秋樹の追想 自戒と恋慕
イングランドに旅立ち、俺と四季と冬樹は家族になった。
もちろん、二人のために何かできる事があれば率先して行った。行ってきたつもりだった。
だが、初めての海外で生活環境が一変した俺はすぐに環境に馴染めなかった。
それどころかスタメンに入ることすら出来ず、不安と焦る気持ちだけが心中に過ぎる……。
だが、その気持ちを持っていたのは俺だけではない……。最愛の夫を失い、急遽決まった海外での生活に、四季は同じように……。いや、俺以上に辛い事は分かる。
それに冬樹だって同じだ。
この世で一人しかいない父を亡くし、傷を背負っている。そんな中、俺についてイングランドに来た。だが、それは彼が望んだ訳ではない。
幸か不幸か、手術で少女の身体に意識を宿した父の希望を冬樹が好意を持つであろう少女の口から聞く事になったのだ。
それは残酷だった。彼だけ、真実を知らないのだ。
真実を知らぬまま、イギリスでの生活を送る事は相当なストレスだと言う事は明白だ。
日に日に口数を減らしていく冬樹を見ると胸が痛んだ……。
そんな辛い過去を背負う彼らに比べると俺は……、そう言う気持ちだけが募る。
なんとか試合に出て、活躍した姿を親友に託された家族に見せたいと思う……が、その気持ちは空回る。
だが神様はそんな俺を見透かしたかのように、冷たく当たる。スタメンから外れていた俺だったが、ついにベンチからも外れてしまったのだ。
日本では味わった事のない屈辱と喪失感が襲う。
海外に出なければこんな屈辱を味わうことも、二人を苦しめることもなかっただろうし、親友も家族と離れる事はなかった。
悔しくて……堪らなかった。
だが、親友の意思を背負った俺はすぐに日本に帰るわけにはいかない。
ある晩、俺は自宅のソファーでサッカーの動画を見ていた。古今の有名選手から、無名の選手まで様々な選手のゴールシーン。
その一つ一つを頭に叩き込み、自分の得点のイメージとして叩き込む。それに意味をなすのかは分からない。
だが、それでも何かを取り入れなければすでにロートル化した俺は新時代を担う選手に消されてしまう。
そうなると家族になったばかりの2人や女の子になってしまった親友とその家族に示しがつかない。
藁をも掴む思いで動画に食い入っていると、冬樹がコーヒーを俺の元に置くと、静かに口を開く。
「秋さん、必死だね……」
「ん……、ああ。このままじゃ終われないからな」
「けど、ベンチからも外されたらしいじゃん」
淡々と話す冬樹の言葉に俺はどきりとする。
日本から無理やりイングランドに連れてきた癖に、結果も残せないのか……と言われている思いに駆られる。
「…………」
何もいい返せない。
冬樹から見たら、今の俺は動画を見ているだけの情けないおっさんに映っているだろう。
だが、そんな思いは杞憂だった。
「力を入れ過ぎなんじゃない?焦ったって仕方ないよ……。おやすみ、秋さん」
と言って、自室へと戻っていく。
その言葉を聞いた俺はただ……黙って、彼の後ろ姿を見ていた。
日本で言うところの中学一年生、13歳にもなっていない子供の言うセリフとは思えない言葉だった。そして……。
「あの子も、心配してるのよ。秋の事……」
「…………」
リビングから出て行った冬樹に入れ替わるように、四季が俺に近づいてきて言う。だが、言葉を失った俺は何も言えないで居た。
「あなたが苦しんでいるのをあの子も知っているからこうやって……」
「一緒だ……」
「えっ?」
独り言のように小さな声で零した俺の言葉に、四季は反応し、俺の顔を見る。
そして、驚く……。
俺が突然……涙を零したのだ。
「ど、どうしたの?」
戸惑った四季が俺が座るソファーの前にかがみ込むと、俺の顔を心配そうに見る。
「あっ?」
四季の戸惑いの声に、自分がなぜ涙を零したのかわからなくなった。それどころか、彼女が心配すればするほどに涙が溢れ出す。
その姿を見た四季はふと、表情を和らげる。
そして、俺の頭を子供のように撫でる……。
「……秋も、辛かったよね」
その言葉を機に、胸の奥につっかえていた感情がどっと溢れかえる。止めどなく流れる涙を抑えきれず、ついに俺は四季にしがみつき大泣きをする。
「お、俺が……、泣くわけには……、いかないんだ……。俺が……」
彼女と共にイギリスに来て、俺は初めて彼女に触れた。
いかに結婚したからと言っても……、親友が違う形で生きているのだから一線を越えるわけにはいかない。
そう……自戒のように言い聞かせていた。
だが、その思考すら凌駕する悲しみが、俺を突き動かす。
それを知ってか……彼女も泣き噦る俺の頭を抱き寄せる。
柔らかい肌が……俺を包み込む。
「……秋も、辛かったもんね。もう1人の自分を亡くしたのに……、私たちの……ために……」
そう言うと、四季も俺を抱きしめながら泣きはじめた。
2人きりの空間に泣き声だけが響く……。
何時間泣いたのだろう……、それすら分からなくなるほどに、俺たちは泣き続けた。
しばらくして、どちらともなく目を合わせる。
そして、互いの目線が重なり……唇を重ねる。
脳裏にピリッと言う電撃にも似た感覚が襲うとそこからはもう止まらず、互いに身体を重ねた。
俺の20年にも及ぶ恋心が身を結んだ……。
あの日……初恋の人を亡くして以来、恋に臆病になった俺がずっと好きだった相手を……今、抱いている。
だが彼女は流れた涙を止める事なく、俺に抱かれ続けていた。
互いの脳裏に浮かんだのは、白い髪をした少女の姿だったに違いはなかった……。
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