魔物でも学園生活できますか?

柚根蛍

第1話 いざ学園!

「とりま、行って来てよ」

 その何気ない一言が始まりだった。


  ***


 ──セイントホルアストリム学園……通称〈ホルス学園〉は、今年設立となる歴史上真新しい学園である。

 この学園は〈冒険者雇用育成組合〉=通称『ギルド』が創立した学園であり、入学前の募集段階での生徒数は数百人、四学年に振り分けられており勉学を目的とした従来の教育とは打って変わって新しいカリキュラムの組まれた場所である。


 そのカリキュラムというのが『第一課学能力推進プロジェクト』というものであり、つまりは魔物の活動が活発化している現代社会において、最前線で戦える人材を育て上げようというものである。


 簡単に言えば〝勇者(めっちゃ強い奴的な存在)を育て上げる〟と言うことを目標とした場所(になるはず)だ。

 このままでは我々魔物・・・・はやがて人類に滅ぼされてしまうかもしれない。

 そこで魔王様が苦肉の策(笑)を打ち出すことになる。その策というのがまた馬鹿馬鹿しいのだった。


 それは数週間前のことである。


  ***


 冒頭に戻る──



「は?行ってきてって……何処にですか」

「任務だよ。我が娘アリスと、側近であるリオンくんには最近できた聖アレストリムア学に忍び込んで学園生活を送って欲しいと思ってるんだ」


「……はぁっ!?」

「うわっ、うるさいなあ」


 俺の叫びが魔王城に木霊こだました。

 いやいきなり何言っているんだこいつはと。この魔王はと。

 聖アレストリムア学園というのはスパイを送り込むのは分かる、しかしだ。


「し、失礼を承知で言わせてください」

「おっけーなんでも言ってみてよ」


 威厳の片鱗すら感じない様なフランクな喋り方の魔王に若干呆れつつ俺は言う。


「今回のご意向は分かります。例の『プロジェクト』を未然に防いでこいと言うことでしょうか」

「いや違うよ」

「ちがうんですかっ?!」

「何となく、なんか新しいものって気になるじゃん?」

「確かにの!」


 うわ。

 今更ながらに何でこの人が魔王なんかをやっているんだ。

 そして隣にいる…アリス様もアリス様で納得するなよ。

 もっと危機感持てよ、この魔王には考える頭が無いのか?その贅肉を、エネルギーをもう少しさ、運動じゃなくてもいいから頭に回してくれ!

 最近噂されているのを知っているのかこの人は?「今代から魔王の種族が突然オークに変わった」って言われてるんだぞ!威厳とかもっとそう言うのは無いのか!?


「というのは流石に冗談だけども」

「冗談かよ!」

「ん?何か言った?」

「コホン!気のせいでは……?」

「もー父上は本当に冗談がお好きじゃの!」


 危なっ、心の声が一瞬漏れたぞ今。

 そんなんだから冗談も冗談だって分からないんだよ。ホントおかしいんだって!普段からふざけてる魔王様の言動は全てがマジに聞こえるから本当にやめて。


「まあ本題は……お前の言う通り学園のスパイだよ」

「しかしですが、わざわざアリス様にさせずとも私のみ、いやもっと下っ端のものでも可能なことではないのでしょうか?だって敵地ですよ!?そんな場所にアリス様を向かわせるのは危険が過ぎます!」

「確かにそれも一理あるよね。でもさ?そんな人間たちが強くなれる学園ならさ、お前達が行ったら人間なんかコロッと支配できるくらい強くなるとは思わない?」


 うーむ。

 確かに一理はあるかもしれない。

 でもそれならばやはり下っ端に一度入学させて、経過を見てから入学すればいいのでは?

 いやいや魔王様もこう見えてたまにごく稀に聡明な考えをされるお方。

 何か俺には知り得ぬ思惑があるのかもしれない。なんて、うん……まぁ多分いつもの考えなしなんだろうけど。

 あーもういい考えるの疲れた。


「はぁ、仰せのままに」

「うん頑張ってね。それと……アリスちゃんも頑張ってねー♡パパ応援してるから」

「任せろ父上!我、めちゃ頑張る!」


(中年男性のハートマークはかなりくるものがあるな)


 この親バカよ……。

 それだからアリス様も甘やかされまくって悪い方に育つんだ。

 まぁいい。この魔王様から離れられるなら例え敵地のど真ん中だとしても!このリオン、やり遂げてみせる!



