女も魔人の専門家ではないので分からないのだが、彼女の見立てでは人が魔物になっているだろうとのことだった。人の魔物化はどちらかと言えばよくある話だから。
「魔人の自然発生。全くないわけではないが頻繁に起こるわけではない。素人でも知っている例だと吸血鬼とかそのあたりだろう。ゾンビとかもそうか。ただまあ、今回のことに関して言えばそういうのとは毛色が違う。吸血鬼やゾンビなどと言った所謂人に近い魔人化ではなく、人とはかけ離れた魔物。強いて言うのならば魔物化というのが正しい」
魔物化。人が魔人になることは珍しくない。だが、人が魔物そのものになるとなると意外と少ないのかもしれない。ぼくも専門家ではないが彼女が言わんとしている異常なことには気が付いた。誰かの悪意によってではない。人が魔物になるという事態が自然的に何件も発生している。
しかも、彼女の左目に酷似した魔物の発生。
「アタイはこれを解決したいと思っている。アタイが解決する問題だとも。故にアタイはこれを仕事にするためにここに来た。正直言う、アタイだけではこの状況を解決できないし。アタイがいなければこの状況を解決できないとも思う。だからお願いしたい。これを仕事して取り扱ってくれ」
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