エピローグ

 いつも不思議に思う。同じ手順、同じ材料、同じ道具を使っているはずなのに、どうして私の料理と母さんの料理はこんなにも味が違うんだろうか。

 母と二人で囲む小さな食卓。味噌汁を啜りながらそんなことを考えていると、時間を気にしていた母がリモコンを手に取り慌ててチャンネルを変える。映し出されたのはニュースだ。


『先程、種子島宇宙センターより火星調査ロケットの――』


 画面には「ロケット打ち上げ成功」の文字と共に、噴射口から火を吐きながら宇宙そらへと昇っていくロケットの姿が映しだされていた。「よかったぁ」と大きく安堵の声を漏らす母の横で、私もそっと胸を撫でおろす。そして――


「そっか、海斗、今日だったんだね」


 白々しくも思ってもいないことを私は口にした。

 私の言葉に母は「まったく春香ってば」「宇宙なんて海斗は大丈夫かしら」など気忙しそうな様子。母親というものは子供が幾つになっても気苦労が絶えないものなのだろう。ただ、その気持ちも何となく理解はできる。弟に対する私の感情とそれほど大きく乖離してはいないだろうから。


『今回、火星への研究者を乗せての有人探査を可能とした――』


 海斗と私は今も変わらず仲が良い。

 両親が離婚した後も頻繁に、それこそ月に二、三度ほどの頻度で会っている。

 友人や会社の同僚などから恋人と間違われたりすることもあるのだが、私の親しい友人などからは既に市民権を得ているようで、たまに集まりに呼ばれたり可愛がられたりしているとかなんとか。

 そんな私と海斗だ。今回のようなビックプロジェクトの話は当然のように私の耳に一番に入っていた。

 見送りに、という話も出た。

 しかし私たち姉弟には両親の関係性という問題がある。

 未だ父の話題を出すだけで不機嫌になる母に父を会わせるというのは、折角の海斗の門出に水を差す事態を引き起こしたりしないだろうか。そんな懸念があった。そして出した結論は家族からの見送りはしない、という答え。その結果に母は海斗の見送りに行けないのは父のせいだ、と一層嫌悪感を募らせているが、最早この二人はどうしようもないのだろう。

 そんなこんなで今私は、家で愛する弟の門出をビール片手に祝っている。


『そのジルディゴで採掘される金属が新たな合金の――』


 いつの間にかニュースは良く分からないどこかの国の金属の話になってた。

 いや、テロップはまだ「ロケット打ち上げ成功」のままだから関連の話題?

 まぁ金属や化学の話題なんて一般人の私からしてみればさっぱり何のことか分からないもの。おそらくロケットに乗ってる海斗だって、こんな話はさっぱりなのではないのだろうか。


『ジルディゴの輸出を安定させたのが、内紛を収めた日系三世の現女王――』


 しかし……

 あのサッカーを諦めて死んだような眼になっていた弟が、今や宇宙に飛び出すような時代。

 幼い頃からキラキラと輝いていた弟が、触れれば壊れてしまいそうなくらい落ち込んでいたあの時は、姉としてどうしたら良いのか私も随分悩んだものだ。だが、先月会ったときの海斗の様子は、サッカー選手を目指していたあの頃よりも何倍も輝いていた。本当に眩しいくらい。あの後、弟を呼びに来た後輩の女。あれは彼女なのだろうか?

 昔から自分の誇りだった弟が、また再び輝き、前を向いて進んでいる姿は春香にとって何より嬉しく誇らしいものだ。

 けれども――

 結局、海斗の人生はあくまで海斗のもの。自分の人生は自分のもの。


「そろそろ結婚相手でも探さないといけないかな?」


 そういって大きくため息をつきビールを一気に呷る春香の横で、テレビはロケットの話題を締めようとしていた。


 画面に映し出されているのは一人の美しい女性の姿。

 豪奢な衣を纏っているわけではないが、その頭上に戴いた王冠が彼女の地位を表している。国民の手を取り接するその姿は、彼女を知る人物からすれば十年以上たった今でもあの頃・・・と何も変わらない姿のままだ。


『今回の打ち上げを記念し、ヨーコ女王は、一年後帰還する火星調査隊の隊員たちとの会談を希望しているとのことです』


 その笑顔は、今でもあの水面に映る太陽のように――


 ~ Fin ~

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海が太陽のきらり 結城 慎 @tilm

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