骨は隣に埋めてくれ
エピローグ
季節は巡り、また春がやってくる。春が来るたびラルスはクレアを、あの日のことを思い出すが、前ほど悲しみに押しつぶされることはなくなった。忘れてしまうようで悲しくもあるが、クレアは気にしないでくださいと笑うのだろう。自分のことで悲しむよりも、幸せでいてほしい。そう思うのがクレアだから。
「大きくなったよなー」
ラルスが初めて見たときは本当に小さな苗だったのに、数年で千年樹はラルスの腰くらいまで成長していた。といっても他の木に比べるとまだ細く弱々しいものだったが、ヴィオが一杯愛情を注いで強く大きく育てていくのだろう。
「ここもずいぶん賑やかになっただろ」
そういってヴィオは千年樹の周囲を見渡した。クレアが寂しくないようにと植えた花々。季節によって変わるそれをヴィオは丁寧に世話している。クレアにはかなわないと言っているが、ラルスには十分綺麗に見えた。
ふと見たヴィオの頭の上にターバンはない。竜種の証である角も生えておらず、パッと見では人間と変わらない。たとえ黒竜とバレたとしても今や黒竜は嫌われ者ではない。むしろ農村では歓迎される存在となった。
ヴィオが討伐対象から外れたのは、魔力不足を起こしていることを二人のヴァンパイアによって証明されたからである。これは黒竜としてはおかしなことなのだが、その理由についてもすぐに調べがついた。
黒竜はもともとため込んだ魔力を他者に分け与えることで魔力を発散させていた。それにより人間以外の動植物、異種族は恩恵を得ることができる。動植物は成長が促進され、異種族は能力強化や傷の治りが早くなるなど、非情に他種にとってありがたい存在だと判明した。
というか、隠されていた真実が公になった。
これも異種双子と同じく世界大戦で悪用されたため、真実を隠していたらしい。そこら辺の事情に関してはラルスはあまり詳しくない。分かる事といえば、ヴィオはクレアが残した千年樹、そして千年樹の周りに植えた色とりどりの花々に魔力を流していれば暴走の心配はないということだ。
「クレアちゃんとヴィオは離れていてもお互い助け合ってるんだな」
クレアが長生きできたのはヴィオがほとんどの魔力をクレアに注いでいたから。それによりヴィオは常に魔力不足で、魔力豊富な王都にいても暴走することがなかった。角がしまえなくまでクレアに捧げていたのがヴィオらしい。
「そういうお前らは色んな人を助けてるみたいだな。噂はこっちまで聞こえてくるぞ」
「んー? そんな大それたことしてないけどな」
卒業後ラルスとカリムは異種仲介屋という、異種交流によるもめ事を解決する仕事を始めた。発案者はセツナで、お金もセツナが出している。カリムがやけに乗気で、それにラルスも巻き込まれた形だが、意外と充実した日々だ。王都を出て仕事することもあるため、ヴィオの所に遊びに来る機会も増えた。
「さすがラルス。クレアだけでなく、多くの人を救うとは……」
「ただ人の話聞いて、一緒に考えてるだけだって」
人間とワーウルフ。異種双子。番。いろんな要素が重なって噛み合わずすれ違った過去があるからこそ分かることもある。様々な種族と共に過ごした学院生活はラルスには大きな財産になった。同時に、悲しいすれ違いを起こす者たちが少しでも減ればいい。そう思えるようになった。
「俺を救ってくれたのはヴィオとクレアちゃんの方だと思うんだよな……。俺、二人がいなかったら五年も生きられなかっただろうし」
ヴィオが魔力を吸い取ってくれたからラルスは死なずにすんだ。今にして思えば暴走する可能性があるヴィオに対してなんて怖い事をと冷や汗が流れる。しかしヴィオはそのことを全く気にしていないようだ。
「お前未だに気づいてないんだな」
それどこか少し呆れた顔でラルスを見る。
「気づいてないって?」
「あの時の俺はクレアに全部あげてたから常に魔力不足だったわけだ。意識的にクレアにあげていたわけじゃないから、最低限生きていけるぐらいは残してただろうが」
「……意識できたら迷わず全部あげそうで怖いよな……」
