17.水害

アズーナ王城。

王座の間に座るのはこの国の王ベルン・ノース・アズーナである。

ベルンは、両隣に立つグレイ、ダーウィ、そして後ろに控えるバウルに静かに話しかけた。


「セドリックの王位継承権を剥奪し、オースティを次代の王とすることに異論はないか?」


「ええ、オースティ様は優秀ですから。

何より、民を思い寄り添おうとする姿勢はシルビ様のお心を受け継いでいる証拠です。」


それに反応したのはグレイである。

グレイはどこか安心したような微笑みを浮かべていた。


オースティはアズーナ王国の第二王子であったが

セドリック亡き今第一王位継承者として名があがっている、優秀な王子だ。

そんなオースティの母シルビ・ローネリアは現在側室の一人で元は伯爵家の娘であったが、その優しい性格故、自らが中心となって慈善活動を行い、沢山の人々を支援し助けてきた立派な女性だ。

それに、シルビはとても美しい容姿をしており、

“社交界の花” “絶世の美女”とまで言われる有名な令嬢であり、賢く聡明であった。

ベルンはそんなシルビの存在を知るとその功績を認め側室に迎え入れ、やがてシルビを愛するようになる。

厳しい環境で育ち“愛”を知らなかったベルンにとってシルビは特別な存在であり、シルビは側室でたった一人 王の寵愛を受ける妃となった。


だが現皇后メアリーは、元は伯爵家の娘であり側室の一人でしかないシルビがベルンの寵愛を受けていることが気に入らなかった。

メアリーの実家は公爵家でありその地位と名声は絶大なもので......

そのため、シルビが自分よりも高い地位につくことを恐れたメアリーは権力を惜しみなく使い強引に皇后の座についたのだ。


それからと言うもの、メアリーはシルビに“犯罪まがいの嫌がらせ”をしたり、シルビを“後宮から追い出そうとしたり”、ベルンがシルビに会いに行こうとすれば、わざとベルンの“仕事を増やし”時間をなくさせるなどの妨害を繰り返した。


セドリックを第一王位継承者にしようと裏でオースティのあらぬ噂を流し暗殺まで企てていたのもメアリーだった......


何故暗殺がばれたのか。宜しく


何でも、メイドの様子がおかしいことに気づいたオースティが 何故そんなに怯えているのか 問うと、メイドは可哀想なくらい顔を真っ白にして涙目になりながら謝って来たそうだ。

そして、そのメイドが手にしていたティーポットの中(紅茶)から遅効性の毒が検出されたらしい......

どうやら、家族を人質に取られ、“人質を助けたいならオースティを殺してこい” と脅されたため、誰にも相談できず、どうすれば良いのか分からなかったそうだ......

そして、その暗殺を命令したのは他でもないメアリーであった。



結局、メイドはオースティを殺すことなど出来なかったが......



その事がきっかけでメアリーの悪事が世間に知られることとなり、ベルンはセドリックの王位継承権を剥奪したその日の夜、王族暗殺の黒幕としてメアリーを騎士達に捕らえさせた。

今やメアリーは“希代の悪女”として王国中に知られている程の有名人である。





セドリックが前だけを見て突っ走って行く少年だとすれば、オースティは周りを良く見て慎重に行動する少年である。

加えて、周りの者達からの信頼も厚かった。

どちらが王に向いているかなど一目瞭然。


オースティの方が優秀なのには違いなかった.....


だが、皇后メアリーの“妨害”が入れば、オースティを王位継承者にするのは 当然 難しくなる。

それがメアリーの狙いであった。




“希代の悪女メアリー・キリオン”



メアリーの実家(公爵家)は既に爵位を剥奪されている。

今のメアリーは牢に繋がれている立派な“罪人”なのだ。



「そうですね。今まではメアリー様の“邪魔”もありましたし、セドリック様もおりましたから......これで、オースティ様が王位を継げる。」


ダーウィは深いため息を付き呟く。

それは安堵から来るもので............

実のところ、セドリックを次代の王として認めていない“反対派”は多かった。

これまでにも王位継承者について反対派ともめることが多々あり............

グレイとダーウィが反対派を静めるため三週間一睡もせず動いていたこともあったのだ。



グレイもダーウィも『オースティを王位につけろ』

という反対派の意見に同意見であったが、セドリックがいる限りメアリーの“邪魔”は続く。

このままセドリックが王位に就いてしまうのではないかとグレイとダーウィは危惧していたのだ。



バウルはそんな二人の様子を横目で見ると、


「その発言は不敬にあたる。」


と苦い顔をした。


バウルもオースティが王位に就くことに安心していたが、顔を引き締めダーウィをたしなめる。


メアリーは別としても、セドリックは“ベルンの息子”であることに違いない。

『セドリックが亡くなったこと』を“喜んでいる”とも取れる今の発言は不敬だと処されてもおかしくないのだ....


