シュターナ家 . 1
(リリィ目線)
凍えるような凍てつく寒さに身震いが止まらない。
真っ暗な牢の中、目が冴えてきた私は生気を失った蒼白な顔で口をパクパクと開閉し目を白黒させている両親をちらりと見て、不安になった。
不安と言っても身内の心配から来るものではなく、
『自分はこれからどうなってしまうのだろう』という我が身可愛さから来る“不安”だ。
我ながら最低な性格だと思う。
だって、目の前にいる“変わり果てた姉の姿”を見ても何も思わない。
“こんな状況”への恐怖心はあるし、自分も“こんな風にされる”のだろうかという想像はしたけど、考えたことといえば それだけだった。
姉のことはそれなりに好きだったはずなのだが........
「うっ....ううぅ......エリィ......」
「ああ、可哀想に。」
「............」
顔を両手で覆い指の隙間から涙を溢れさせるお母様と、お姉様の背中をさすりながら うなだれるお父様。
両親は、先程からずっとこうして『どうしてあなたがこんなことに』と嘆いている。
私はこの人達に『罪の意識はないのか』と聞きたい。
そもそも、セレナーデを傷つけていたのは事実だし、それで女神様の逆鱗に触れたのも『自業自得』ではないか。
姉が全身 “痣や切り傷、腫れだらけのボロボロな体”にされたのだって、自分の招いた結果なのだ。
私自身、自分の意思でセレナーデをいじめようとしたことは一度もなかった。
じゃあ何故いじめていたかって?
理由は1つ。
全て姉に命令されたから。
私は姉に逆らえないのだ....
もともと、私の“役目”は 社交界でお姉様の評判を上げ、隣に立ち引き立て、サポートする、いわば脇役。
要らなくなったり 使えなくなったりすれば容赦なく切り捨てられる存在。
両親の愛も、権力も全てお姉様の物。
今までお姉様を“好き”だと思っていたのだって、それが両親に洗脳され『作られた』感情だったとしたら、傷ついたお姉様を見て何も思わない私が“おかしい”のではなくて、これは当たり前の......私自身の感情だと思うのだ。
だって実際、“今の私”はお姉様のことを好きではないのだから。
幼い頃から何をしても笑って許されてきたお姉様は昔から傲慢な振る舞いが目立つ人で、平気で人を騙し、傷つけることが多々あった。
それでも、姉の周りに常に“取り巻き”がいたのはお母様から譲り受けた“演技力”と巧みな“話術”を使い、信頼を集めてきたからだ。
そんなお姉様に対し私が抱いていた感情は『劣等感』と『憎悪』。
今までお姉様の意見に“必ず同意”してきたのも、“手伝ってきた”のも、全ては家での『居場所』が欲しかったからなのだ。
姉の“言うことをきかなければ”、“忠実”でなければ、両親は私を簡単に“捨てる”だろう。
勿論、お姉様だって......
それに、お姉様の“命令”には『外道』なものが多かった。
自分の手を汚さず、“犬”である私を駒として使う。
ただ傍観して、“犬”が捕まったら『関係ないわ』とか『そんな者知らないわ』と言って裏切る。
本当に最低だ。
それに反してセレナーデは優しくて、可愛くて、可憐で、私は妹としても家族としても彼女のことが大好きだった。
昔はよく両親の目を盗んでこっそりとセレナーデに会いに行っては、一緒にたくさん遊んだものだ。
でも、どれだけ私がセレナーデのことを“知って”いようと、“彼女は良い人間なのだ”といくら説明しようと、誰も聞く耳をもたない。
いつも私の声は届かなかった......
ある日、両親が「セレナーデを最貧困地区に“捨てて”こよう」と話していたのを聞いた時は、震えが止まらなくて、立っていられなくて、息もうまく吸えなかった。
爵位こそ『公爵家』という高い身分だが、家での私は権力などなかった。
両親に話しを聞いてもらえるのも、おねだりできるのもお姉様だけ。
私の話しを聞いてくれるはずがない。
それでも............それでも、私はセレナーデが傷つくのは見たくなかった。
気づけば、私は両親に物凄い形相で怒鳴っていた。
『セレナーデにはまだ利用価値があるじゃないですか!!今捨ててしまったらもったいないですわ!!!』
と......
言っていることは最低だが、なんとしてでもセレナーデをこの家にとどめておきたかった。
少なくとも、最貧困地区よりここは安全だから。
セレナーデを、守らないと。って......
セレナーデが忌み子なんかじゃないのは薄々分かっていたし、これ以上絶望させたくなかった。
両親は珍しく感情をあらわにする私にビックリしていたが、(捨てるというのは両親の独断だったらしく)お姉様にも私と同じようなことを言われていたのだろう(理由は違うでしょうけど)......
