第2話 自己紹介です

「えー以上で入学式は終わりです。続いて生徒達は先生方の卒院の元──」


 意外にも入学式は特にトラブルも無く平行運転だった。

 アリス様も大人しかったし、パッと見ただけけだが別段目立った生徒も居なかった。ホルス学園初年度の晴れ舞台は無事に終わった訳だ。


「ふあぁ〜……眠かったのじゃ…」

「かなり厄介だな。アリスさ……コホン!アリスも用心することだ」

「合点承知の助じゃ」

「誰だそれ…」


 あの〝学園長〟とやら、かなりのやり手なのだろう。

 まさか体力吸収ドレイン強制睡眠ハイ・スリープの複合魔法を声の波動に混じらせて全校生徒を試してくるとは。


 まぁその試練に無事俺は打ち勝つことができた訳だが。


 それが確かなら既に試されている状態……常に気を緩めることすら許されないというのかっ!?あの「マイク」という魔法道具。あれも危険だ、波動の力を行使する者の能力を助長させるらしい。

 ……だとするとあの魔法道具を持っていた来賓だったり教職員の奴らは全員あの不思議な力が使えるというのか?

 人間に対する認識を今一度改めたほうがいいかもしれない。これは魔王様への報告案件だな。


 とまあそんなことを今考えている内に色々指示が出てくる。


「は〜い。え〜っとぉ……Mクラスの生徒達は私に付いてきてくださぁ〜いっ」


 あのとぼけた声と顔をした奴がきっと俺たちの指導者なのだろう。


「アリス、俺たちの番だ」

「なぬ!?あんな見知らぬ奴の言う事を聞けと言うのか!?」

「あの〝担任〟と言う存在は俺たちの監視員だ。逆らえばきっと獄中投獄もあり得る、既に俺たちはんだっ!」

「父上よりも偉いのか?」

「ここでのヒエラルキーで言えば俺たちは〈ゴブリン〉であいつは〈ドラゴン〉だ。偉いとかは関係なく従うしかない、既にこの学園内では弱肉強食の関係が決まっているんだ。ここでの関係性で言えば魔王様よりも逆らえない存在だ」

「な、なるほどの……そりゃ従うしかなさそうじゃ」


 そのまま広い学園内を歩いていると、中々にここが充実した所なのだと思わされる。

 下手したらあのおんぼろ魔王城よりも良い環境じゃあないか?

 学園は確か寮制だったはずだな。どうやらあらゆる娯楽施設に実用的な施設があるらしい、なんならそこらの小規模の街よりもずっと広い敷地だろう。


(末恐ろしいな人間……まさか教育というものにここまで力を注いでいるとは。本気で俺たち魔物を滅ぼす気でいるらしいな)


 だがやはり甘いな人間ども。

 俺たちがいまだに魔物とバレていない時点でその観察眼はたかが知れている。

 入学時に検査もなかったし今回戸籍を偽ったこともバレていない……まぁこれは魔王様に色々根回ししてもらったからでもあるのだが。


 結界魔法も張ってはいるがやはり弱いな。


「やっぱりリオンの魔法は便利じゃのう」

「時と場合によるが、今回は成功だな」


 今更だが俺の種族は〈陰影師ハイドー〉だ。

 かなり珍しく文献にすら詳細な情報が記されていない。肌色や目、全身は非常に人間に近く変装する必要はほぼない。


 大まかな種族で言えば、俺は〈魔術師ウィッチー〉だ。魔王家に仕える魔術師ウィッチーの一族は多岐に渡る。

 そんな魔術師ウィッチーの中で特に一番魔王と親密だったのが陰影師ハイドーである。

 陰影師ハイドーの得意とする魔法は、変身だったり透明になったり、素早さを上げたり。まぁいわゆる影武者みたいな役割。攻撃には向かないサポート的な存在。そんな俺はアリス様を守ることで今の地位……側近ということになっている訳だ。


「おいリオン?何をぼーっとしておる」

「……はっ。あ、あぁ。なんか考え事をしてました。じゃない、してた」

「考えすぎるといつか脳の血管が切れるぞ〜?」

「元からの性格だからな……まぁ善処する」


 別に怒りやすい性格でもないので血管が切れるというのはどうかとは思うが。

 そんなこんなで長い廊下を渡ると一つの教室へと辿り着いた。

 そして教室内へと入る事になる。


「は〜い。それでは皆さんお好きな席についてくださぁ〜い」


 俺とアリス様を含めるとそこにいる生徒の数は合計で10人だ。

 席に関しては横長い一つのテーブルが段差違いで二組ある。長さもちょうどよく一つのテーブルに五、六人程度座れそうだ。


 もちろん俺とアリス様は隣同士で、アリス様は端っこ。俺はその横だから必然的に別の奴と隣り合わせになる。指示から一分ほどで全員が着席する。


 チラッと横の方を見る。

 そこには肩にかからないくらいの短い黒髪、黒い制服、青い目の色をした覇気の無い人間がいた。ロングの白髪、白い制服、赤い目をしたアリス様とまるで対象だ。

 人間は忙しなくあちらこちらを見ている、首は動いていないものも目がまるで落ち着いてない。

 さらに中性的な見た目でオスかメスかも判別が付かない。


「ほほう……弱いの」

「こらっ、そういうことは口に出すな」


 アリス様は瞬時に相手の力量を測る能力を有している。

 はっきりとした数値ができるわけではなく漠然とした感じで「強い」「普通」「弱い」などしか感じられないらしいが、確かな判定なので、アリス様が言うならこの人間は弱いのだろう。


「あ……あの。僕に何か、用ですか。あの、さっきからその……視線が」

「あぁすまないな。不快に思ったなら申し訳ない」

「あっ、うんと。はい。こっちこそすいません……」


 なぜそっちが謝るんだ……。

 弱肉強食の世界ではそんなんじゃすぐに喰われてしまうだろう。


「はいは〜い、そろそろいいですかぁ?よくなくても始めるんですけどねぇ」


 そのまま進行する。


「初めましてぇ〜皆さん。私の名前はドゥエイルと言いまぁす。気軽にドゥエル先生と呼んでくださぁい。主に得意なことは攻撃魔法全般ですがぁ……まぁほかにも色々できますよぉ。よろしくお願いしますねぇ〜質問ありますかぁ?」


 なるほど、攻撃魔法か。質問……する奴はいるのか?

