『宵闇渡り≪バランサー≫』とは呼ばれない

解虫(かに)

第1話 ムノウリョク者

 魔法が使いたかった。

 超能力が使いたかった。


 古今東西色んな文献を漁り色んなパワースポットを巡り、道聴塗説、街談巷説を集め、修行をして知識を得て――結局、何一つとして意味をなすことはなかった。


 結論、ぼくは魔法も超能力も使えない。

 もっと言えば陰陽術とか、神の奇跡とか、或いは修行の末に覚醒するなんてこともなかった。

 

 魔術師には成れない。

 超能力者には成れない。

 その他い能力を使えるような存在には成れない。

 

 得たものは精々そういった役に立たない結論と無駄な知識と修行による少々の肉体的精神的成長、そして変な人脈だった。



『人を超えた力なんて手に入れるものではないよ』


 そんなことを如何にも人知を超越したことによって不幸や不自由を身にに受けたように様々な人間が様々に言いつのられた。人の気持ちも知らないで、とは言えないかった。なんせぼくには文字通り分かりえない知り得ない感じ得ない体験であり不幸を経験してきた人たちに直接言われたことなのだから。


 夢見ていた、興味本位で、そんな軽い気持ちがなかったなどとは口が裂けても言えないけれども、決して遊び半分で魔法や超能力を追い求めていたわけではない。本気で手に入れようとしてたし、全力で習得しようとして、それが無理だと分かり泣く泣く、本当に泣きじゃくって断念したのだった。


 結果として一般人には魔法や超能力を習得することができないということは分かったが、同時に一般人でも魔法や超能力と関わることができるということが分かった。もっと言えばぼくは巻き込まれた。

 いや、巻き込まれたと言って純然たる被害者面をする気はない。ぼくには多かれ少なかれ、いやかなり積極的にそういった超自然的事象に巻き込まれたいという願望があったのだから。でも、一言だけ言うのならばぼくに悪気や打算はなかった。


 全くの偶然だった。


 初めての邂逅は魔法少女や超能力者ではなく、化物だった。

  

 金髪で美女な吸血鬼とか、或いは宇宙的な魔法生物(マスコットキャラクター的な)といった希望的な観測や多少の会話や交渉をしえるモノではなく、一片の疑いもなく、誤解も語弊もないほどの分かりやすい見たまんまの化物だったのだ。その姿形を説明するのは今となって様々な異常現象と出会い知識も豊富になっているというのに筆舌にしがたい。形容しづらいし、そもそも不定形であったことも原因の一つだ。強いて言うのならば、どうにも見たものというか出会った者の姿を真似ようとする化物であったため、主に人型に近い何かの姿をよくしていたのだけは確かだった。その化物と邂逅して生きて今をこうして暮らしているのだから逃げ延びられたとか、誰かに助けてもらったとかそう思われているのかもしれないが実のところ現在もまだ逃げ延びれたとは言えないし、ましてや助けてもらったとも言えない。今は襲ってはこないとはいえ、結局問題を先送りにするという解決の方法しかなく、タイムリミットつきのモラトリアムを過ごしているに過ぎない。この化物との邂逅でぼくの人生というものが大きく狂い出したのは間違いない。ぼくの人生はこの化物をどうにかしなければならないということになったのだ。


 化物は人を襲うがどうにもぼくだけを襲いに来ていて、ぼくを殺すまでは追い続ける。少なくとも銃弾などでは倒せそうになく、ぼくの力ではどうにもなりそうになかった。そのため魔法や超能力を探した時の知識や経験、伝手を使ってその化物をどうにかしようとしたけれどどうにもならなった。そのため必死になってぼくはさらに探した。魔法少女を探し、超能力者を探し、霊媒師を探し、怪異を探し、宇宙人を探し、そして見つけ出した。見つけ出した過程で、魔法少女に助けられ――助け、超能力者同士の戦に巻き込まれ――巻き込み返し、霊媒師に祓われ――祓い、怪異に襲われ――襲い、漸く、中学生の中ごろから始まった化物騒ぎは高校生入学直前に終決し、化物を一先ずどうにかして襲われるのを十年二十年先に伸ばすという方法をもって解決を生した。