「いいや、不敬にはしない。セドリックはそれだけのことをしたのだ......息子だからといって甘やかすつもりはない。」


ベルンは自分の後ろに控えているバウルの方を見ると穏やかに笑った。


「どこで間違えてしまったのだろうなぁ......」


そして、悲しそうな声色でそう呟く。

幼い頃の ....心優く無邪気であった我が子を思い浮かべて、国王の顔とは違う父親の慈愛に満ちた表情をする。

ベルンは息子であるセドリックとオースティをとても大切にしていたのだ......


そんなベルンを見て、三人は唇を噛んだ。


それは三人にも同様に言える感情だったのだ......

自分の子供が何故あのようなことをしてしまったのか。

どこで子育てを“間違えてしまったのか”......


「これは....この、過ちは...我々の責任でもある.....」


ベルンが目を伏せる。

それに三人は頷いた。

沈黙が流れ、王座の間に重い空気が漂う。



その時、


バァァァァァアン!!!

重厚な扉が大きな音をたてて勢い良く開かれた。


「たたたたたた大変です!」


呂律が回らない慌てた様子の騎士達が王座の間に雪崩れ込んで来た。

ベルンが怪訝な顔をする。


「陛下の御前で何事だ?!無礼だぞ!!!」


ダーウィの怒鳴り声が王座の間に響き渡った......

そこでグレイが前に出て落ち着いた声で


「用件は?」


と問う。

毎日厳しい訓練を受け、どんな時でも落ち着いた行動を求められてきたアズーナ王国の優秀な騎士達がここまで慌てているのは異常だった......


グレイに促されて一人の騎士が前に進み出て肩を上下させながら話し始める。


「ま......町の....半分が...う...海に...の、飲み込まれました!!」


切羽詰まった様子で話し始めた騎士の口から飛び出したのは、予想外の言葉であった。

これにベルン達は驚き目を見開く......


「殆ど...被害は少なくすみました......ですが...一部は大きな被害を受けました!!」


言いながら騎士は両膝を床につき涙を浮かべた。


「民を守る立場である自分達が、今回何の役にもたてなかったこと、重く受け止めます!!

いかなる処罰も受ける所存です!」


王座の間にいた騎士達は全員膝を床につきうなだれている......

ベルンは最初こそ驚き固まっていたが、ふと何かを考えるような表情をして静かに話し始めた。


「水害など誰も予知できまい。

ただでさえ、予期せぬ水害に民は恐怖しているだろう......

お前達は民に寄り添い安心させるのが仕事だ。

処罰を与える気はない。

報告ご苦労だった。おまえ達の民を思う心は素晴らしいな....」


ベルンは分かったのだ。

これは、神罰だと............


何故なら、王国を飲み込むほどの大きい水害が何の前触れもなく突然おこり、被害が多い場所、少ない場所の差が大きい。

神の愛し子セレナーデが通っていたスターヘスナ学園では、セドリックの他に平民の少女達も皆と一緒になってセレナーデをいじめていたとつい先日報告があった。

そのことを踏まえて考えれば、彼女達の家は......大きな被害を受けただろう。

そんな器用なことができるのは精霊の中でも位の高い者か、神々だろう............


目の前で涙を流す騎士達、そして民は 自分の息子を含め、多くの人々の “過ち” の被害者なのだ......

こんなにも民を思い、守れなかったと涙する、

そんな立派な騎士達に......自分は深い傷を負わせてしまったのだ。


報告を受けるまで水害がおこっていたことすら知らなかった。

それは、ベルンにとって王として情けなく、“愚王だ”と罵られてもおかしくないことなのだ。


ベルンは己を呪った。


今回の水害は(この国の)人間に向けた警告(復讐)である。

セレナーデ(愛し子)を傷つけたことがこんなにも大きく返って来るとは......

自分達はなんて者を怒らせたのか。


ベルンはこの国の“王として”自分の息子の過ちは決して許されるものではないと思っている。


「すまない......民よ......」


ベルンは天を仰ぎポツリと呟いた。





「もう行って良いぞ。おまえ達は民の隣にいてやってくれ。俺も後程向かう......おまえ達が大変な時、側にいてやれなくてすまなかった。」


バウルはベルン(王)の近衛騎士でもあるため、普段騎士達と共に行動することができない。

仕方なかったとはいえ、騎士団長として彼ら(騎士達)が大変な時 側にいてやれなかったことを謝罪し、涙する騎士達に苦し気に退出を命じたのだ......