ラルスがジト目でヴィオを見ると、ヴィオはさらりと流した。答えないあたり、出来たらやったのだろう。そういう奴なのである。
「最低限生きてはいけるとはいえ、そうなったらもっと体調に影響をきたしたはずだ。動けなくなるとかな。そういうことが俺はなかった。ってことは足りない分、どこからか補っていたわけだ」
「なんか隠れてくってたのか?」
まだ気づかないのかお前とヴィオは眉を寄せてラルスを見る。
「お前が発散しきれない分。それで俺は魔力を補ってたんだよ。相性の問題で吸い取る量には限界あったみたいだけどな」
ヴィオの言葉にラルスは目を丸くする。ってことはつまり……。
「俺たちはお互いに支え合ってたというわけだ。お前からすると複雑だろうが、お前がカリムと仲たがいしてなかったら、俺とクレアはもっと早く限界来てたかもな」
「……頭こんがらがってきた」
ラルスを悩ませ苦しませていたことが、実はヴィオとクレアを救っていた。それはつまり、ラルスが苦しんだことは全く無駄ではなく、少なくとも大事な親友二人を救うことにはつながっていたのだ。
「……世の中って分かんねえな……」
「そうだな。こんな未来になるなんて、クレアと初めて会ったときは想像もしなかった」
ヴィオはそういいながら優しい目で千年樹を見つめる。日の光を浴びて、柔らかい風を受けて、ヴィオの愛情を注がれて育つ千年樹はずいぶん活き活きして見えた。きっとヴィオとクレアが再会する頃にはもっと大きくなっている事だろう。もしかしたら、この森の中で一番の大樹になっているかもしれない。
「色々あったが俺は後悔していない。クレアと出会えて、お前と出会えてよかったと思っている」
真っすぐなヴィオの言葉にラルスは視線を泳がす。ヴィオは真顔で恥ずかしい事を言うので、反応に困るのだ。クレアはそれを当たり前に受け止めていたのだからすごいと思う。やはりクレアにはかなわないなと思いながらラルスは千年樹を見る。一生勝てることはないし、勝とうとは思わない。ヴィオの一番はこの先もずっとクレアだ。
「ヴィオは長生きだから、俺はヴィオを置いていくことになると思う」
「……何だいきなり」
ヴィオが眉を寄せる。事実だが、それを言われていい気はしないだろう。すでにヴィオは大事な人を失っているのだから。それでもラルスは言葉を続ける。大事なことだからこそ言わなければいけない。
「俺はどう頑張ったってヴィオよりも先に死ぬし、次生まれ変わったとき、お前ともクレアちゃんとも会える保証はない」
また会いたいなとは思う。会っても誰か分からないかもしれない。それでも元気なクレアにもう一度。クレアと共に生きているヴィオにもう一度会いたいと思う。だけど、その夢はかなわないかもしれないから。
「来世がどうなるかなんて俺は分からない。ヴィオとクレアちゃんは必ず会えるけど、俺とヴィオにはそれがない。だからさ」
ラルスは千年樹の根元を見る。クレアが眠っている場所。
「俺が死んだら、骨はクレアちゃんの隣に埋めてくれ。そうしたら俺は、ここでヴィオとクレアちゃんの再会が見られるから」
生きてる間は無理かもしれない。けれど骨になった後ならば。いや、必ずラルスは見届けたい。二人を助け、助けられた親友として。
「……カリム、怒らないか……」
「言ったらめちゃくちゃキレられた。でも三週間くらい無視して納得させた」
「流石に不憫すぎるんだが……」
「だってさー、カリムはまた会えるだろ」
ラルスは首の紋章を撫でる。学校を卒業してから紋章を隠していた首輪は捨てた。ぐるりと首を一周するそれが重荷ではなくなった。前世の自分が捨てたくて仕方なかったもの。無理やり他人に結ばされた絆。それがこんなに大切になったのだから不思議なものだ。
「次もその次も。俺たちが生まれ変わり続ける限り。それなら、今回くらいヴィオとクレアを優先したっていいだろ」
「……堂々と惚気るようになったなあ……」
「お前には言われたくない!」
ラルスの言葉にヴィオは笑う。つられてラルスも笑う。二人の笑い声に同調するように千年樹が揺れる。もしかしたらクレアも笑っているのかもしれない。