 その代償として、ぼくは人生を棒に振った。


 悲劇のヒーローのように語る気は更々ないが、日常生活をまともに送ることのできない状態に陥り、合格した高校を自主退学し家族とも縁を切り故郷を離れ目に遭った。

 いや、死ぬことに比べたらそれぐらいマシなので割と気にしていないのだけれど、客観的に見てもやっぱりこれは不幸で悲劇なのだろう。


 魔法も超能力も見つけることこそできたけれど出会えることこそできたけれど習得することなどできず、しかしながら魔法を使える者や能力者と切っても切れない縁どころか関係を持ち続けなければぼくは死ぬという状況になってしまい、ぼくはあんな目に遭ってしまって本当に死ぬ目に遭って――生死の境目を彷徨い、殺し合いをしてぼくは今を生きているにもかかわらず、ぼくは関係を持ち続けている。


 そしてぼくは就職した。


 そりゃあ高校中退して、家から韜晦し、身寄りも金もないのだから食い扶持を稼ぎ衣食住をしっかりする必要があった。食わねば生きていけないし根無し家なしで生きていけるなんて自信はなかった。


 でも日常生活は送れない。多少のバイトぐらいならともかくまともな就職は厳しい。


 なのでまともでない就職をした。


 関係を持ってしまった魔法少女や超能力者に仕事を斡旋する仕事に――。


 ▲ ▲ ▲


 二十一世紀、平成も終わり、日本の歴史も新たな節目を迎えようとしているわけだけど、それで日本に住む人々の何かが劇的に変わっているというわけではない。衣食住を満たすために大人は労働し、学生は勉学に励み、子供は健やかに育つ。相も変わらず不況というか経済状況の停滞は続いていて人々の暮らしが幸せになっているとは思えないけど、昔よりはましになったのか時代が変遷したのか若しくは皆が慣れてしまったのか、逞しくというよりは慎ましく、いや細々と或いは厭々と日々を平穏無事に生きている。消費税があげられても大きな暴動が起きないあたりは日本人の国民性に不安すらも覚えかねないけれども、基本的にことなかれ主義であり付和雷同な民族で恥を恥として認識する戦闘民族な日本人は初めてのことには大仰にして驚天動地の騒ぎ方をするのかもしれないが、二度目三度目とそれが繰り返されると冷静に対処してしまうのかもしれない。いや、日本人の特性なんて実のところこれっぽちも分からないので知ったかぶりもいいところなんだけれども。ぼくは学者でも何でもないから。


「増税する前に買い替えておくべきだった」


 ボロボロに破れてしまったコートを見ながらぼくは後悔するほかなかった。

 こうなる前にというよりはコートに穴ができたときに買い替えを検討しておくべきだったのだと思う。人から譲り受けた品物だけに多少なりとも思い入れがあり、買い替える事に躊躇いを覚えてしまったというのはある。


「っと」


 咄嗟に飛びのく。

 銀色の閃き。

 追従するように突風が起こる。


 つむじ風なんて言う生易しいものじゃない。掠ってすらいない。それなのにぼくが纏うコートは雑巾としても使えないほどの襤褸切れにされた。


 襤褸切れを投げつけて距離を取る。

 

 赤い眼光。

 血走ったとか、焼けつくようなとか、そういった形容では足りない。この世のどんな赤よりも深く色めく悍ましい赤。


 そいつは怪物である。

 異形、或いは妖怪なんて呼ばれ方をするのかもしれない。

 

 恐らくは人間だったのだろう。

 人型で右の手のひらから直接刀のような刃物が生えている。

 しかし、全体像をぼくの主観だけで伝えるとするのならばそれは黒い竜巻だった。

 全身に竜巻を張り付け黒い砂のようなものを巻き上げてまるで鎧の様に纏っている。

 顔に当たる部分だけ竜巻が晴れているが、人間の頭部としての原型は保っておらず目がある位置から上、額の部分辺りから吹き飛んでおり煙のように竜巻と同じ物質なのであろう黒い靄がかかっている。


「かまいたち?――にしては人間味が強すぎる。どちらかと言えば怪人って感じだし」


 何かの切り裂き魔とかが怪異化したみたいな感じだろうか。都市伝説とかによって実在する人物や噂をモチーフにした化物が発生するという事案はないわけではないのだろうけど。


 ま、目の前の化物が何なのかは一旦置いておこう。

 ぼくが専門家ならばこの化物を分析解析して突破口を開くなんてことができるかもしれないが、生憎とぼくはただの一般人。陰陽師とか悪魔祓いエクソシストとかじゃない。魔法もおまじないもぼくには使えないし、超能力者でもなければ悪魔のハーフとかそんな曰く付きな人間でもぼくはない。少しばかり魔法や超能力を体験しただけのただの人間なのだ。