退出を命じられ、己の情けなさに顔を歪める騎士達はバウルの謝罪の言葉を聞くと うつむき 首を横にふった。


『いかなる時でも民を守る』それは騎士にとって当たり前のことで.....

それが出来なかった自分達は団長の謝罪を“受け入れられない”。

首を横にふったのは、そんな、気持ちの現れだったのだ。


それから騎士達はゆっくりと立ち上がり、礼をして 王座の間を出ていった......




王座の間に再び静けさが戻ってきた。


それぞれ“やるべきこと”が出来たのだ。

四人は顔を見合わせるとそれぞれの持ち場に戻っていった。



この日からニ週間後、アズーナ王国は“元通り”になったそうだ。

何でも、騎士団が全力で復興に取り組んだらしい......



そして、メアリーは復興後に(水害復興から一週間後)に公開処刑された。

メアリーを一目見ようと沢山の人々が詰めかけ、城下町の大広場は大変混雑したそうだ......








シルクのおこした水害(津波)............

被害の大きかった家は崩れ落ち全壊したそうだが、

被害が少なくすんだ家は膝下まで浸水しただけだった......



後に、この津波は 何の前触れもなく突然おこった“大災害”としてアズーナ王国の歴史書にのることになるが、それはまだ先の話しである。





ーーーーーーーーーー


「何なのよ?!」


冷たい檻を掴みガタガタと揺らす。

ヒステリックに叫んでみれば、甲高い声が狭い牢に反響して耳が痛くなる。


次に、服というには抵抗のある薄汚いボロ布を一枚身に纏っただけの自分の体を見る。

何故、公爵家の娘であり、皇后のはずの自分がこんなものを着ているのか......

そう考えるとイライラしてきて、気づけば


「わたくしをここから出しなさい!!」


と何度も叫んでいた。


彼女の名はメアリー・キリオン。

この国では“希代の悪女”として有名な女性だ......




ーーーーーーーーーー

(希代の悪女メアリー・キリオン誕生の裏)


ベルンがまだスターヘスナ学園の学生であった頃......

麗しの王子として有名であったベルンはどこを歩いても、良くも悪くも目立つ存在であった。

それは、今も同じであるが......


メアリーは、そんなベルンに恋をしたのだ。


なんとかしてベルンの心を射止められないか......

メアリーはいつしかベルンにしつこくつきまとうようになった。


キリオン公爵家は王家に近しい家なのでメアリーはベルンの婚約者としても申し分なかったし、学生達は皆、“ずっと一緒にいる”二人のことを“婚約者同士”なのだと思っていた............

だが、実際は婚約などしていなかったし、あまりにしつこいメアリーのことをベルンは良く思っていなかった。


“ずっと一緒にいる”というのも、メアリーがベルンにつきまとっていただけである。




いつしかメアリーはそんな周囲の“勘違い”に、

自分はベルンの婚約者なのだ。という確信を持つようになった。



そして、学園を卒業してから1ヶ月も経たないうちに、ベルンはアズーナ王国の国王となったのである。

当然、メアリーはその隣に立ちたくて......というか、立てるであろうと確信して、“より一層仲を深めようと”何度もベルンに会いにいったが 難しい顔をされるだけであった。


一方、ベルンは慈善活動に力を入れる伯爵令嬢と出会い恋におち 順調に交際をしていた。

普通なら伯爵家の娘が皇后になるなどあり得ないが、シルビ・ローネリアは違った......

彼女は賢く、聡明で、美しく、優しい性格をしていて、数々の功績をおさめている“非の打ち所がない完璧な令嬢”であった。

だから、この国では異例である『伯爵家の娘が皇后になるのでは?』という雰囲気が生まれつつあったのだ............

唯一メアリーがシルビに勝っている点といったら、爵位くらいのものであった。

というのも、メアリーはいたって平凡な顔立ち、勉学はあまり得意ではなく、性格も......“悪女”と言うに相応しい、そんな女性だったからである。


メアリーはシルビが皇后になるなど許せなかった。

そして、ベルンの寵愛を受けているのも....何よりその存在全てが憎くて、邪魔でしかなかった。



それからメアリーが何をしてきたかは......

最初にお話した通り。


ここまでが希代の悪女メアリー・キリオンの誕生の裏というわけです。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



メアリーが牢に捕らわれ大声で叫んだ時から............遡ること数時間前、メアリーの部屋に突然ベルンが押し掛けてきたのだ。


その後ろでバウルが殺気を放ちながら控えていたが、メアリーにはバウルなど視界に入ってすらいなかった......


