秋樹の追想 衝撃と選択肢

プロのサッカー選手になった冬樹の横に子供を連れた白髪の女性が並ぶ……。

そんな夢を見た日から、俺が現状で最も求めている家族の形が見えた……、そんな気がしていた。


もちろんそんなことを口に出すわけがない。

親友にとって、冬樹は息子なのだ……そうなることを望むわけがないの。


その日以降、俺はやけに未来が明るく見えた。

が……しかし、現実はうち砕かれることになった。


それはある夏の日の出来事だった。

四季に、一本の電話が入ったのだ。


その日、俺は練習が終わり自宅に帰宅すると、虚な表情で四季がソファーに座っていた。


スマホを片手に持ったままだ……。

その表情に、俺は一瞬戸惑った。


……親友に何かあったのか?

真っ先に思い浮かぶのは、夢に見た白髪の少女の顔だった…


「四季、どうした?何があった?」

俺は慌ててソファーに座る四季に駆け寄ると、彼女の肩を揺らす。


その行動に。彼女は「え、ああ……」と、樹の抜けた返事を返すだけだった。


……やっぱりあいつに何かあったのか?

不安だけがよぎる。


奇跡の手術が成功したとはいえ、親友の体は彼本人のものではない。

いつ何時、何があってもおかしくないのだ。


それに、今の親友の精神状態を考えると、最悪な事態がたやすく想像出来る。それだけに焦る。


「お、おい、四季!!」


「ああ、秋。おかえり……」

俺に焦点が合い、四季がたわごとのように俺に言う。


「どうしたんだよ、何があった?あいつに何かあったのか?」


「え……あぁ、夏樹ちゃんはなにもないよ。連絡も来ない……」

ボソボソと小さな声で親友に何事もないことを告げる四季だったが、相変わらず様子が変だった。


「じゃあ、どうしたんだよ。なにがあったんだ?」

改めて、俺が何事かを尋ねると、彼女はスーッと息を呑む。そして次第に目に涙を浮かべ始める。


「……あのね。春樹のお、お義父さんが……亡くなったって、春樹の……お母さんから……連絡が来たの……」


「なんだ……って」

その言葉を聞いて俺も絶句する。


彼女にとっては元義理の父、冬樹の祖父が亡くなったのだ……。

動揺してしまっても無理はない。


だが、その言葉に俺も言葉を失い、幼い日を思い出す。



『樹愛ちゃんを僕にください!!』

マセガキが初恋の人の父親に向かってが結婚したいと願いでている場面だった。


それを言われた春樹の父親は憮然とした表情で、ニコニコ顔をするマセガキをお睨んでいる。


『てめーみたいなやんちゃ坊主に大事な娘をやれるか!!10年早いわ』


『えーっ』


『えーじゃないわ、ボケ』

結婚を拒否されたマセガキが、不服そうに口をとんがらせる顔を見て、春樹の父は子供に言うような事ではないような言葉を投げかけ、顔をそらす。


それはそうだ、まだ子供とはいえ、自分の娘を他の男に取られることを想像したら不機嫌になるのも仕方がない。だが、俺は


『なんでだよ、ケチぃ〜』

相変わらずぶーたれるマセガキに、春樹の父親はそっぽを向きながらボソリと口走る。


『この言葉の意味がわからないうちは、娘はやらん……』


『???』

マセガキは首を傾げる。それはそうだ、まだ幼い彼に父親の気持ちが分かるはずもないのだ。


だがそんなマセガキに一言、春樹の父親はは告げる。


『この言葉の意味を理解できるようになって、強い男になったらも一回来い!!その時はまた考えてやる……』

その一言が、マセガキを変えたのだ。


強い男の意味がわからなかったから、空手も習ったし、サッカーも春樹に負けじと頑張った。その姿を見ていてくれたのか、樹愛の葬儀の時、春樹の父親は泣きながらに『約束を守れなくてすまない……』といっていた事を今でも思い出す。


その時の春樹の父親の姿と言動に、父親とは、男とはを見たような気がした。


それ以来、彼はもう1人の俺の父親のような存在になった。

そんな人が亡くなった……。


俺はそのことにショックを受ける。

だが、それ以上に四季はショックを受けた。


彼女と春樹の父親がどんな風に接していたのかはわからない


だけどあの父親のことだ、存外にするような事はなかっただろう……。


それに、冬樹のことも心配になる。

ここはイギリスだ……。日本に戻るなんて事は容易にできない。


それに、戻ったところでおそらくは葬儀はおろか、祖父の死顔に会える事はないだろう。


だからこそ、俺は悩む……。

彼らの気持ちを慮ると今すぐにでも日本に帰らせるべきなのだ。


しかし、俺はそれを提案できずにいた。

やはり、脳裏に女の子になってしまった親友の姿が脳裏によぎるからだ。


おそらく四季たちが帰ると親友は親の葬儀に行きづらくなってしまうだろう。

四季も同じように、気を使うに違いない。


冬樹に至っては、夏樹がイギリスについて行くように半ば強引に説得した感が強い。そんな彼女が落ち込む姿を見て、彼の決意が揺らぐ可能性が高い……。


「冬樹は……、知っているのか?」

そう尋ねると、彼女はゆっくりと首を振る。


「ううん、まだ帰ってきていないから知らないわ……」


「……どうするつもりだ?」


「迷ってる。だけどあの子には……言わないつもり」

可哀想だけど……、と小さな声でポツリとこぼす。四季の胸中を考えると、胸が痛くなる。


彼女の表情を見るにおそらく、春樹の嫁として最後の奉公をしたいと考えているのだろう。


だが、いかんせん距離があり、夏樹の件もある……。だからこそ、言わないことが最善の手だと考えたのだろう。


その決断は残酷だ……。


だが彼女がそう決めたのだ、第三者である俺はなにも言えない。


「……あいつは、行くのか?」


「わからない……。すぐにつゆさんには連絡したけど……」


「あいつが父親の最後と向き合う事ができるか……、か?」

俺がそう言うと、四季は小さく頷く。


「樹愛……」

俺は天井を見上げて、今は亡き初恋の人を思い出す。


今の親友に過去と向き合う余裕があるのだろうか?そこに俺たちの存在は……。


「分かった、あとは任せろ……」


「秋……」

潤んだ目で、彼女は俺を見つめてくる。


その視線に俺は引かれるように彼女の側に行くと、彼女の頭を腕で優しく包み込む。


すると彼女も俺に縋りつくように俺に身体を預ける。ようやく、俺に心を許してくれた事に喜びを感じる一方で、俺は一つの決意をする。


……冬樹には本当のことは伝えないとな。


四季は言わないつもりだとは言っていたが、冬樹にとっては他人ではない。隠すなんて出来なかった。


親友の替わりなんて大それた事は言わないが、それでも冬樹に後悔のない選択肢を与えられれば……そう考えていた。

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ココロノアリカ〜35歳男が中学生女子になったその日から〜 黒瀬 カナン(旧黒瀬 元幸 改名) @320shiguma

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