「ああ、そうだな。」と言って分かってくれた。
その二日後......お姉様に、「セレナーデを学園に入れたいのだけど、“お前”も手伝ってくれるわね?」
と言われることになるのだが、その時、『この世界はなんて無慈悲なんだ』と思ったのは、言うまでもないだろう。
セドリック様達を見かけなくなった頃......
最初こそ、行方不明だったセレナーデがいじめの恨みを持ってセドリック様達を拐ったのでは?と考えたが、今は違う。
私達は女神様が神罰を与えるため集められた“罪人”なのだ。
セレナーデを少しでも疑ってしまった私はなんて愚かなのだろう。
どれだけ傷つけられても、他人の幸せを願える存在は貴重だ。
まさにセレナーデがそういう存在で......
私は結局最後までお姉様の言いなりだった。
だからといって、自分の罪から目を背けるような真似はしない。
自分の意思ではなくても、セレナーデを傷つけたのは『事実』だから。
神罰は怖いし、最後までお姉様の言いなりだったのは悔しいけれど、私は『罰』を課せられて当然なのだ。
「エリィお姉様............」
目の前の変わり果てた姿のお姉様に気遣わしげな目を向ける。
いかにも『心配しています』というような全てを包み安心させる暖かい声音で呟けば、冷たい牢の中にぽつりと染み渡って......それだけで簡単に『健気な妹』を演出できた。
女神様曰く、これは『愛し子セレナーデを傷つけたことへの神罰』だそうだ。
今までずっとお父様もお母様もお姉様も執事もメイドも、屋敷の皆揃ってセレナーデをいじめてきた。
全員、まさか『神罰』が下るとは思ってもみなかっただろうが....
最初、女神様と対峙した時、私は『セレナーデは忌み子じゃない!!』と声をあらげてしまった。
あの時の私を殴ってやりたい。
いくら自分の置かれている状況をすぐに“理解できなかった”とはいえ、あれではお姉様や両親と“変わらない”ではないか..........
いや、同類だ。
私はなんて最低な女なんだ。
いつの間にか、私は死の恐怖すら感じなくなっていた。
不安も絶望も憎悪も悔しさも、すぅっと心に馴染んで行く。
自分は『生きる価値のない存在』なのだと。
早く、女神様のその手で、愛し子セレナーデを傷つけた私を、殺して欲しい。消して欲しい。
そして、私から全てを奪った奴らに復讐を...............
そこまで考えて、良いことを、思い付いた。
自分の顔がニタァァと歪んでいくのが分かる。
「“私も”責任をとりますわ。」
気づけばそんなことを口にしていた。
直後、私達から少し離れたところで背中を丸めて震えていたザック様が私の顔を見てヒィッっという悲鳴をあげる。
そういえば、ザック様もいたんだった。
忘れていたわ......
ずっと固い床に座っていたからか足が痛むが、ゆっくりと立ち上がって“悪魔のような笑み”を称えながらふらふらとエリィに近づいて行く。
ザック様はそんな私から距離をとりたいのか必死に体をのけ反っていた。
それが楽しくてたまらない。
滑稽で滑稽で......
より、“悪魔のような笑み”を深めてしまう。
自分でも分かるもの。
だって、“普通の笑み”でここまで怖がられるわけないから。
セレナーデを傷つけた罪は私にもある。
でも、これだけは言えるはず......
『“私も”今まで傷つけられてきたのだ』と。
「ヒィッ?!?!」
お姉様も私を見て体を大きく揺らし悲鳴をあげる。
両親も目を見開き、驚き固まっていた。
こいつらは、私を何だと思っているのか。
操り人形かしら?それとも、犬?
きっと...私が死んだって、傷つけられたって、気にもとめないでしょう。
私は何のために生きているの?
私に人権はないの?
私は、自由に生きてはいけないの?
ああ......ああああああ!!!
最後くらいは、自由に生きても良いでしょう?
“自分の意思”で、“自分らしい振る舞い”をしても......
やっとこの人達に、己の愚かさを分かってもらえるのね?
『自分達は悪くない』なんて嘆くことは絶対に許さない。
だって、悪いのは“全て”あなた達じゃない!!!
間違ってないでしょ?
もし、私が女神様をもぉ~っと怒らせてしまったら............
私だけじゃなくて、“家族”であるあなた達にも飛び火しちゃうと思うの。
だから、“一緒”に『自業自得』の罪を背負いましょう?
そして、たくさん“罰”を与えられましょうね?
セレナーデと私を傷つけたあなた達に幸福な未来など訪れないように。
「私に、任せてくださいな。」
安心させるように微笑んだつもりだったけれど、
エリィは“私に”酷く怯えているようであった。
良く見たら両親の顔も真っ白ね......
ザック様なんて頭を抱えて耳をふさいでいるもの。
私、そんなに怖いかしら?
まあ良いわ。
フフフ......楽しみにしていてね?
“私の”復讐を🖤
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女神と精霊王と愛しの白 アルパカ・パカ @arupakasa
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