混沌に住まう

ミーシャ

ある一人の「私」の話

 

「母が怖かった、恋しかった。

 近づけなかった、近づきたくなかった」



 私は自分の母にさえ、混乱した感情を抱いていた。


 病弱で、近づくことも許されなかった母。遠くから見守るよう言い聞かされ、いつも、大人しくしていなければならないと言われた。


 けれど、母は、私をしつけるために叩き、ベランダや廊下に裸足で放り出し、毎日父と言い争いをし、ヒステリーを起こしながら家事を乱暴にこなし、スケジュールにうるさかった。たくさんの習い事も、休むことを許さなかった。人が止めるのも振り切り、どこへでも行こうとした。



 私は、私の安んずる場所を見出せなかった。


 矛盾した感情が毎日膨れ上がって、頭がおかしくなった。真っすぐなものは何一つない。みんな矛盾している。正しくない。


 混乱のさなかで、私は "誰か" を頼りに、世界を捉えることを放棄した。太陽が昇り、雨が降り、風が吹く。そうした自然の営み、時間の流れ。私が看取したものは、そうした大きなものだった。


 だから、人間の問題に、私は大きな関心を払いきれない。


 戦争が起きて、たくさんの無残な死があること。私は表面的には悲しんで、でも心の底では、そういうものだと思っている。誰かが死に値し、他がそうではないなんてこと、ある訳がない。死に必ずしも理由があるだろうか? 苦しみや災禍に巻き込まれることは皆、可哀想だろうか? 大きな自然にとって、そこに人間がいるかということは、果たして大きな問題なのか?


 目の前の誰かを救うこと、それは自分の良心の為にすることだ。結果は大事だろうか? 美しく、都合のいいことだけ見てはいないか? なぜ、お金が動く? なぜ、人が動く? 大局はどこにある? 私には世界が、救うべき価値があるものにも、壊す意味があるものにも思えない。無気力とは違う、価値観を持ちえないのだ。



 私は、私の矛盾を抱える中で、世界までもが矛盾したもの、かみ合わないものだらけだと思っている。そこに住まう人たちの思考は、街の景観に比例する。満たされないものばかりだ。だから日々違うものを取り込で、目まぐるしく変わっていく。


 ただ一つでは、支えられない孤独。


 それは私の中にも外にも、見渡す限り、広がっているようだ。混沌を心に飼って、今日もまた曖昧な返事で、自分の不満と罪を増やしている。今、この瞬間も。

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混沌に住まう ミーシャ @rus

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