 まだ全員慣れていないのか、シーンと静まり返った教室。その中で一人の生徒が挙手をした。


「はぁい、そこの三つ編みの方〜」

「得意魔法はなんでしょうか?」

「そうねぇ、詳しく言うなら水・風・雷属性に自信があるわぁ」

「先生のその喋り方はなんですか?キャラ付けですか?」

「えぇ?そんなことはないですよぉ?先生は至って普通で〜真面目ですよ〜?」

「そうですか」


 質問をした三つ編みの気の強い少女はそれだけ言うとスッと着席する。

 ……なんだったんだ、二つ目の質問に関しては必要ないだろ。微妙な空気が流れる中、ドゥエル先生は少し焦った様子で喋った。


「えぇっと……それじゃあそろそろ自己紹介と行きましょうかぁ?」


  ***


 自己紹介は前の席から後ろの席、それぞれ並び順ということになった。

 トップバッターはアリス様、ついで俺……という感じだ。正直かなり不安だが、なんとかなるかな。


「皆の衆、我の名を聞きたいか!?」

「はぁい、言ってくれないと自己紹介が進まないのでお願いします〜」

「聞きたいか!そうかそうか!」


 ──見てるこっちが痛ましくなってくる。使えるのならもうこの場からワープしたい……。


「将来歴史に名を刻み!語られることになろう。全世界に轟く前に聞けることを光栄に──」

「おい待ておいぃぃぃ!」

「なんじゃ!」

「もっと普通にやれ」

「……わ、我の名はアリス・ディヴェルディ──

「おいぃー!?」


 駄目だこれ。

 小声で耳打ちしてやる。


(アリス様、もう少し名前ごまかしてください)

(本名は駄目なのか?)

(駄目です、貴方の名前は既に人間の一部には名前が知れ渡ってるんですってば)

(我は有名なのか?)

(万が一を考えて目立たなくしてって言ってるんですってば、お願いしますよ)


 俺が注意してなきゃもうアウトだぞこれ、あーやっばい。冷や汗が止まらないい。


「我はえっと……アリス…えーっと。うーむ、なんと言えば良いのか──」

「こいつの名前!アリス!アリスだけだから!こいつ自分の名前すら忘れるのですいません迷惑かけて!あ?俺ですか?俺はリオンって言いますよろしくお願いしますねっ!はいおわりもう次!」

「なーっ!?リオンお前我の偉大なる名を──むぐぅ!」


 口を押さえつける。もう駄目だこの喋る地雷、口を開かせてはいけないと俺の何かが全力で訴えかけている。抵抗するアリス様を無理やり抑え込むと、少ししてなんとか大人しくなった。


「あ、え〜と。アリスちゃんとぉ、リオンくん……でいいのかなぁ?随分仲が良いようですけどぉ」

「実は俺とこいつ幼馴染で、はい!こいつ昔からちょっと難しいところあって、はい。だからアリスのことは俺に任せてください!」


 もうなんも考えられんわ。


「なるほどぉ〜、それじゃあ次の方お願いしますねぇ」


 順応力凄いな先生、えっと。うん、なんとか助かった……みたいだな。

 マジでこの学校だと魔物ってバレた瞬間消し炭にされてもおかしくなさそうだから怖すぎるわ……。

 それで次の奴か、覇気のないのは覚えている。


「あ……えっと。僕、クロスです……。それだけです、はい」

「よろしくねぇ〜、じゃあどんどんいきましょう」


 相変わらず覇気のない奴だな。


「クフハハハハハッ!俺に話しかけるとは良い度胸だな担任ドゥエルよ。口を開けるとつい滅亡の呪文が発動するかもしれぬので黙っていたがっ!解放したからには既に手遅れ、世界は滅びの一途を辿ることに──」

「あのぉ〜、自己紹介をお願いします

〜」

「……ああはい。俺、シンジって言います。こう見えて結構その、あーっと。まぁよろしく頼みます…く、ハハハッ!ははっ……は。はぁ……」


 クロスとか言う人間が弱そうなのに対してなんだあのシンジとか言う男は!?


 話しかけられた時の変貌ぶり、抑えている右手!顔に巻きついた包帯……そして意味ありげな言動。

 体内にまるで悪い物でも飼っているみたいじゃないか。能ある鷹は爪を隠すとはよく言うが……今まであの人間からは力を感じられなかったぞ!?

 そしてなんとも言えぬあの迫力、それに魔力の制御も完璧だと推測できる。


 あいつ……まずいな、かなり強いんじゃないか。これは要観察対象に入れた方がいいか?



 そんな感じで残りの6人も自己紹介をする。

 特に気になる人物は居なかったが、敢えて選ぶなら10人目……最後に自己紹介をしたメスだ。


「私はきらりです。先ほど質問しましたが……私はここにいる全員を認めたわけではないので、くれぐれも勘違いなさらぬようお願いしますわ」


 ……あの振る舞い、もしや何処かの良家か?

 面倒だな。

 これからの行動が任務の結果を左右する。今はまだ水面下で様子を伺うが吉、無理な行動は避けることにしよう。

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魔物でも学園生活できますか? 柚根蛍 @YuneHotaru

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