 ──そして数週間が経過し、ついに俺たちは入学することになる。



「おぉ!ここが聖ホルスタイン学園かぁ〜でっかいの〜」

ホルアストリム・・・・・・・です。飢えてるんですか」

「エーテルがどうかしたか?」

「……そろそろ耳掃除が必要な時期ですかね」

「?」


 キョトンとした顔、俺の隣で若干頭の悪そうな発言をするのはアリス様だ。

 俺の主人であり、現魔王ルシファー様の娘である。

 〝威厳を見せ付けたい〟とか言う理由でなんかよくわからん喋り方をしているが、そんな彼女でも一応俺は尊敬している。


 さて、心苦しいがそんなアリス様に伝えなければいけないことがあったんだ。


「アリス様、ここからは演技です」

「んあ?ドユコトじゃ?」

「ふぅ──俺たちは人間だ、いいかアリス?」

「な!?リオンが……オマエが我を呼び捨て&した挙句更にタメ口とは何事!?」


 今回あのオーク魔王様から受けた任務、それはこの学園で生活を送ること。

 当然魔族なんてバレたらその時点でオワリだろう。だからその為に色々準備をしているのだ。


「俺とアリスは、あの目の前に見える聖ホルス学園の門を超えたらただの幼馴染なの、そんでもって人間だ。いいか?絶対に誰も悟られるんじゃないぞ!?」

「ほえ?」


 キョトンとするな!くそう可愛い……じゃない!大丈夫か、アリス様に演技とかできるのか!?

 まぁ俺の擬態魔法でなんとか人間らしい姿にしているが──こりゃいつかボロが出るな。


「なーリオンー。この肌色気持ち悪いんじゃ〜!」

「灰色の肌は即人間にバレるので我慢ですアリス様。勘弁してください。あとこれ、渡しときますんでしっかり読んでくださいね」


 そう言って手渡したのは、数百ページの鈍器になりそうな本だ。

 中には俺が数週間かけて命を削り作った人間にバレない為のマニュアルが詰まっている。幸いアリス様は読書をよく為さるのでそこだけは安心していいのか……。


「読み終えたぞ、褒めるがよい!」

「はい、しっかりと読んで……はぁ!?はやっ、嘘だろおい」


 おっと素が!コホン、冷静に。


「嘘ではないぞ!」

「……438Pの記述は言えますか?」

「えっと……【人間は食べ物じゃない!魔物と違って共食いはしないから、襲っちゃいけない!】って書いておったの」

「──はぁ」


 なんでもう理解しているかなぁ〜。嘘、えっ?

 本当にあの一瞬で全部覚えたのか?


「本当、無駄にハイスペックですよね……」

「無駄ってなんだ!リオンのくせに生意気じゃ!」

「はいはい、とりあえず理解したなら分かるはずですよね?俺たちはこれから幼馴染同士(という設定)で学園で生活する!」

「おう!」

「魔物だとバレてはいけない!」

「押忍!」

「人間らしい生活をする!いいか!?もう始まってるぞ!?」

「いえすさー!」


「……ふざけてるよな?」


 まぁちょっとした冗談は日常か。

 うん、よしよしまぁなんとかなりそうだな。


 その瞬間!俺の脳内に電撃が駆ける!


 もしや。


 ──あの甘やかし魔王様から離れた今!

 次世代の魔王候補であるアリス様を真っ当に育てていくのが俺の使命なんじゃないか!?

 ははは……魔物たちの未来は明るい!この学園生活を通して、一からアリス様を指導してやるのもいいかもしれない。


「ククク、行くぞアリス!」

「お、おう」(うぇえ……今日のリオンはいつにも増して不気味なのじゃ……)


 校門の方を見やる、既に敵陣は目と鼻の先だ。

 人間たちめ、最後に笑うのは魔物だ。どんな困難が来ても俺はへこたれないぞ!

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