いかなる王国であれ、全地域にわたり、全青少年の一人も無視されることなく、学問を教えられ、徳行を磨かれ、青年期までの間に、あらゆる事柄を、わずかな労力で愉快に着実に教わることのできる学校を創設する方法

桜前線

第0話 南へ

 拝啓、旦那様。

 お嬢様は今、領内の南西の田舎町にて滞在されています。

 旅の生活は目新しいものばかりだそうで、大変気に入っておられるご様子です。この様子ではそちらに戻るのはいつになることか、と。俺も頭を悩ませ―――。


「ヴェンダ。また手紙を書いているの?」


 七時三分……。いつもにしては早く起きたな。まだ手紙も書き始めたばかりだ。


「おはようございます、お嬢様。この町に滞在されてもう一週間程になりますか」


「そうね。そろそろ飽きてきた頃だし、もっと南へ行ってみようかしら」


「南……ですか」


 これより先に南へ行くとすれば領外に出ることになる。これでもお嬢様はプライオール家の御息女。下手な扱いはされないだろうが、それはダクト教が布教されてる範囲での話。しかも、南は未開拓の地域が多い。中にはどこの国にも属さないような地域や蛮族もあるのだとか。


「えぇ。旅と言ってもまだ領内の範囲よ。もっと遠くへ行きたいわ」


「お言葉ですが、お嬢様。南へ行かれるのは、少々危険かと……」


「旅に危険は付き物よ。今すぐ用意をしなさい。ヴェンダ」


「しかし―――」


「主命よ」


「……かしこまりました」


 お嬢様には、もう少し丸くなってほしいというか、あの鋭い眼光をどうにかしてほしい。

 そうでなくても主命なら従うしかないけれど、どうにも威圧されてる感じがする。

 これから先、長い付き合いになるのだからもう少し仲良くしようとかは思われないのだろうか。

 そんなことを思いながら手紙を書き、伝書鳩に授けると、さっさと旅支度を進める。


「早く行くわよ」


「はい」


 季節は春。

 これから夏の暑さが私たちを襲うと考えると、さらに南に行くのは気が滅入る。個人的に夏は嫌いだ。

 その上、見た目はクールなのに、猪突猛進というか好奇心が服を着て歩いているようなお嬢様とこれから先も旅をするのは疲れること間違いない。


「皆さん、お世話になりました。この町には、お礼の意味も込めて、後ほど父から資金や物資を送らせて頂きます」


 こうして金でお礼なり解決なりしようとするのも、個人的に嫌いだ。

 町の連中は厄介者が来た上に、偉そうに礼を言われて、さぞ腹が立っていることだろう。しかも肝心のお嬢様は何の手伝いもせず色々と見て回ったりしただけ。顔が引きつっているのも仕方ない。


「俺からも、礼を言わせていただきます。この一週間、俺たちのために、宿を用意し、飯を用意し、馬小屋まで空けてくれてありがとうございます」


「いいえ。こちらこそ来ていただいてありがとうございます。道中お気をつけて」


 礼を済ませ、馬車に乗る。

 目指すは南。

 目的の無い旅はまだ始まったばかり。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

いかなる王国であれ、全地域にわたり、全青少年の一人も無視されることなく、学問を教えられ、徳行を磨かれ、青年期までの間に、あらゆる事柄を、わずかな労力で愉快に着実に教わることのできる学校を創設する方法 桜前線 @sakura_zensen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