ベルンの訪問が嬉しくて、恥ずかしくて......顔を紅潮させ落ち着かない様子のメアリー。


そんなメアリーをベルンは一瞥して口を開いた。


「セドリックは神の愛し子を傷つけたことで、神罰が与えられることになった。よって、セドリックの王位継承権を剥奪する。」


呆れた様子のベルン。

メアリーは最初こそ その言葉の意味を理解出来なかったが、やがて意味を理解すると顔を青くし震えた。

ベルンが物凄い形相でメアリーを睨み付けるものだから、部屋には殺気が満ちている。


「それに......メアリー...君は、オースティの暗殺を企てメイドを脅したそうじゃないか。」


地を這うような冷めた声音と視線に、いよいよメアリーは立っていられず その場に崩れ落ちた。

顔色は青を通り越して真っ白くなっており、心底恐ろしいと言うような目をベルンに向けている。


「............捕らえなさい。」


その言葉を合図に、後ろに控えていたバウルがメアリーを床におさえつけた。

そのあとの記憶はない。

きっと、バウルが気絶させたのだろう............





牢の中、メアリーは自分の体を抱き締めうずくまる。

今日はひどく冷え込んでおり、寒くて震えが止まらない......


あの時、メアリーが理解出来たのは『セドリックが王位継承権を剥奪されたこと』そして『ベルンが自分に殺気を向けたこと』だけであった。


そして、自分の“しようとしていたこと”もばれてしまったのだ......

もう、ベルンと話すことも、その姿を見ることも出来ないだろう。


その事実を認めたくなくて、メアリーは考えることをやめた。





そして、気づけばメアリーは処刑台の上に立っていた......

集まった民衆が自分に向かって暴言を吐く。

産まれてからずっときらびやかな世界で生きてきたメアリーにとって、牢での生活は毎日が屈辱的で最悪な気分であった。

牢に入れられて一体何日たったのだろう。


ベルンは今何をしているのだろう............


自分が公開処刑に処されることもたった今知った......

ここに来るまでの間の記憶すらない。



処刑人によってメアリーの犯した罪が読み上げられる。

大広場の熱気は凄まじいもので、地面が大きく揺れる程一人一人が大声を上げメアリーを罵っていた。


断頭台に首を固定される。


自分の腕を掴む騎士の力が強くてメアリーは思わず


「痛いわね......わたくしを誰だと思っているの?」


と騎士を睨み付け低く唸るような声で叫んでいた......

すると先ほどまで罪状を読み上げていた処刑人がメアリーに向かってにっこりと微笑み、


「ああ、“元公爵家”の娘ですよね?確か、キリオン公爵家でしたか?それなら、だいぶ前に爵位を剥奪されましたから......あなたは、ただの平民の“小娘”ですよね?」


と楽しげにそう告げた。

メアリーは目を見開き驚く。

キリオン公爵家が......爵位を剥奪されたなんて、初耳である。

第一、そんな簡単に“公爵家が爵位を剥奪される”とは、メアリーも予想していなかった。


そんなメアリーの姿を見て煌々とした笑みを浮かべる処刑人は、まるで要らなくなったオモチャを捨てるような声音で


「処刑しなさい。」


と言った。

それから、つまらなそうに口をとんがらせて小声で


「もっと泣きわめいて欲しかったなぁ~」


と恐ろしいことを口にした......


メアリーはその処刑人が心底恐ろしくて目を反らそうとしたが、その瞬間メアリーの視界が暗転したのだ....


きっと、断頭台の刃が落とされたのだろう。




民衆の歓声が遠のいてゆく。

ぼんやりとした視界の中で、処刑人が......いや、金髪の美しい女性が満面の笑みを浮かべていた。






希代の悪女メアリー・キリオンは、大広場の大歓声の中死んでいったのだった。

















それから大広場には、三日間メアリーの首が“展示”されたそうだ。





ーーーーーーーーーー


「それにしても、水害の後にまさか“メアリー・キリオン”が処刑されるなんて......フフ、処刑される直前のあの絶望した顔!!面白かったわぁ。でも、もうちょっと楽しませて欲しかったわね?」


精霊城、王座の間。

アッハハハハハ!!!と高らかに笑うビビアンは、狂気的な笑みを浮かべながら、耀く金髪をなびかせ今日の出来事を振り返っていた。






王座の間の、彼女のそんな異常な姿を...たった一人見ていた者がいる.........シルクだ。



シルクは性格が日に日に歪んでいくビビアンにひどく恐怖していた。

そして思ったのだ。

『こんなこと、セレナーデに知られてはならない』

と..................























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