秋樹の追想 才能と夢
その日から、俺たちの関係は変わった。
今までは家族というか、同じ傷を負うもの同士が傷を舐め合うだけの関係性が、少しずつ家族という意識が芽生え始めた。
それと同時に、サッカーについての意識も少しづつ変わっていった。今までは2人のために俺がと気負い、空回り続けていた気持ちがなくなった。
もちろん試合に出て活躍するのが一番なのだが、そればかり求めて周りが見えなくなる事の方が俺らしくないのだ。
『力を入れ過ぎなんじゃない?焦ったって仕方ないよ……』
冬樹が言った言葉が俺を救ったのだ。
かつて、親友が俺に言った言葉のように……。
『力み過ぎだ!!お前がいくらお前が焦ったところでプロはそんなに甘かねえよ。お前みたいなちっこい奴は全力で駆け回って、相手を揶揄ってるくらいの方が丁度いいんだよ』
俺が高校三年生の時、地元クラブに入団し、現役高校生サッカー選手として一躍有名になった頃のことだ。
その時の俺は今のように試合に出る事は出来なかった。
早くてでかくて強い……。同じチームに所属する先輩選手相手に弾き飛ばされ、追い抜かれ、ゴールすらもできなかった。
最初はプロが甘い世界ではないことは分かっていた。
わかっていたつもりだったが、アンダー世代とはいえ、日本代表に選ばれたという自負と、親友の分まで活躍しないと……という焦りが俺を空回らせた。
周りのレベルについていこうと必死なって練習はするが、うまくいかない……。
身長も並、足は早いがパワーがあるわけでもない。センスもサッカーセンスもどっかの誰かさんのようにあるわけでもない。
それにプロのサッカー選手の寿命は短い30歳まで現役を続けられれば御の字だというが、それ以上にプロでいることは難しい。
もしかしたら、プロには向いていないんじゃないか?
とてつもない不安が俺を襲う。
そんな時に練習を見に来ていた親友が、付き合い始めたばかりの四季とともに差し入れを持って来た時に言ったのが、さっきの一言だった。
その一言を聞いて俺は、力が抜けた。
親友がいた時のようにパワープレーは他の選手に任せ、俺はとりあえず全力でフリーランニングをし、向かってきたボールを追って走る。
それが俺の……、俺たちの原点だった。
原点を思い出した俺は休憩を済ませた集まり始めたチームに合流する去り際に、親友に一言告げる。
「それ、どっかで聞いたことのあるようなセリフだな。相棒……」
「う、うっせぇわ!!」
その一言を聞いた親友は真っ赤な顔をして怒り、それを四季が嬉しそうに微笑む。
それ以降、俺は本来の良さを取り戻し、やがてチームを優勝に導く活躍をするのだが、その始まりは青春時代の俺たちの会話からだった。
そんな親友が言った一言を、親友の息子から聞こうとは夢にも思わなかった。
もちろん、彼にとって俺は義理とはいえ父親なのだ、言い方は違う。
だが、俺を初心に戻すには十分な言葉だった。
確かに俺は焦りすぎていたのかもしれない。
海外リーグ挑戦のこと、親友の早すぎる死のこと、女の子になった親友に乞われ四季と結婚し、息子を持ったこと。
この一年での出来事が多すぎて、落ち着く暇もなかった。
再婚の話もそうだ。再婚するにも初盆を待ってからしてもよかったのではないかとは何度も思った。
指揮との再婚をしきりに勧めてくる親友に『不義理だ!!』と言って何度も断りはしたが、彼女が家族という過去から距離を取りたがっているのは目に見えていたし、四季にしてもあのまま連れてこなければここにはいなかっただろう。
誰かが俺を責めようが、この3人は俺が守る……。
そう心に誓ったはいいものの、周りが見えていなかったのだ。
その日から、俺は徐々に変わった。
練習し、試合をし、家に帰る。
四季とも夫婦として少しずつ向き合うようになってきたし、冬樹ともコミュニケーションを取るため空いた時間にボールを蹴り合うことにしたのだ。
学校のこと、家のこと、これからのこと……。一つの懸念を除いては概ね良好な関係を冬樹とも作ることができた。
そして俺も親友とともにしてきたことを、あいつの息子に親として行うことに多少のくすぐったさは感じながらも楽しんだ。
これがいい循環を生んだ。
力の抜けた俺は再び点取やとしての感覚を思い出し、ゲームに出るようになった。
その活躍を四季はかつてのように嬉しそうに眺め、あまり感情を表に出さない冬樹も我が事のように喜んでくれた。
一歩ずつ家族に近づけたようだった。
だがそれ以上に収穫があった。
冬樹のことだ……。
ともにボールを蹴り合ううちに、彼のもつ身体能力の高さと、サッカーセンスにプロ選手である俺も舌を巻くことが増えてきたのだ。
中学生になった年とはいえ、やはりあいつの息子だ……。
幼い頃から親友とボールを蹴ってきたことを耳にしていたので、驚きはしなかったが、この才能を埋もれさせるのはもったいない。そう思った俺は冬樹や四季と相談しとあるところに冬樹を入れることにしたのだ。
俺が所属するクラブの育成組織だった。
冬樹は育成組織に所属するやいなや、持ち前の若さと才能ですぐに頭角を表した。
コミュニケーション能力も俺とは段違いに早く吸収し、チームメイトからも実直だが隙のないまるでサムライのようだとクラブのスタッフから聞いた。
それを聞き、俺は我がことのように喜んだ。
何より、2人の父親がともに歩んだFWを冬樹も希望して努力をしているのだ、喜ばないはずがない。
……あいつが聞いたら喜ぶだろうな。
脳裏に白髪の少女の姿が浮かぶ。
その日からの俺の目標は、冬樹を一人前のサッカー選手にすることが生き甲斐になった。
※
俺は夢を見ていた。
地元チームの監督になり、冬樹がエースとして活躍し優勝する。
そして、優勝の写真をチームメイトやクラブ関係者、そして家族と共に撮る……。
その中に、俺と冬樹はもちろん、俺の横には四季と見たことのない女の子が1人いる。そして、冬樹の横にも2人の姿があった。
それは幼い子供を連れた白髪の大人になった彼女の姿だった……。
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