「ちょっとヴィオ! ラルス! サボってないで手伝ってよ! 太陽の下、僕に働かせるとか何考えてんのさ!!」
穏やかな空気を壊したのは悲痛な声。
ゼェゼェと荒い息を吐きながら大荷物を抱えたエミリアーノが立っている。日よけのマントは見ているだけで暑苦しく、ラルスとヴィオは同時に顔をしかめた。それを見て、エミリアーノが「その顔やめて!」と叫ぶ。
「敷物どの辺に広げればいいかなー」
エミリアーノの後ろから顔を出したのは赤い瞳を輝かせたリーナ。手に持った敷物を握り締め、これから先の楽しい事に期待一杯の顔にラルスとヴィオは思わず笑い、こっちこっちと手で招く。
「ちょっと、何でリーナちゃんには甘いのさ!」
「可愛いから」
同時に答えたヴィオとラルスにエミリアーノは「納得いかない!」と叫んだ。いいながら持ってきた荷物を足元に置いていくエミリアーノを見てヴィオが顔をしかめる。
「足元に気を付けろ。クレアが好きな花をつぶしたらお前をつぶす」
「真顔で怖いこと言わないでよ! っていうか、ここで何もつぶさないって不可能でしょ!」
「不可能は可能にするためにある」
「屁理屈!!」
ギャーギャー騒いでいる2人を気に得ずリーナは「ここら辺かな」とのん気に敷物を広げ始めた。千年樹の前。日が一番あたる所。
「クレアの友達、王都から来てくれたから今年は賑やか。異種族もいっぱい!」
「リーナちゃん、妙に楽しそうだと思ったらそういう事……」
「もちろんクレアの友達がいっぱいっていうのも嬉しいんだよ! わざわざ王都からこんなところま出来てくれる友達がいっぱいいるって愛されてた証だもんね」
自分のことのように喜ぶリーナを見てラルスも嬉しくなった。クレアは愛されていた。これから先も愛され続ける。それが親友として誇らしい。
森を抜けて人が集まってくる。田舎にも森にも似つかわしくない奴らがぞろぞろいることにラルスは笑ってしまう。皆楽しそうなことにも嬉しくなる。
数年前、ここにカリムと訪れたときは静かな場所だった。千年樹もまだ小さくて、花も咲いていなくて、ヴィオが一人ここにいた。けれど今はヴィオだけじゃない。ヴィオとクレアが結んでくれた縁が、ここに集まっている。
「クレアちゃん、寂しくないよな」
クレアが愛したものは皆ここにある。ラルスが大好きなものも。
揺れる千年樹を見つめていると、隣に人が立つ気配がした。ラルスにとって最も落ち着く大切な存在。
「お前、ヴィオと何話してたんだ」
しかし、その大切な存在は大層不機嫌そうな顔でラルスを見上げていた。
卒業してからのカリムは学生の頃よりも表情が動くようになった。童顔なこともあり子供のようだ。それを見るのがラルスは楽しくて仕方ない。学生の頃は見れなかった。見れるようになるなんて思っていなかった。
「俺たち、出会えてよかったなって話してた。ヴィオともクレアちゃんとも」
俺たちという言葉にカリムがムッとする。ヴィオと一緒にいるとカリムは妙なことを気にする。アホらしいとラルスは笑う。考えれば簡単なことだ。ヴィオはいつだってクレアが一番。そしてラルスは……。
「ま、一番出会えてよかったのはお前だけどな」
カリムの目がみるみる大きくなり、綺麗な水色がこぼれそうになる。光に反射してそれはとてもきれいで、ラルスは嬉しくなった。世界は今日も綺麗で、優しくて、ラルスを幸せにしてくれる。
「私もだ!」
「あーハイハイ、あんがとー」
「軽い!!」
叫ぶカリムにラルスは声をあげて笑った。
カリムはブツブツいっていたがラルスは気にしない。カリムにとって自分が一番なことはもう知っている。悩まないし疑わない。紋章がある限り、今日も明日も次の日も、たとえいきなり死んだとしても、またカリムと出会える。
だから「ラルス」の骨はここに埋めていく。
今回限りかもしれない出会いに感謝して。
願わくばもう一度、彼らに出会えますようにと願いを込めて。
骨はクレアの隣に埋めていく。
骨は隣に埋めてくれ 黒月水羽 @kurotuki012
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