 ぼくがこの怪物に襲われている現状を乗り越えるために必要なのは専門的知識とか或いは超人的能力とかそういったものではない。ていうかそんなものあったら使ってる。使えないから使えないなりにどうにか凌がなければならない。弱い奴、無能な奴はそうやって生きていくほかないのだ。


「一先ず逃げるべきか」


 逃げるにしても――


 辺りを見渡す。

 鉄道の高架下。人気はない。誰かに助けを求めるのは絶望的。二次被害も起きずらいだろうけど。

 大抵の怪物は人が多いところに発生しない。多数の人に発見されてしまうと怪物ではなく科学現象に置き換えられてしまうから。

 祟りは雷に。呪いは流行り病。鬼は嵐に。

 故に逃げるには多くの群衆の中に隠れるというのも一つの手ではある。


 ま、被害が拡大するので絶対にやらないけど。


 となると、現実的なのは助けを呼ぶ。つまるところこの事態に対処できる専門家ってやつを。

 ぼくはその専門家の連絡先をいくつか持っている。携帯を掛けられればどうにか。


「問題は――そんな隙があるかどうか」


 風が唸る。

 動きは直線的だけれども風を視認するのはほぼ不可能だ。

 恐らく右手の刃物に触れれば全くの抵抗なく切り飛ばされる。

 あの刃物に追従するように風が吹きすさぶ。


 触れなくてもコートはボロボロにされた。実のところ痛みも感じずにいつの間に切られた生傷だらけで、血があちこちから流れている。動くことに支障はないけれどそのうち体力に限界が来る。長期戦は期待できそうにもない。


 そもそも戦うつもりはない。逃げ抜く。逃げる体力があるうちに距離を取り電話を掛けられれば勝ち。


 実にシンプル。自分が体験する立場でなければよい見ものだろうけど。


 怪物が音もなく声もなく近づいてくる。

 人間の動きを遥かに超えた速度。

 瞬きよりも速く眼前に近づかれその刃物を振り抜かれる。


 コートは既に塵芥。身代わりにして躱すことはもうできない。


 ガイン、と鈍い音。


 咄嗟に携帯を投げつけた。

 どうにも動物的に反射をしてしまうその化物はぼくの体から狙いを変えて携帯を切りつけた。


 間一髪ではあったけどどうしよう。

 連絡を取る手段がなくなった。

 一秒先の死を回避はしたものの、一分先の死亡につながった気がする。


「くっそ、ついてねえーなー!!」


 逃げ出す。

 振り返らず逃げる。

 もう考えている余裕はない。

 

 策はない。

 あの刃物を交わす方法も。

 何なら逃げ切ることもできないだろう――


 どうしようもない、けどいつものこと。

 何もできない無能はそれでも足掻く以外には方法がない。


 しかしまあ悪態ぐらいつかせてくれ。

 こんな何の所以もゆかりもない場所で、因縁も因果もなく、命を化物に狙われるということがどれだけあり得ないことでどれだけ荒唐無稽なことなのか。


 それはまさに、



「物語のようだってか?自称一般人。ソイツはまさに完璧だ」


 嘲笑うハスキーボイス。

 響く声が耳たぶに届いたときには幕は閉じる。


 唐突に、怪物の動きが止まる。

 怪物の纏う竜巻が引っぺがされるように消えていく。


 声もなく音もなく。

 声も出せず、音も出せず。


「完璧なまでに完璧だ。まるで一般人がある日化物に出会い、立派な英雄ヒーローに育つ物語のようだ。完璧すぎて完璧だ」


吟遊詩人バード、いえ『ペリドット』。ぼくをここに呼び出したのはこのためですか」


 怪物から竜巻が奪われる。

 人型の人ととはもう言えない何か。

 それだけが残る。 


「アタイのことを未だに吟遊詩人バードなんて呼ぶのはお前くらいだよ。もう二年前にもなるのにねえ、そう呼ばれていたのも。懐かしいものだ」


 怪物がアスファルトの上に横たわる。

 それは怪物なのだろう。

 けれど一糸まとわぬその姿は――


「そいつは人間だよ。正確には元人間だけどねえ。もっと言えばソイツは魔人だ。魔物と半ば融合した魔人。魔物の成り損ないともいえる」


「『ペリドット』、あなたは何を知っているんです?」


「この物語のことさ。アタイはこの物語のことは全部知ってる。仕事だよ『オブジディアン』、いやなんなら敢えてこう呼ぼうか――


宵闇渡りバランサー

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